第19話:魔法も科学も無意味だった。――泥だらけの「正解」
みなさん!19話まで読んでいただきありがとうございます!第一章は残り数話になりました!多くの方に読んでもらえていて最高に嬉しいです!1章のクライマックスはこれからになります。ぜひ、ブックマーク、評価していただけたら嬉しいです!また2章へのモチベにしていきたいなと思ってます!
視界が赤い。
まぶたの裏で、熱した鉄を押し付けられているような感覚。
「……はぁ、はぁ……」
俺はテントの中で、荒い息を吐いていた。
全身が鉛のように重い。思考がまとまらない。
あの後、俺は魔力切れと高熱で意識を失ったらしい。
「ルイ! 気がついた?」
ミカが濡れタオルを持って駆け寄ってくる。
彼女の顔は煤と汗で汚れ、目の下には濃い隈があった。
「……状況は」
「最悪だよ」
ミカが唇を噛んだ。
「サーシャも、兵士たちの半分も動けない。
結界は何とか維持してるけど、スライムたちが外で待ってる。
……時間の問題」
「……くそ」
俺は体を起こそうとしたが、激しいめまいに襲われて枕に沈んだ。
熱が下がらない。
俺の体内でも、あの未知の菌が増殖しているのだ。
「回復魔法は……」
「効かない」
ミカが悲痛な声で遮った。
「解熱剤も、解毒魔法も試した。
でも、一時的に熱が下がるだけで、すぐにぶり返す。
……私たちの『正解』じゃ、この森には勝てないんだよ」
ミカの手が震えている。
彼女は優秀なヒーラーだ。
だからこそ、自分の知識が通用しない絶望を誰よりも理解している。
テントの外からは、うめき声と、
ズズッ……というスライムが這う音が聞こえる。
全滅。
その二文字が、現実味を帯びて迫っていた。
「【国家盤面】」
俺は震える声でスキルを発動させた。
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【国家盤面】
対象:熱帯雨林遠征隊
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■ 基本情報
人口 : 15名
場所 : 熱帯雨林(深部)
危険度 : B(病気とスライムの脅威)
■ 状態詳細
健康状態: 危険
(感染者10名 / うち重症7名)
忠誠度 : B(80/100)
食料備蓄: C(40%)※枯渇間近
■ 予測
生存確率: 20%
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「……くそ」
俺は拳を握りしめた。
数字は残酷な現実を突きつけるだけで、解決策を教えてはくれない。
魔法も、知識も、データも。
何一つ、俺たちを救ってはくれなかった。
◇
沈黙の中、ミカが立ち上がった。
「……私、行ってくる」
「どこへだ」
「現地の人たちのところ」
俺は目を見開いた。
樹上に住む、あの部族のことか。
「待て! 危険だ!」
俺は叫んだ。
「言葉も通じない相手だぞ。
それに彼らは俺たちを敵視して……」
「敵視してないよ」
ミカは俺の言葉を遮った。
「ただ『見てる』だけ。
彼らはこの森で生きてる。
スライムの中でも平気で暮らしてる。
……絶対に、何か『方法』を知ってるはず」
「だが……!」
「もう、それ以外に方法ないじゃん」
ミカは強い瞳で俺を見下ろした。
「ルイが頭を下げられないなら、私が下げる」
その言葉が、俺の胸に突き刺さった。
「……ルイは王族だし、リーダーだから、
弱みを見せられないのは分かるよ。
でもね」
彼女は唇を噛み締めた。
「プライドより、命の方が大事でしょ?
……私、ヒーラーだから。
目の前で人が死ぬの、もう我慢できないの」
「ミカ……」
「行ってくる」
彼女は医療鞄だけを持って、ふらつく足取りでテントを出て行った。
「待て、ミカ!」
俺は手を伸ばしたが、体が動かない。
止める間もなく、彼女の背中が暗闇に消えた。
俺は拳を握りしめた。
悔しい。
すべてを計算し、管理してきたつもりだった。
魔法と知識で、どんな問題も解決できると思っていた。
だが結局、俺は土壇場で幼馴染の背中に隠れるだけの、
無力な存在でしかなかった。
◇
意識が飛び、また戻る。
永遠にも感じる数時間が過ぎた頃。
「……ただいま、ルイ」
テントの幕が開き、ミカが戻ってきた。
彼女の姿を見て、俺は息を呑んだ。
全身、泥だらけだった。
美しい茶髪も、白い神官服も、
黒緑色の泥でベトベトに汚れている。
だが、その手には——
大量の「泥」と、見たことのない「植物の束」が抱えられていた。
「……くれた」
ミカは泥だらけの顔で、へらっと笑った。
「言葉なんて通じなかったけどね。
必死でジェスチャーして、土下座して……
熱で苦しんでるふりをしたら、
樹の上から投げてくれたの」
「……それは」
「お薬だって。……じっとしてて」
ミカは泥の入った壺に植物の絞り汁を混ぜ、
俺の額や首筋に躊躇なく塗りたくった。
強烈な臭いが鼻をつく。
腐葉土とハーブを混ぜて発酵させたような、野生の臭い。
「うっ……」
「我慢して」
ミカが優しく言った。
「……これが、彼らの『正解』なんだから」
冷たい泥が肌に触れる。
すると——
不思議なことが起きた。
あれほど引かなかった灼熱のような体熱が、
スーッと吸い取られていく。
「……効いている、のか?」
「うん」
ミカが嬉しそうに頷いた。
「この泥、スライムの核を麻痺させる成分が入ってるみたい。
それに、この植物の汁が殺菌してくれる」
テントの外でも、兵士たちが泥を塗り合っていた。
泥の臭いを嫌がり、
スライムたちが波が引くように森の奥へと退散していく。
魔法でも、科学でもない。
この土地で生きる者たちが積み上げてきた、
泥臭い「知恵」。
(……俺は、何も分かっていなかった)
俺は天井を見上げた。
泥の冷たさが、俺の驕った頭を冷やしていくようだった。
◇
翌日。
俺の熱は下がった。
サーシャやサラ、他の兵士たちも、一命を取り留めた。
俺たちは泥だらけの姿で、現地の部族と対面した。
彼らは樹上から降りてきて、
興味深そうに俺たちの泥姿を見ていた。
言葉は通じない。
だが、俺たちが持っていた「鉄のナイフ」と、
ミカが考案した「蚊帳(布)」を渡すと、
彼らは代わりに「ある苗木」を分けてくれた。
それこそが、泥に混ぜられていた植物——
俺が探し求めていた「ゴムの木」だった。
「……皮肉なものだな」
俺は苗木を見つめた。
最初から頭を下げていれば、
犠牲を出さずに手に入っていたのだ。
俺の驕りが、部下たちを死の淵に追いやった。
プライドを守るために、命を危険に晒した。
(……俺は、何を守ろうとしていたんだ)
俺は地図を広げた。
本来の目的地である「鉄鉱脈」の位置に指を置く。
「【国家盤面】」
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【国家盤面】
対象:鉄鉱脈周辺エリア
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■ 環境情報
場所 : 鉄鉱脈・地下空洞上部
気候 : 熱帯雨林気候(Af)
危険度 : A(病気とスライムの巣窟)
■ 資源・産業
人口 : 0人
食料 : E(調達困難)
主要産業: なし
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危険度A。
先ほどまでいたエリアで危険度Bだった。
そのワンランク上——
スライムの巣窟である地下空洞の真上だ。
「……鉄鉱脈は、諦める」
俺は地図に大きく×印をつけた。
「ルイ様、本当によろしいのですか?」
回復したサーシャが、俺の顔を覗き込みながら尋ねた。
「ああ」
俺は頷いた。
「ゴムと現地流の生存ノウハウは手に入った。
だが、鉄まで欲張れば、次は本当に全滅する」
ここで無理に採掘をすれば、
スライムの大群を刺激し、確実に死者が出る。
コストに見合わない。
命には代えられない。
「賢明な判断だわ」
横で聞いていたサラが、疲れた笑いを浮かべて安堵の息を吐いた。
「行くっていったら、力ずくでも止めるつもりだったよ」
「……ああ」
俺は苦い顔で呟いた。
「だが、これで工業化計画が遅れる」
鉄がなければ、蒸気機関の量産も、鉄道の敷設もできない。この旅で鉄鉱石の産地を見つけ、インフラを整える計画をしていたせいで、一気に遅れてしまう。安定した安価な鉄は発展には不可欠だ。
バールでの製鉄施設建設は、
少なくとも半年は後ろ倒しになるだろう。
(……仕方ない。命には代えられない)
俺はそう自分に言い聞かせ、撤退を命じた。
これは「英断」のはずだった。
論理的で、人道的で、リスクを回避した正しい判断。
ミカの覚悟から学んだ教訓を、俺は実践したのだ。
——だが。
俺はまだ知らなかった。
この「半年」という遅れが、
バールにどのような影響をもたらすかを。
そして——
この時の撤退が、間接的に、
大切な人の命を奪う結果に繋がることを。
正しい判断が、誰かを殺す。
世界は、俺の計算通りには進まない。
その残酷さを、俺はまだ、
本当の意味では理解していなかったのだ。
お読みいただきありがとうございます!
熱帯編、ついに決着です。
ルイの「文明の驕り」が、
スライムの群れに打ち砕かれました。
魔法も、知識も、通用しない。
そんな絶望の中で——
ミカが、泥だらけの顔で笑いました。
「ルイ、これでみんな助かるね」
現地民の知恵を借り、プライドを捨て、
泥を全身に塗りたくる。
その姿は、野蛮人そのもの。
でも、それが正解でした。
ルイは学びました。
「俺の知識は、万能ではない」と。
そして、ラストの決断。
「鉄を諦める」
兵士の命を守るため。
無謀な採掘を避けるため。
その場においては、正しい判断でした。
ですが——
歴史に「もしも」はありません。
この時に生じた「半年の遅れ」が、
将来、取り返しのつかない悲劇の引き金となります。
正しい判断が、誰かを殺す。
それが、統治者の業です。
次回はバールへの帰還の旅。
一行は「ゴム」という希望を持ち帰ります。
そして待っているのは、
新しい出会いと、仲間の隠された過去——
「続きが気になる!」「不穏すぎる……!」と思っていただけましたら、
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【この世界の豆知識】
■ ルイのスキル:国家盤面
スキルレベル:1(使用回数でレベルアップ)
ルイが見ているステータスは、
膨大なデータのほんの一部に過ぎません。
彼は戦略コンサルタントとしての経験から、
生データの海の中から「重要な数字」だけを
瞬時に見抜いているのです。
しかし、その「眼」にも限界があります。
数字に現れない異変。
データ化できない人の想い。
ルイが「見落としているもの」が、
これからの物語で明らかになります。
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▼次回予告
第20話
バールへの帰還途中、思わぬ理由で田舎の街に滞在!
世界でも指の数しかいないS級魔術師との出会いと、仲間の意外な過去。世界の広さを感じる1話になります!
次回も【明日18時】に更新します!




