第4話 : 優しすぎる独裁者。――自腹を切る領主と、死んだインフラ
古代遺跡からの脱出は、拍子抜けするほどあっさりしていた。 ガーディアンが守っていたエリアを抜けると、地上へ続く非常階段が見つかったのだ。
地上に出た俺たちは、近くの村で農家の馬車を強引に買い取り、バールへの帰路……ではなく、当初の目的地である第二都市「ヴァルザーク」へと向かった。 製鉄所の設計図とコアは手に入れたが、それを実現するための「資源(石炭)」と「労働力」は、この都市で確保する必要があるからだ。
また、今までは第3の都市である南のサクレアと、第3区の首都であるバールにしか目を向けてこなかった。しかし、本当に強力な領土を作るためには全体を発展させなければならない。 そのための関係構築や支配構造の確定もしなければならないと思っている。
ガタゴトと揺れる馬車の中で、俺はマティアスから渡されていた「ヴァルザークの財政報告書」を読み返していた。
「……おかしいな」
俺は眉をひそめた。
「どうしたんだ、ルイ?」
サラが林檎をかじりながら覗き込んでくる。
「帳簿の数字が合わない。税収に対して、支出の項目が曖昧すぎる。 ……使途不明金が多すぎるんだ」
「それって、つまり?」
「横領の可能性が高い。……ヴァルザークはバールの衛星都市だ。そこの予算が抜かれているとなると、計画に支障が出る」
俺はため息をついた。 古代兵器の次は、汚職役人の相手か。 初めてバールへ来た時のデジャブのような気がする。気が重くなる。
◇
数時間後、ヴァルザークに到着した。
街の第一印象は「綺麗」だった。 白い壁の家々が並び、景観は美しい。バールのような煤煙もない。 だが、馬車を降りて歩き始めると、すぐに違和感に気づいた。
「……臭うな」
下水の臭いだ。 道路の端には汚水が溜まり、舗装も剥がれたまま放置されている。 インフラが死んでいる。 その割に、街の教会や診療所だけは立派で、多くの人で賑わっていた。
俺はこっそりと【国家盤面】を発動し、この街を解析した。
【都市解析:ヴァルザーク】
人口: 22,000人(祭事期には30,000人超)
貧困度: B(15%・高い)
経済力: D(停滞)
治安: A(非常に良好)
農業生産: C(低下傾向)
「……治安だけが異常に良くて、経済が死んでいる」
俺は呟いた。 その理由が、広場の光景を見て分かった。
「……あれを見ろ」
広場に行列ができていた。 食料の配給だ。 粗末な服を着た市民たちに、スープとパンが配られている。
配っているのは、シスター服を着た美しい女性だった。 彼女は自分の分のパンまで小さくちぎり、子供たちに配っていた。
「……いい人だべなぁ」
カタリーナが感心したように言う。 だが、俺は別の場所に注目していた。 配給の量だ。 予算書にある「配給費」から計算できる量より、明らかに多い。質も良い。
「……あ、ルイ様。見つけましたよ」
トムが耳打ちしてきた。
「あの女性、この街の領主代行、セレスティア様です」
「……あの子が?」
俺は目を丸くした。 領主自らが、現場でパンを配っているのか? しかも、自分の食事まで削って?
俺は手元の報告書と、目の前の光景を照らし合わせた。 使途不明金。曖昧な支出。そして、予算オーバーな配給。
「……なるほど。横領じゃなかった」
俺は頭を抱えた。
「……彼女が『自腹』を切ってるんだ。私財を投じて、さらに公金の帳尻を合わせるために、あえて報告を誤魔化している」
管理能力としては最悪だ。だが、その動機はあまりに「善人」すぎた。
◇
その後、俺たちは領主館へと通された。 応接室に現れたのは、先ほどのシスター服を着替えたセレスティアと、その背後に立つ護衛の女騎士だった。
「ようこそ、バール領主ルイ様。お待ちしておりました」
セレスティアは深々と頭を下げた。 清楚で、儚げな美人だ。ミカとは違うタイプだが、その瞳にある「光」は似ている気がした。
「単刀直入に言います、セレスティア殿。この街の財政は破綻寸前だ」
俺は報告書をテーブルに置いた。
「貴女が私財を投じて市民を救っているのは知っています。……だが、それは統治ではない。ただの自己犠牲だ」
「……!」
セレスティアが痛いところを突かれた顔をした。 だが、即座に背後の女騎士が前に出た。 褐色の肌に、鋭い眼光。名前はラティファ。
「無礼な! セレスティア様は、飢える民を見捨てられない慈悲深いお方だ! 王都でぬくぬくと育ったお坊ちゃんに、この街の苦しみが分かってたまるか!」
すげえ言われようだ。 「大産まれのボンボン」扱いか。だが仕方ないだろう。まだ若い第3王子だ、普通なら無能な領主だと思われて当然だ。
「ラティファ、下がりなさい」
「しかし!」
「下がって」
セレスティアが静かに制し、俺に向き直った。
「……ルイ様の仰る通りです。私のやり方は、効率が悪い。……ですが、目の前で泣いている子供を、数字のために見捨てることはできません」
その言葉に、胸が痛んだ。 かつての俺なら「甘い」と切り捨てただろう。 だが、今の俺には彼女の気持ちが分かる。 彼女は、ミカがなりたかった「理想」を、無理をして体現しているのだ。
「……だからこそ、提案があります」
俺は地図を広げた。
「ヴァルザークの郊外に、大規模な工場を建設します。さらに、近くの山で『石炭』の採掘を開始してください。 そして……バールとこの街を、**『鉄道』**で繋ぎます」
「てつ……どう?」
「鉄の道です。馬車より大量の物資を、高速で運べる輸送手段です。現在開発していて、来月には実用化が見えているところです」
俺は熱弁した。
「これにより、この街には雇用が生まれ、外貨が入ります。 市民は配給に頼らず、自分の給料で飯が食えるようになる。インフラも整備できる」
完璧なプランだ。 だが、セレスティアの反応は鈍かった。
「……工場、ですか。 私は、農業を強化したいのです。安全な作物を育て、地方の寒村の人々も救いたい……。 工場ができれば、水が汚れ、農地が潰れるのではありませんか?」
「環境対策はします。それに、今の農業生産性では限界がある」
「でも……」
話が噛み合わない。 彼女は「今、苦しんでいる弱者」を最優先し、俺は「未来のシステム」を優先している。
「それに、その計画には莫大な初期投資が必要です。……今のヴァルザークに、そんな余裕はありません。 食料配布にお金を使っているんです……それを止めるわけには……」
セレスティアが俯いた。 彼女も分かっているのだ。自分のやり方が、ジリ貧であることを。 だが、優しすぎて止まれない。
ラティファが鼻を鳴らした。
「聞いたかボンボン。金儲けの話ならよそでやんな。ここは、セレスティア様の愛で持ってる街なんだよ」
「……愛で腹は膨れないし、下水道も通らんぞ」
俺は席を立った。 このまま議論しても平行線だ。 彼女の「倫理観」を否定せず、かつ「経済的」に成功させる道を見せるしかない。
「……分かりました。今日のところは引き下がります」
「え、帰るのルイ?」
サラが驚いたように聞く。
「いいや。……明日の朝、もう一度時間をください」
俺はセレスティアとラティファを見た。
「一緒に街を回りましょう。 今のやり方では救えないものを、どう救うか。……現場で答えを出します」
お読みいただきありがとうございます!
新キャラクター、セレスティアとラティファ。 「優しすぎて破滅に向かう領主」と「彼女を盲信する狂犬側近」。 ルイにとっては、かつての自分(効率厨)とは真逆の相手であり、ある意味で「ミカが生きていたらこうなったかもしれない」という姿でもあります。
次回、ルイの「現場コンサル」が始まります。 ただの工場建設じゃない。 彼女の「農業」への想いも汲み取りつつ、爆発的な利益を生む「ルイ流・地域再生プラン」とは?
そして、ラティファの「なんだこのボンボン」という評価を、実力でひっくり返す時が来ます。
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▼次回予告 第2章 第5話『聖女の優しさと、悪魔の農薬』 翌日、ルイはセレスティアを連れて荒れた農地へ向かう。 「作物が育たないんです」と嘆く彼女に、ルイは盤面を使って土壌を解析。 「……肥料のやり方が間違っている。これじゃ毒だ」 ルイが提案したのは、前世の知識で手に入れた4輪式農業。 さらに、石炭採掘現場でラティファと一触即発!? 「口だけのお坊ちゃんじゃなかったのかよ……!」
次回も【明日19時】に更新します!
【幕間資料:第3都市サクレア 現状報告書】
■ 基本データ
都市名: サクレア(第3区 南部都市)
人口: 約10,000人
主要産業: サトウキビ栽培、ゴム採取
経済評価: B(急上昇中)
■ 経済状況:『砂糖景気』 バールの「製糖工場」が稼働したことにより、サトウキビの買取価格が安定。都市全体の収益性は劇的に向上している。 以前はバールからの資金援助で第1区(王都方面)から緊急輸入していた小麦も、現在は自力で周辺地域から買い付けが可能になった。 特筆すべきは、食料の一部(特に保存の効く根菜類)を、バールやヴァルザークのある第3区北部から輸入し始めている点である。これは南北の経済圏が繋がり始めたことを意味する。
■ 懸念事項:『富の偏り』
市民の搾取: 利益を上げようとする農園主による労働強化が深刻化。賃金は上がっておらず、格差が拡大中。
貴族の不満: バールとの直接取引が増えたことで「中抜き」ができなくなった旧来の貴族層が、ルイ政権への不満を募らせている。




