第20話:S級魔術師との邂逅。――「創造」の極意と、ミクロの魔術操作
第20話:休息の村と、最強の理想論
バールへの帰路。
サクレアを抜け、街道を進んでいた俺たちの馬車が、
ガクリと大きく傾いた。
「……車軸がイカれたか」
御者台のダンルイが申し訳なさそうに振り返る。
熱帯の湿気で木材が腐っていたのだろう。
修理には半日はかかる。
俺たちは近くにあった小さな村、
ラロイ村で足を止めることにした。
◇
村は貧しいが、牧歌的で温かかった。
村人たちは泥だらけの俺たちを快く受け入れ、
井戸の水と干し草のベッドを提供してくれた。
「……ルイ様、少し変わった客人が村にいるそうです」
サーシャが報告に来た。
俺が指示する前に、周辺エリアの把握と聞き込みを済ませていたようだ。
実に優秀だ。
「変わった?」
「はい。S級魔術師だとか」
S級。
俺は眉をひそめた。
この国に魔術師は数多いが、
S級の称号を持つのは片手で数えるほどだ。
そんな人物が、なぜこんな辺境の村に?
「……会ってみよう」
◇
村の広場で、俺はその男を見つけた。
大柄な体格。
無造作な黒髪。
そして——
子供たちに魔法を見せている、
穏やかな笑顔。
「すごーい! お花が咲いた!」
男が指先を振ると、
乾いた地面から一瞬で美しい花が咲き乱れた。
ただの植物魔法ではない。
土壌の成分を一瞬で変質させ、
大気中の水分を集約させている。
これほどの芸当を、無詠唱で、
しかも呼吸をするようにやってのける。
(……化け物か)
魔術は基本の火・水・土の組み合わせで作られるが、
このレベルの融合と応用は、
子供には分からない凄まじさがある。
俺が近づくと、
男の隣にいた小柄な少女が先に気づいて会釈をした。
「あら、貴方たちも旅の方ですか?
私はハナ。こっちは師匠のルロイです」
「……水の魔術師、ルロイだ」
男——ルロイが振り返った瞬間、
俺の肌が粟立った。
圧倒的な魔力総量。
俺も【国家盤面】のスキルで人の能力はある程度読めるが、
この男の底は見えない。
「S級……」
俺は警戒しながら尋ねた。
「なぜこんな辺境の村に?」
「ああ、馬車の部品待ちでな」
ルロイは苦笑した。
「こっちも車軸をやられてな。
職人に頼んで作ってもらってる最中だ」
「……どちらへ?」
「南の第4区を抜けて、竜人国へ」
竜人国。
俺は眉をひそめた。
この国の南東に位置する、強大な軍事国家。
魔術と技術の両方が発展しており、
各国に大きな影響力を持つ。
「竜人国が、強力な魔術師を募集していると聞いてな。
傭兵として稼ぎに行くのさ」
「師匠はすごいんですよ!」
弟子のハナが誇らしげに語る。
「混合王国の生まれで、
ご両親から火・水・土の基礎魔術を叩き込まれたエリートなんです!
この国の魔術学校を主席で出て、
ずっと紛争地帯にいたんです。
向こうじゃ『戦場の園芸師』なんて呼ばれて、
伝説になりかけてるんですよ?」
「よせ、ハナ」
ルロイは照れくさそうに鼻をかいた。
「……俺はただ、荒れた土地を直して回っていただけだ」
S級の実力を持ちながら、威圧感がない。
俺は興味を持ち、彼に土魔法の教えを乞うた。
◇
馬車の修理を待つ間、
俺はルロイに魔術の指導を受けた。
「……ふむ」
ルロイは俺が作った土壁を指差した。
「ルイ、君の魔術は『規模』は大きいが、『密度』が荒いな」
「密度?」
「ああ。大きな岩を動かそうとするな。
砂の一粒、いや、その中の成分をイメージするんだ」
「成分……?」
「ああ。土の中のケイ素や鉄分。
それらを結びつけるイメージだ。
……こうやる」
彼が軽く地面に触れると、
そこにあった土が金属のような硬度を持つレンガに変わった。
「大きな力でねじ伏せるのではなく、
小さなものの細かい操作を積み重ねる。
……それが本当の『創造』だ」
目から鱗だった。
俺は前世の知識(化学組成)があるにも関わらず、
魔法をただの「エネルギーの塊」として扱っていた。
ミクロの視点での魔力操作。
これを習得すれば、
俺の土魔法は建築だけでなく、精密加工にも応用できる。
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「いや、礼には及ばん」
ルロイは笑った。
「君は面白い目をしている。
……戦略家の目だ。
いつか、大きなことをやるんだろうな」
「……そうなれば、いいのですが」
俺は苦笑した。
◇
その夜。
俺たちは村外れの広場で焚き火を囲んだ。
ルロイとハナ、そして俺とミカ、サーシャとサラ。
「……俺の夢か?」
ルロイは串焼きを齧りながら、夜空を見上げた。
「いつか、自分の村を持ちたいんだ。
……農業ができない荒れ地に水を引き、緑に変えて、
腹を空かせる子供がいない場所を作る。
それが俺の夢だ」
「師匠ならできますよ!
私が一生、お手伝いしますから!」
「はは、頼もしいな」
二人は顔を見合わせて笑った。
幸せな場所を作りたい。
効率や利益を追求する俺の思想とは真逆だ。
だが、不思議と反感はなかった。
彼の実力と人柄が、
その青臭い理想を「実現可能な未来」として感じさせるからだろう。
「……私の理想?」
ふと、ミカが口を開いた。
焚き火の炎を見つめながら、
彼女は静かに言った。
「んー、難しいこと言えないけど。
……病気で死ぬ人がいない世界、かな」
「……それは、立派な理想だ」
俺は素直に頷いた。
熱帯での地獄を見た後だと、
その言葉の重みが分かる。
「でしょ? ヒーラーの夢だもん」
ミカは笑った。
「ルイは? 理想の未来ってある?」
「……俺は」
俺は少し考えた。
前世では、金を稼ぎ、上に立ち、無能を支配する。
それが目標だった。
だが、この世界で多くのものを見てきた。
スラムで震える姉弟。
病に苦しむ民。
熱帯で死にかけた仲間たち。
(俺が目指すべきものは、何だ?)
世界一の国?
誰もが成功できる世界?
……いや、もっとシンプルでいい。
「……世界一、生産性が高く豊かな国を作る」
俺はそう答えた。
「生産性が高ければ、経済が回る。
経済が回れば、インフラが整う。
インフラが整えば、民は豊かになる。
……シンプルな話だ」
サラが少し眉をひそめた。
「つまり、住む全ての人が豊かになって、
良い生活ができるような国にしたいってことよね?」
「……ああ、そういうことだ」
俺は頷いた。
正直、サラの言葉の方がしっくりくる。
だが、俺の頭はまだ「生産性」「経済効率」という
数字の言葉でしか物事を捉えられない。
(……それでいいのか?)
一瞬、そんな疑問が頭をよぎった。
だが、俺はすぐにそれを振り払った。
結果が全てだ。
民が豊かになればいい。
それ以上でも、それ以下でもない。
(……そう、それでいいんだ)
自分に言い聞かせるように、俺は焚き火を見つめた。
「……うん。それ、いいね」
ミカが嬉しそうに笑った。
「ルイが作る国なら、きっと良い国になるよ」
「……なぜそう思う」
「だって、ルイは誰よりも真面目だもん。
不器用だけど、ちゃんと人のこと考えてる」
ミカは俺の目を真っ直ぐ見た。
「……私、ルイのこと信じてるよ」
その言葉が、胸に温かく染み渡った。
(……信じてくれているのか)
裏切られ、心を閉ざし、孤独に生きてきた。
だが、今は違う。
全てを見透かした上で、肯定してくれる存在がいる。
それが、どれほど救いになるか。
——だが、俺はまだ気づいていなかった。
「生産性」という数字の裏に、
どれほど多くの「人の命」が隠れているかを。
そして、その数字だけを見て判断することが、
どれほど危険なことなのかを。
俺は、まだ知らなかった。
◇
「ルイ、昔と変わったよね」
ミカが不思議そうに首を傾げた。
「え?」
「魔術学園の頃、ルイってすっごく暗かったじゃん。
いっつも一人で本読んでて、誰とも喋らなくて。
……何があったの?」
俺は少し考えた。
前世の記憶が戻ってから、俺は変わった。
だが、それを説明することはできない。
「……色々、あったんだ」
俺は曖昧に答えた。
「昔、信じていた人に裏切られて。
……それで、人を信じることができなくなった」
「誰に?」
「……恋人だった人」
俺は小さく呟いた。
「前世——いや、昔の話だ」
ミカが少し目を丸くしたが、すぐに元に戻った。
「俺は、その人を愛していた。
でも、その人は金を持った男のところに行った」
「……ひどい」
ミカが眉をひそめた。
「それで?」
「それで、俺は変わった」
俺は焚き火を見つめた。
「愛なんて無意味だ。
金と権力だけが裏切らない。
……そう思って、一人で生きることを選んだ」
「そっか……」
ミカは少し悲しそうな顔をした。
「でも、今は違うよね?」
「……ああ」
俺は頷き、隣の彼女を見た。
昔のような気ままで適当な幼馴染ではない。
この間も、俺のために泥だらけになって命を懸けてくれた。
その姿が、俺の凍っていた心を少しずつ溶かしている。
「今は、信じられる人間がいる」
その言葉に、ミカが顔を赤くした。
「……ありがと」
彼女は小さく呟いた。
俺は言葉に詰まり、
ただ無言で薪を焚き火にくべた。
熱いものが込み上げてくるのを、
悟られないように。
◇
翌朝。
修理を終えた馬車で、
俺たちはラロイ村を出発した。
「お元気で! 良い国を作ってくださいね!」
ルロイとハナが手を振って見送ってくれる。
彼らもまた、彼らの夢へと向かうのだろう。
◇
出発してしばらくして、
馬車の中でミカが声をかけてきた。
「……ルイ」
「なんだ」
「私ね、バールに帰ったらやりたいことがあるの」
「……何だ」
「スラムの移転先、見に行きたい」
ミカは真剣な顔で言った。
「え?」
「ほら、ルイが計画してる『スラム再編計画』。
住民を新しい場所に移すって話でしょ?
……その場所、本当に大丈夫なの?」
「……何が?」
「だって、あそこって昔から『呪われた土地』って
言われてるじゃん」
俺は眉をひそめた。
そういえば、誰かがそんなことを言っていた気がする。
「呪い? ……迷信だろう」
「でも、昔から体調を崩す人が多いって聞くし——」
「ミカ」
俺は遮った。
「科学的根拠のない迷信に、
都市計画を左右させるわけにはいかない。
あの土地は地理的に最適だ。
川に近く、物流にも便利。
地価も安い。
……それで十分だろう」
「……でも」
「それに、『呪い』なんて曖昧な話より、
具体的なデータの方が信用できる。
俺が調べた限り、問題はない」
「……そっか」
ミカは少し不安そうな顔をしたが、
それ以上は何も言わなかった。
(……呪いか)
俺は内心で鼻で笑った。
この世界には魔法があるが、
だからといってオカルトを信じるわけにはいかない。
データと論理。
それが、俺の武器だ。
現地調査は部下に任せた。
報告書に問題はなかった。
それで十分だ。
(……わざわざ現場を見に行く必要はない)
俺はそう判断した。
——だが、俺はまだ知らなかった。
「呪われた土地」と呼ばれる場所には、
本当に危険な何かがあることを。
地面から湧き出る、目に見えない毒ガス。
それが、人々の免疫を奪い、命を奪う。
そして、その危険を「迷信」として切り捨てた判断が、
どれほど致命的な結果を招くかを。
現場を見ない判断。
データだけを信じる判断。
それが、俺の最大の過ちだった。
◇
「……行くぞ」
俺は前を向いた。
手に入れたゴムの苗木。
現地で学んだ知恵。
ルロイから教わった魔術の極意。
そして——
隣にいる、信じられる仲間たち。
多くのものを得て、
俺たちはバールへと帰還する。
そこで待っているのが、
さらなる激動の時代(産業革命)だとしても、
今の俺なら乗り越えられる気がした。
——だが。
俺はまだ知らなかった。
バールで、何が起きているかを。
そして——
俺の「現場を見ない判断」が、
どれほど多くの命を奪うかを。
俺が「データに問題はない」と言い切ったその判断が、
大切な人の命を奪うことになるとは。
この旅が、
大切な人との最後の穏やかな時間になることを。
俺は、まだ知らなかった。
お読みいただきありがとうございます!
嵐の前の静けさ、休息回でした。 最強の魔術師ルロイとの出会い。 そして、ルイとミカの距離がグッと縮まった夜。
ルイの理想論。「全ての人が豊かに過ごせる」という考え方は、いかにも効率主義者の彼らしいですが、その根底には熱帯で味わった無力感と、仲間への優しさが宿っています。 前世で孤独だったルイが、ようやく「人を信じること」の温かさを知りました。
「ミカちゃんメインヒロインすぎる!」「ルロイ師匠かっこいい!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです! (ブックマークもぜひ……!)
さて、次回はいよいよバールへ帰還! 持ち帰った「ゴム」が、ドワーフの技術と融合し、世界を変える発明品を生み出します。 しかし、その裏で以前行ったある政策が裏目に出てしまい……?
▼次回予告 閑話:ハーフエルフメイドと幼なじみヒーラーの屋根裏の友情
次回も【明日18時】に更新します!




