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追放された第三王子は、統治スキル【国家盤面】で 腐った領地を数値で立て直す ~前世は「死神」と呼ばれた再建コンサルタント~  作者: 四角いりんご
第1章:ゴミ溜めからの再建計画(ターンアラウンド) ~「死神」コンサルタントは、数字で悪徳貴族を黙らせる~

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第21話:数字しか見ない領主。――その「正論」が、人々を追い詰める

 バールに帰還した俺たちを待っていたのは、

 休息ではなく、怒涛のような業務の波だった。


 領主館の執務室。


 積み上がった書類の山を前に、

 俺は三日間、ほとんど眠っていなかった。


「……くそ」


 俺は額の汗を拭った。


 鉄不足によるインフラの遅延。

 膨れ上がる予算。

 第1区からの上納金増額要求。


 何もかもが、ギリギリのバランスで回っている。


(……一つでも歯車が狂えば、全てが崩壊する)


 そんな緊張感の中、

 俺は各局長たちからの報告会を開いた。


「では、始める。まずは都市計画の進捗だ。ヴェスタ」

「おう。スラム街の住民の『ダンブ池』周辺への移住は、

 8割方完了したぜ」


 土木局長のヴェスタが図面を広げた。


「空いた中央区画に商業施設を集約し、

 その周囲に新たな住民区を整備した。

 おかげで人の流れがスムーズになり、

 商業区の売上は先月の1.5倍だ」


「……良い報告だ」


 俺は頷いた。


「ただな」


 ヴェスタが顔をしかめた。


「一部の古株が『先祖代々の土地だ』って言って

 立ち退きを渋ってる。

 強引にやるわけにもいかねえから、そこは難航中だ」


「……分かった。説得を続けつつ、周囲の開発を進めて外堀を埋めろ」


「了解だ。……あと、もう一つ」


「何だ」


「ダンブ池周辺のスラム、

 最近、体調不良を訴える住民が増えてるらしい」


「……疫病か?」


「分からねえ。ただ、湿気がひどくて衛生状態が悪い。

 ……あの場所、本当に大丈夫なのか?」


 ヴェスタが不安そうに言った。


「大丈夫だ」


 俺は即答した。


「事前に調査している。データ上、問題はない」


「……そうか」


 ヴェスタは納得していない顔だったが、

 それ以上は何も言わなかった。


 次にマティアスとバロン(法務局長)を見る。

「次に、治安と法務はどうだ」

「表立った暴動や不満の噴出はありません。  法整備も順調です」


 マティアスが淡々と報告する。


「……ダンブ池のスラムは?」


「数件、体調不良の報告がありますが、  大きな問題にはなっておりません」


「……そうか」  


俺は安堵した。  


ヴェスタが心配していたが、  マティアスの報告では大したことない。  


なら、優先順位は下げていい。


(……今は、経済と治安の立て直しが先だ)  


俺はそう判断した。


「次は経済だ。モネ」

「うん、ルイ様。……景気は『爆発的』に良いよ」

 経済局長のモネが、分厚い帳簿をドンと置いた。  彼女は元商業ギルドのやり手だ。俺に対しては気安いタメ口を使うことを許している。

「サクレアからの砂糖の流入が大きいね。加工業、運送業、すべてが潤ってる。……そこでさ、より正確に税を徴収するために、新たな『税務局』を立ち上げたんだ」

「ほう?」

「移動商人には関税と滞在税を。居住者には所得税を。……本当は全住民の戸籍を作って管理したいんだけど、まだ人手が足りなくてさ」

 モネの手腕は流石だ。  だが、彼女の表情は優れない。

「……ただ、気になる動きがあるんだ」

「なんだ」

「最近、武器の流通量が不自然に増えてるの。

 冒険者用にしては多すぎるし……

 それに呼応するように、港湾部での治安が悪化してる」


「治安悪化?」


「うん。税関職員を装った詐欺や、倉庫荒らし。

 ……単なる犯罪にしては手際が良すぎるんだよね。

 まるで、バールの経済の要所チョークポイント

 狙い撃ちしているような感じでさ」


「……工作員か」


 俺は目を細めた。


 バールの急成長を疎ましく思う勢力。

 第1区(王都)か、あるいは他国か。


「警戒レベルを上げろ。

 ……だが、今は証拠がない以上、経済を止めるわけにはいかん」


「分かった。でもルイ様」


 モネが真剣な顔で言った。


「あんまり無理しないでね。

 ルイ様が倒れたら、この街は終わりだから」


「……ああ」


 俺は頷いたが、

 心の中では「倒れる暇もない」と思っていた。


 俺たちは長時間にわたり対策を協議したが、決定打は見つからなかった。

 じわりと、見えない「毒」が回っている感覚。  俺は焦りを感じていた。


「おいルイ! 辛気臭い顔してねえで、これを見ろ!」

 ドワーフの鍛冶師長・ゴードが、油まみれの手で執務室に入ってきた。

 彼は興奮した様子で、一枚の図面を机に叩きつけた。

「できたぞ……! お前さんが持ち帰った『ゴム』のおかげだ!」

「まさか……」

「ああ! ゴムをパッキンに使ったら、蒸気漏れがピタリと止まりやがった! シリンダー内の圧力が逃げねえんだ!」

 ゴードがニヤリと笑い、親指を立てた。

「試作機は成功だ! 歯車が唸りを上げて回ってるぞ! こいつはすげえ……馬100頭分の力が、たった一台の機械から生まれるんだ!」

「でかしたぞ、ゴード!」

 俺は思わず椅子から立ち上がった。

 ついに、蒸気機関が完成したのだ。

 これが実用化されれば、工場の生産性は桁違いに跳ね上がる。揚水ポンプに使えば、下水道の整備も一気に進むはずだ。

「よし、すぐに量産体制に——」

「——だが、今は『試作機』が一台だけだ」

 ゴードが急に声を落とし、悔しそうに顔を歪めた。

「……分かってるだろ、ルイ。こいつを量産するには、強度の高い耐熱鋼鉄が山ほど要る。……今の在庫じゃ、ボルト一本もありゃしねえ」

「……ッ」

 俺はドサリと椅子に座り込んだ。

 最高の技術(蒸気機関)はある。最高の素材ゴムもある。

 だが、それを形にするための基礎資源——「鉄」だけがない。

 熱帯遠征で、鉄鉱石の確保を断念したツケが、ここで最悪の形で回ってきたのだ。

          ◇


 俺は限界が来ていた。頭が痛い。


「……鉄が、足りない」


 蒸気機関だけじゃない。新しい税務局の建設、下水道工場の拡張、ヴェスタが考案した「建物安全管理局」の設置。  すべてに鉄が必要だ。

 だが、輸入頼みの鉄は高騰し、予算を圧迫している。  砂糖で潤ったはずの財政も、膨れ上がるインフラ投資と組織拡大のコストで、再び赤字ギリギリだ。

「そこにきて、第1区からの『上納金増額』の要求だと……ふざけるな」

 俺は王都からの手紙を握りつぶした。  ストレスで胃がキリキリと痛む。  何もかもが、ギリギリのバランスで回っている。人手も財政もギリギリで解決策がすぐに出ない。

 ――バンッ!


 その時、執務室のドアが勢いよく開いた。


「ルイ!!」


 飛び込んできたのは、ミカだった。


 その姿を見て、俺は眉をひそめた。


 彼女の白い神官服は泥だらけで、

 髪も乱れている。


「……なんだ、その格好は。ノックくらいしろ」


「そんなこと言ってる場合じゃないの!

 スラム(ダンブ池周辺)の状況がひどいの!」


 ミカは俺の机に詰め寄った。


「あそこ、湿気がひどくて不衛生すぎるよ!

 今、正体不明の疫病が流行ってて、

 たくさんの人が倒れてるの!」


「……疫病?」


「うん! 回復魔法も効きが悪くて……

 たぶん、環境が悪すぎるから、

 治ってもすぐに再感染してるんだと思う。

 ……お願い、ルイ!

 スラムの人たちを、一時的でいいから街の中に戻して!」


「街に戻すだと?」


「そう! それに、もっと予算を回して!

 薬も、食料も、全然足りないの!」


 ミカは必死だった。


 だが、今の俺にそんな余裕はなかった。


「……却下だ」


 俺は冷たく言い放った。


「な、なんで!?」


「申し訳ないが、スラムの連中を街に戻せば、

 せっかく整理した区画がまた混乱する。

 それに、もし疫病なら、

 街中に感染を広げるリスクがある」


「でも、このままじゃみんな死んじゃうよ!」


「重症者のみ隔離施設へ運べ。

 そこで治療すればいい。

 ……それ以上の対応は、今は無理だ」


 俺は書類に視線を戻した。


 スラムの住民の生産性は低い。

 彼らを救うために、

 成長しつつある経済区を危険に晒すわけにはいかない。


 非情だが、それが為政者としての「正解」だ。


「それにミカ、他にしないといけないこともあるだろ」


「え?」


「スラムばかりに気を取られないようにしてくれ。

 下水道計画や、病院建設の指揮はどうした?

 お前が泥だらけになって一人一人治療してどうする。

 ……もっと全体を見ろ」


 俺の言葉に、ミカが唇を震わせた。


「……全体? ルイの言う全体って何?」


「バール全体のことだ」


「違う!」


 ミカが叫んだ。


「ルイが見てるのは数字だけでしょ!

 ……現場はね、ルイが思ってるよりずっとひどいの!

 マティアスさんの報告には『数件の疫病例』って

 書いてあるかもしれないけど、本当は……!」


「マティアスが嘘をついていると言うのか?」


「そうじゃないけど……!」


「なら、彼の報告を信じる。

 ……もういい。俺は忙しいんだ。

 感情論だけで話さないでくれ」


 俺は会話を打ち切った。


 これ以上、正論と感情論の押し問答をしている暇はない。


 鉄の不足、財政難、工作員の影……

 対処すべき問題は山積みなのだ。


「……ルイは、現場を見たの?」


 ミカが小さく聞いた。


「……何?」


「ダンブ池のスラム。

 ルイは、自分の目で見たの?」


「……見ていない」


 俺は正直に答えた。


「だが、事前に調査している。

 データ上、問題はなかった」


「データ……」


 ミカが悲しそうに笑った。


「ルイは、いつも数字ばっかり見てる。

 ……人を、見てない」


「……ッ」


 その言葉が、胸に突き刺さった。


 だが、俺は認めたくなかった。


「もういい。出て行ってくれ」


「……っ、ルイの、バカ」


 ミカは涙目で俺を睨みつけ、

 背を向けて走り去っていった。


 ――バタンッ!


 乱暴に閉められたドアの音が、

 静寂を取り戻した部屋に響いた。


「……はぁ」


 俺は深くため息をつき、ペンを置いた。


 言い過ぎたか。


 彼女の優しさが、この街の救いであることは分かっている。


 だが、今は非常時だ。

 甘い顔はしていられない。


(……あとで、謝りに行くか)


 仕事が一段落したら、菓子でも持って機嫌を取りに行こう。


 そう思っていた。


          ◇

数時間後。


 深夜になってようやく書類の山を片付けた俺は、

 ミカの私室を訪ねた。


「……ミカ。起きてるか?」


 ノックをする。


 返事はない。


 拗ねて寝てしまったか?


「入るぞ」


 俺はドアを開けた。


 そこには、誰もいなかった。


 ベッドは整えられたままで、

 医療鞄だけがなくなっていた。


「……どこに行った?」


 胸騒ぎがした。


 窓の外を見る。


 街の灯りが消え、静まり返った夜の闇。


 その向こう側——


 ダンブ池のあるスラムの方角だけが、

 不気味に澱んでいるように見えた。


「……まさか、戻ったのか?」


 俺は眉をひそめた。


 あの頑固な性格なら、

 言い争いの後でも患者のところに戻りそうだ。


(……やれやれ)


 俺は小さくため息をついた。


 あいつは本当に、自分のことを顧みない。


 だが——


(……まあ、ミカはヒーラーだ。

 それに、スラムといっても

 マティアスの報告では大した問題じゃない)


 俺はそう判断した。


 疫病が流行っているとはいえ、

 ミカなら回復魔法で自分の身を守れる。


 それに、あの場所は俺が事前に調査した。

 データ上、危険はない。


(……明日、様子を見に行くか)


 俺は窓を閉めた。


(明日の朝一番でスラムに行って、

 ミカに謝ろう。

 ……それに、予算もどうにか調整して、

 少しは回してやらないとな)


 今日は言い過ぎた。


 ミカの献身的な姿勢は、

 この街にとって貴重なものだ。


 もっと労ってやるべきだった。


(……菓子でも持っていくか。

 あいつ、甘いもの好きだし)


 俺はそう考えながら、ベッドに倒れ込んだ。


 三日間、ほとんど眠っていなかった。

 体が鉛のように重い。


(……少しだけ、休もう)


 目を閉じる。


 すぐに、深い眠りに落ちた。



お読みいただきありがとうございます!

バールへの帰還。 しかし待っていたのは、成長ゆえの歪みと、膨れ上がる問題の山でした。

鉄不足によるインフラの遅延。 謎の工作活動。 そして、環境の悪いスラムで発生した疫病。

ストレスで余裕をなくしたルイは、ミカのSOSを「感情論」として切り捨ててしまいます。 互いに正しく、互いに間違っている。 為政者としての論理と、医療者としての倫理の衝突。

そして消えたミカ。 彼女が向かった先は……。

次回、物語は急転直下。 あの「半年の遅れ」が、最悪の形で牙を剥きます。

「続きが気になる!」「不穏すぎる……!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです! (ブックマークもぜひ……!)

▼次回予告 第22話『ターニングポイント1』

次回も【明日18時】に更新します!


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