第1-3話 国家盤面、起動
王宮の裏門――通称「ゴミ出し口」。 華やかな正門とは対照的に、そこは食材の搬入口や汚物の運び出しに使われる、薄暗く湿った場所だった。 兄たちが用意した馬車は、そこに停まっていた。 塗装の剥げた、屋根があるだけの粗末な荷馬車だ。御者台には、金で雇われたのであろう無愛想な男が一人、退屈そうに欠伸をしている。
見送りなど、いるはずもない。 そう思っていた俺の足が、不意に止まった。
「お待ちしておりました、ルイ様」
馬車の横に、古びたトランクを持った小柄な影が立っていた。 俺の専属メイド、サーシャだ。 目深に被った帽子で顔を隠しているが、その佇まいで誰かはすぐに分かる。
「……何をしている」
俺は眉をひそめた。
「見ての通り、俺は追放された。第2区は泥舟だ。給金も払える保証はないし、身の安全も約束できない」
「存じております」
「なら帰れ。君の事務処理能力と王宮での実務経験があれば、王都の貴族なら好条件で雇うはずだ。こんな泥舟に乗るなんて、投資対効果が悪すぎる」
これは本心だ。 彼女を連れて行くメリットより、彼女がこれから被るであろう苦労の方が大きい。 俺は冷たく突き放し、馬車に乗ろうとした。 だが。
「……嘘ですね」
背中にかかった鈴のような声に、俺は動きを止めた。 振り返ると、サーシャが帽子を脱ぎ捨てていた。 露わになったのは、透き通るような銀髪と――人間よりも長く尖った、ハーフエルフの耳。
「ルイ様は、ご自分の保身ではなく、私が路頭に迷うのを心配して、わざと突き放そうとしています。……私には分かります」
彼女の翡翠色の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いていた。 ハーフエルフ特有の種族スキル『嘘看破』か、それとも単なる長年の付き合いによる勘か。 どちらにせよ、俺の計算は彼女には通用しないらしい。
「汚れた血と罵られ、石を投げられた私を……ただ一人の『人間』として雇用契約してくださったのは、貴方だけでした」
サーシャはトランクを握りしめ、一歩前に出る。
「私の価値を決めるのは、市場ではありません。私自身です。……どうか、お供させてください」
その瞳には、テコでも動かないという強い意志が宿っていた。 俺は小さく溜息をつく。 感情論だ。非合理的だ。 だが――不思議と、不快ではなかった。
「……好きにしろ」
「はい!」
俺が短く告げると、サーシャは花が咲いたような笑顔を見せ、軽やかに馬車へと乗り込んだ。 (まあいい。彼女の能力は有用だ。現地での『ユニット』として活用させてもらうとしよう) 俺はそう自分に言い聞かせ、御者に出発を命じた。
◇
馬車は王都を離れ、一路、第2区へと進んでいく。 スラムを抜けた後、城壁の外に広がっていたのは、一面の銀色の麦畑だった。 風に揺れる穂は美しく、旅情を誘う光景だ。 だが、俺の口から出たのは感嘆ではなく、深い呆れ混じりの溜息だった。
「無駄が多すぎる」
俺は窓枠に肘をつき、冷ややかな目で畑を指差した。
「畝の間隔が広すぎて、土地の3割がデッドスペースになっている。それに、なぜこの痩せた土壌に『銀麦』なんだ? 銀麦は見栄えこそいいが、土の養分を吸い尽くす金食い虫だ」
貴族たちが好む、ふわふわの白パン。それを作るためだけに、この国は無理をしている。
「この水はけの良い土なら、根菜類の方が相性がいい。茎を伸ばすエネルギーをすべて可食部に回せる根菜なら、単位面積あたりのカロリーベースで小麦の3倍から4倍の人口を養える。畝の間にマメ科の植物を植えれば、肥料代だって浮くんだ」
見た目だけの美しさに囚われ、生存に必要な効率をドブに捨てている。 まさに、あの兄たちの政治そのものだ。
「……だが」
俺はふと視線をずらし、畑の脇を走る用水路に目を止めた。 そこには、俺の知る兄たちの杜撰さとは異なる、異質な『完成度』があった。
「唯一、褒められるのはあの水路だな」
水路の底は滑らかな切り石で舗装され、継ぎ目には耐水性の漆喰が充填されている。勾配の計算も完璧で、これなら水流の勢いを殺さず、かつ蒸発による損失を最小限に抑えて末端まで水を運べる。 ローマ水道も裸足で逃げ出すレベルの、極めて高度な灌漑技術だ。
「これだけの土木技術があるなら、なぜそれを乾燥した地方に展開しない?」
俺は先ほど以上の苛立ちを込めて吐き捨てた。 この水路は、王都周辺の「見栄えが良いエリア」にしか張り巡らされていない。 おそらく、他国の使節団が通る街道沿いだからだろう。「我が国の農業技術は世界一です」と見せびらかすためだけの、ただのショーウィンドウだ。
「技術はある。金もある。だが、それを『国民を食わせる』ことではなく『他国への見栄』だけに使っている。……あまりに愚かなリソース配分だ」
この技術を第2区や第1区に導入すれば、飢餓など一年で解決する。 解決策は足元に転がっているのに、誰もそれを拾おうとしない。 まさに宝の持ち腐れ。無能な経営陣を持つと、現場の技術が泣く羽目になる典型例だ。
「……綺麗な景色、ですのに」
ふと、対面に座っていたサーシャが不思議そうに口を開いた。
「ルイ様は、なんだか悔しそうなお顔をされていますね」
「悔しい? 俺がか?」
「はい。普通の貴族様なら、この豊かさを誇るか、あるいは興味も示さず通り過ぎるだけです。……でもルイ様は、まるで『もったいない』と怒っているように見えます」
サーシャは少しだけ悲しげに、けれど優しく微笑んだ。
「そのすごい技術がここだけにあることを、誰もおかしいとは思わないんです。……ルイ様以外は」
彼女の言葉に、俺は少しだけ虚を突かれた。 そうか。この世界の住人にとっては、王都だけが優遇されるのは「当たり前」で、怒るようなことではないのか。
「……俺はケチな性分なんだ。使える手札を使わずに負けるのが、一番嫌いだからな」
俺は短く答えて、窓の外から視線を外した。 ここには改善の余地しかない。 つまり――俺が手をつければ、この国は劇的に変わるということだ。
(待っていろ。第2区に着いたら、この国の『当たり前』を全部ひっくり返してやる)
俺は懐の革袋を強く握りしめた。 怒りは、強力な原動力になる。 馬車は荒野へと続く道を、車輪を軋ませながら進んでいった。
王都を出て数時間。 窓の外の景色は、豊かな緑から、次第に赤茶けた荒野へと変わりつつあった。 第2区。雨が少なく、主だった産業もない貧困地帯。 兄たちが「ゴミ溜め」と呼んだ場所だ。
「……ひどい有様ですね」
サーシャが窓の外を見て、心を痛めたように呟く。 道は舗装されておらず、馬車が大きく揺れる。沿道に見える草木は枯れ、土はひび割れていた。 だが、俺の目には違うものが見えていた。
(土の色が悪いのは、単に有機物が不足しているだけだ。地形自体は平坦で、開墾のコストは低い)
俺は目を細めた。 前世、俺は「死神」と呼ばれた。 瀕死の企業に乗り込み、不要な部門を切り捨て、隠された資産を掘り起こし、V字回復させる再建のプロ。 その俺の本能が告げている。ここは「死に体」ではない。「未開発」なだけだと。
「さて……そろそろ『現状把握』といくか」
俺は低く呟き、意識を集中させた。 この世界に転生した際、俺の魂に刻み込まれた唯一無二のギフト。 前世の知識と経験が、異世界の理と融合して生まれたユニークスキル。
「――【国家盤面】、起動」
瞬間。 キィン、と高い音が脳内で鳴り響いた。
世界が変わる。 俺の視界にノイズが走り、半透明の青白い光がオーバーレイ(重ね合わせ)される。 ただの荒野だった風景の上に、無数のタグと数値がポップアップした。
『土壌レベル:F(砂質・有機物欠乏)』 『地下水脈:あり(深度50m・水良質)』 『推奨作物:根菜類、耐乾性牧草』 『魔素濃度:低(モンスター発生率・低)』
「……見える」
俺の唇が、自然と三日月形に歪む。 見えるぞ。すべてが「データ」として。 不確かな勘や、曖昧な伝承ではない。冷徹で、管理可能な「数値」がそこにある。
「治安20? 忠誠度10? ……ハッ、底値もいいところだ」
株価なら上場廃止レベル。 だが、それは裏を返せば――
「伸び代しかないじゃないか」
俺は虚空に浮かぶウィンドウを、指揮者のように指で弾いた。 腐った土台を叩き壊し、無駄を削ぎ落とし、俺の計算通りに世界を組み替える。 これ以上の娯楽が、他にあるか?
「待っていろ、愚兄たち。ここからが俺の『国盗りゲーム』だ」
瞳の奥で、青白い光が怪しく明滅する。 「死神」の再建劇が、今、幕を開けた。
お読みいただきありがとうございます!
いよいよ次回からは左遷先の2区のバールでの活躍が始まります!!元天才コンサルタントのルイはどう変えていくのでしょうか!お楽しみに!!
もし「続きが気になる!」「ざまぁ展開が楽しみ!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると、執筆の励みになります! (広告の下あたりにあります!)また、まだ私自身経験が浅いため、これからの参考にも意見やアドバイスもいただければ幸いです。
ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします。




