第2章 第1話:光が強まれば、影も濃くなる。ーー発展する街「バール」の裏側と罠
ミカが逝ってから、半年が過ぎた。
バールの街は、かつての面影がないほどに変貌していた。
◇
俺は朝、いつものように街を歩く。
半年前とは、まるで違う景色。
泥濘みだったメインストリートは
美しい石畳で舗装され、
大通りの両脇には煉瓦造りの商店が軒を連ねる。
市場はサクレアからの行商人や、
噂を聞きつけた移住者で溢れかえり、
活気という名の熱気が渦巻いていた。
街外れからは、
蒸気機関の試作機が上げる白い煙が空へと昇っている。
人々の顔色は良く、服も小綺麗になった。
「今日食べるパン」に困る者は、
もうこの街にはいない。
俺は立ち止まり、
ある建物の前に立った。
診療所。
その壁には、ミカの肖像画が飾られている。
その下には、今日も新しい花が供えられていた。
「……ミカ」
俺は小さく呟いた。
「……見てくれているか?」
「……お前が夢見ていた街になったぞ」
風が吹いた。
まるで、返事をするように。
(……でも、まだ足りない)
俺は拳を握った。
(……まだ、完璧じゃない)
光が強くなれば、落ちる影もまた、濃くなる。
それを、俺は知っている。
◇
領主館、執務室。
「……警告です、ルイ様」
法務局長のバロンが、
一枚の通達書を机に置いた。
その表情は渋い。
「製鉄所の建設計画に対し、
王都の法務省から『待った』がかかりました」
「理由は?」
「『王国法第108条:戦略物資管理法』への抵触です。
大規模な製鉄施設は、軍事転用の恐れがあるため、
王国の許可なき建設は認められないと」
「……ふざけるな」
俺は舌打ちをした。
下水道のパイプを作るためだと言っても、
向こうに聞く耳はない。
鉄は剣になり、鎧になる。
王都(第1区)からすれば、
急成長する辺境領が「武器」を量産しようとしているようにしか見えないのだ。
「申請すれば、許可が下りるまで数年は待たされるでしょう。
その間、主導権は向こうに握られます」
「だが、強行すれば?」
「『反逆』の口実を与えます。
最悪の場合、正規軍が介入してくるでしょう」
詰み(チェックメイト)に近い状況だ。
発展すればするほど、
国の「法」という壁が立ちはだかる。
今のバールは、
単なる善意の自治体ではなく、
一つの政治勢力として認識され始めているのだ。
「……分かった。別の方法を考える」
俺はバロンを下がらせた。
一人になった執務室で、
俺は窓の外を見た。
美しい街並み。
でも、その裏には
無数の問題が渦巻いている。
(……簡単にはいかないな)
◇
バロンと入れ替わりで、
経済局長のモネが入ってきた。
「ルイ様、今月の決算報告だよ」
彼女は分厚い帳簿を広げた。
「サトウキビ加工工場、ついに単月黒字化を達成したよ。
税収は先月比で20%増。
……数字だけ見れば、絶好調だね」
「『だけ』見れば、か」
「うん。……本当は、もっと稼げるんだ」
モネは溜息交じりに言った。
「受注は山ほどあるのに、生産が追いついてない。
工場を24時間フル稼働させれば、利益は倍になる。
……でも、『安全と文化の観測委員会』がそれを許さない」
ミカの遺志を継いで設立された委員会。
委員長は、ミカと親しかった看護師のエルザ。
彼女は、労働時間と環境に厳しい制限を設けている。
「過労」という概念がなかったこの世界において、
それは異例の措置だった。
「現場からは『もっと働いて稼ぎたい』って声も上がってるんだよ?
機会損失が半端ないって」
「却下だ」
俺は即答した。
「規制は維持する。
利益のために人を使い潰すやり方は、もうしない」
それは、あの日誓ったことだ。
判断が人を殺さない国。
たとえ成長スピードが鈍化しても、
そこだけは譲れない。
「……ま、ルイ様ならそう言うと思ったけどさ」
モネは苦笑し、声を潜めた。
「でもね、余剰資金は必要だよ。
……今、利益の半分を『軍事費』としてプールしてる」
「……ああ」
「周辺の領主たちが、バールを見る目が変わってきてる。
嫉妬、敵意、そして恐怖。
……理想を守るには、綺麗事だけじゃ無理だ。
現実的な『力』が要る」
数字と倫理。
理想と現実。
その狭間で、
バールという船はきしみを上げていた。
「……分かってる。だが、インフラ投資もまだ必要だ。下水道は完成したが、まだ川の洪水対策も微妙だから、ヴェスタから資金依頼きたら分けてあげてくれ」
彼女は頷いた。
「追加の労働力と資源は今回の視察で確保してくる」
「……うまくいくといいけどね」
モネは心配そうに言った。
◇
モネが去った後、
俺は「安全管理委員会」の報告書を読んだ。
以前はミカの元で看護師長をしていた委員長のエルザが、
毎週提出してくる詳細な報告書。
『第12週 報告書
工場A:労働時間、基準内。健康診断、異常なし。
工場B:換気設備、要改善。粉塵濃度が基準値超過。
工場C:労働者の疲労度、やや高め。休憩時間の延長を推奨。
全体的に、労働環境は改善傾向。
ただし、一部で「もっと働きたい」という声あり。
しかし、健康のことも考慮すると
これ以上の労働時間延長は認められません。
——エルザ』
俺は報告書を閉じた。
(……ミカ。お前の遺志は、ちゃんと生きているぞ)
ミカが死んでから、
俺は変わった。
数字だけを見ない。
現場を重視する。
人の命を最優先する。
でも——
それだけでは、街は守れない。
周辺領主の敵意。
王都からの圧力。
鉄不足。
問題は山積みだ。
(……だから、今回の視察で何かを掴まないと)
◇
昼下がり。
俺は気分転換を兼ねて、
人事局長室を訪れた。
「失礼する」
「あ、ルイ様! お待ちしておりました!」
部屋に入ると、
黒いメイド服を着たサーシャが満面の笑みで出迎えた。
だが、俺は一歩踏み出した足を止めた。
いや、引いた。
「…………なんだ、これは」
部屋の壁、天井、果ては床の一部にまで。
職員全員の似顔絵、行動履歴、健康状態、家族構成……
ありとあらゆる情報が書かれた紙が、
狂気的な密度でびっしりと貼り付けられていた。
まるで、ホラー映画に出てくるストーカーの部屋だ。
「え? 人事管理ですが?」
サーシャはキョトンとしている。
「いや、限度があるだろう!」
俺は壁を指差した。
「なんだこの『ゴード局長、昨夜の晩酌はエール3杯、尿酸値注意』とか
『ヴェスタ局長、右奥歯に虫歯の予兆あり』ってメモは!
どこで見てるんだ!?」
「愛ですよ、ルイ様」
サーシャは真顔で胸を張った。
「マティアス様の管理は完璧ですが、
どうしても『数字』寄りです。
だから私が、一人一人の生活習慣から精神状態まで、かん、
見守っているのです」
「……監視、と言いかけたな今」
「気のせいです」
サーシャがニパッと笑った。
「無理をしなくても回る街にするためには、
誰かが倒れる前に気づかないといけませんから!」
「……まあ、それは分かるが……」
「ちなみにルイ様の昨日の睡眠時間は4時間12分、
寝言で『鉄……』と呟いていましたね。
枕の高さ、変えましょうか?」
「……お前、俺の寝室にまで……?」
「護衛ですから!」
サーシャは悪びれる様子もなく、
ニパッと笑った。
その瞳の奥には、
狂気じみた使命感が宿っている。
正直、少し引く。
引くが……。
「……まあ、いい。頼りにしているぞ」
「はい! 任せてください!」
ミカの遺志は、確かに受け継がれている。以前のサーシャとはいい方向に変わっている。
……少々、方向性が重いが。
◇
その翌日。
俺は、新たに編成された精鋭護衛隊と共に、
馬車に乗り込んだ。
目的地は、バールの南方に位置する第二都市「ヴァルザーク」。
そこには古い鉱山跡があり、
新たな資源活用の可能性があるという報告が入っていた。
街の未来を確認する、前向きな視察のはずだった。
「……本当に大丈夫なのですか?」
サーシャが心配そうに言った。
「最近、周辺領主の動きが不穏です。
……もしかしたら、何か仕掛けてくるかもしれません」
「大丈夫だ。サラもいるし、
護衛も精鋭を選んだ」
「……でも」
「心配するな。すぐに戻る」
俺はサーシャの頭に手を置いた。
「……お前は、街を頼む」
「……はい」
サーシャは不安そうに頷いた。今回は町の急成長でまた役人が必要でサーシャには選考を再びしてもらっている。本当に頼りにしている。
◇
整備された街道を、馬車が軽快に進む。
護衛のサラが、窓の外を警戒しながら欠伸をした。
「平和ねぇ。魔物も出やしない」
「街道整備のおかげだな。
見通しが良くなれば、魔物も寄り付かない」
俺は地図を広げていた。
この視察が成功すれば、
鉄不足解消の糸口が見つかるかもしれない。
希望はあった。
俺たちは正しく進んでいる。
——そう、思っていた。
出発から数時間後。
街道の難所である峠道に差し掛かった時だった。
「……ルイ」
サラが急に真剣な顔になった。
「……何か、おかしい」
「……何が?」
「……静かすぎる」
サラが剣に手をかけた。
「鳥の声が聞こえない。
虫の音も聞こえない。
……まるで、何かに怯えているような」
俺も緊張した。
サラの勘は、いつも当たる。
「御者! 速度を落とせ!」
俺が叫んだ瞬間——
ドゴォォォォォォンッ!!
世界が反転した。
馬車の車輪が、あるはずの地面を捉え損ねたのではない。
地面そのものが、消滅したのだ。
「なっ……!?」
凄まじい浮遊感。
内臓が浮き上がるような感覚と共に、
馬車が落下する。
窓の外を見ると、景色が上へと流れていく。
ただの落とし穴ではない。
深さ数百メートルはある、
断崖絶壁のような巨大な竪穴が、
街道のど真ん中に口を開けていた。
「うわああああああッ!!」
「ルイッ!!」
御者台の兵士の悲鳴と、
サラの絶叫が重なる。
重力が俺たちを底なしの闇へと引きずり込んでいく。
魔法で生成された人工の奈落。
これは事故ではない。
明確な殺意を持った「処刑場」だ。
(……まずい)
思考が加速する。
この高さからの落下。
馬車ごと叩きつけられれば、
中の人間はミンチになる。
全滅。
その二文字が脳裏を埋め尽くす。
(……死んでたまるか)
俺は歯を食いしばり、窓から手を伸ばした。
地面が迫る。
死が迫る。
バールの発展は、
すでに誰かの既得権益を、
完全に踏み抜いていたのだ。
(……ミカ)
俺は心の中で叫んだ。
(……まだ、死ねない)
(……お前の夢を、まだ叶えてないんだ)
俺は全魔力を解放した。
——次の瞬間、轟音が響いた。
いよいよ始まりました、第2章! サーシャの部屋、怖かったですね……(笑)。 しかし、そんな日常も束の間。 いきなりの絶体絶命、落下!!
地面がない! 魔法も間に合うか!? この高さ、普通なら即死コースです。
次回、ルイの魔術が唸りを上げる! 襲撃者の正体とは。
「続きが気になる!」「第2章も楽しみ!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです!
▼次回予告 第2章 第2話『奇襲と古代文明』 迫る地面。絶望的な落下。 ルイは全魔力を解放し、決死の「着地」を試みる。 その下で見つけたものは想像を超える何か。世界の認識が大きく変わるものを発見します。
第2章は18時更新から19時更新へ移行します!引き続きよろしくお願いします!
次回は【明日19時】に更新します!




