第17-1話:消えた令嬢。――大捜索の末判明した誘拐犯の正体は「〇〇」だった
翌日の昼。
俺はバイブラー家の長男、ランターに招待され、街一番の高級レストランにいた。
目の前には、地元産のキャッサバを使った料理と、貴重な肉料理が並んでいる。
だが、ランターはフォークを動かそうとせず、沈痛な面持ちで俯いていた。
「……どうした。食わないのか?」
俺が尋ねると、彼は意を決したように顔を上げた。
「……実は、ルイ殿下に折り入ってお願いがあるのです」
「金の話なら昨夜済んだはずだが」
「いえ、もっと個人的な……家の恥に関わる話です」
ランターは声を潜め、周囲を警戒しながら語り出した。
彼には、腹違いの妹がいるという。名前はエレナ。
母親は平民で、すでに亡くなっている。家系図からは抹消されているが、ランターにとっては大切な家族であり、屋敷の離れでひっそりと暮らしていたそうだ。
「そのエレナが、2日前から行方不明なのです」
「家出か?」
「分かりません。ですが……父上の様子がおかしいのです」
ランターは拳を握りしめた。
「私が捜索隊を出そうとすると、父上は激怒されました。『放っておけ』『探すな』と。……父上は普段、私たちに優しい方です。なのに、まるでエレナのことなど最初からいなかったかのように……」
「……なるほど」
俺はワインを揺らしながら思考を巡らせた。
領主が娘の捜索を拒む。
考えられるのは、娘が何らかの不祥事を起こしたか、あるいは領主自身が失踪に関与しているか。
(くだらない家庭の事情だ。本来なら時間の無駄だが……)
しかし、昨夜結んだ「小麦と砂糖」の契約を円滑に進めるためには、次期領主であるランターに個人的な「貸し」を作っておくのは悪くない投資だ。
「いいだろう。俺の部下を使えば、すぐに片付く」
「本当ですか!?」
「ああ。……ただし、結果がどうあれ受け入れる覚悟はしておけ」
俺は冷たく釘を刺し、席を立った。
◇
宿に戻った俺は、すぐに指示を飛ばした。
「チームを分ける。ミカとサラは『表』の仕事だ」
「表?」
「ああ。街の衛生状況と、インフラの欠陥を洗い出してくれ。……特に下水と井戸だ。この街の構造上、水回りに問題があるはずだ」
「了解! 任せて、この街に入った時からなんか臭うと思ってたんだよね。徹底的に調べるよ!」
ミカはやる気満々で腕まくりをした。
彼女には公的な調査官として動いてもらう。それが一番の隠れ蓑になるし、実際にデータも欲しい。
「サーシャ。俺たちは『裏』だ」
「……はい」
サーシャは短く答え、外套のフードを深く被った。
彼女の目は、すでに狩人のそれになっていた。
◇
サクレアの街並みは、表通りこそ美しい石造りだが、路地裏に入ると様相が一変した。
立派すぎる城壁が風を遮断しているせいで、空気が澱んでいる。
湿気が抜けず、壁にはカビが生え、ドブの臭いが充満していた。
「……最悪の都市計画だな」
俺はハンカチで口元を覆いながら呟いた。
防衛を優先しすぎて、居住性を犠牲にしている。典型的な「手段と目的の逆転」だ。
「ルイ様、こちらです」
サーシャは迷うことなく、薄暗いスラムの奥へと進んでいく。
彼女は時折、路地裏にたむろするゴロツキや娼婦に声をかけ、金貨を握らせたり、時にはナイフをチラつかせたりして情報を引き出していた。
その手際の良さは、彼女が王都のスラムで生き抜いてきた証明であり……同時に、彼女の孤独な過去を物語っていた。
「……情報が取れました」
数十分後、戻ってきたサーシャの表情は硬かった。
「2日前の深夜、黒い馬車が屋敷の裏口から出て行ったそうです。……行き先は、北区画の倉庫街」
「目撃者は?」
「金で雇われた運び屋が酒場で喋っていました。『ワケアリの荷物』だと」
ワケアリの荷物。人間を指す隠語だ。
「……急ぐぞ」
「はい」
サーシャの足取りが速くなる。
彼女は、会ったこともない「エレナ」という少女に、かつての自分を重ねているようだった。
親に疎まれ、存在を消されようとしている少女に。
◇
北区画の倉庫街。
人気のない一角に、古びたレンガ造りの倉庫があった。入り口には、柄の悪そうな男たちが二人、見張りとして立っている。
「……中から、気配がします」
サーシャが耳を澄ませて報告した。
「微かですが……『出して、お父様』と」
「……決まりだな」
俺は頷き、前に出た。
「おい、誰だテメェら!」
見張りの男たちが俺たちに気づき、剣を抜いて威嚇してくる。
だが、遅い。
――ヒュンッ!
サーシャが疾風のように間合いを詰めた。
手刀が首筋に叩き込まれ、一人の男が白目を剥いて崩れ落ちる。もう一人が反応する前に、彼女はすでに背後に回り込み、膝裏を蹴り飛ばして無力化していた。
「……制圧完了」
「ご苦労」
俺は倒れた男たちを一瞥もしないまま、倉庫の扉に手をかざした。
「【土弾】」
ドォン!!
鍵ごと扉が吹き飛び、土煙が舞う。
俺たちは土足で中へと踏み込んだ。
「ひぃっ!? な、なんだ!?」
倉庫の中には、数人の男たちと、部屋の隅で縛られ、猿ぐつわをされた少女――エレナがいた。
「助けに来たぞ」
俺が言うと、男たちは武器を構えるどころか、腰を抜かして後ずさった。
「ま、待ってくれ! 俺たちは何もしてねぇ!」
「誘拐犯のセリフにしては情けないな」
サーシャが冷ややかな目でナイフを構える。
だが、男たちの反応は奇妙だった。殺気がない。むしろ、困惑と恐怖に満ちている。
「ち、違うんだ! 俺たちは金をもらって、このお嬢ちゃんを『運ぶ』予定だっただけだ!」
「運ぶ? どこへだ」
「隣町の……その先は知らねぇ! とにかく、俺たちは依頼主の言う通りにしてただけなんだよ!」
「……依頼主だと?」
俺は男の胸ぐらを掴み上げ、冷たく問い詰めた。
「誰だ。誰がこの少女を誘拐させた」
男は震えながら、視線を泳がせ……そして、観念したように口を開いた。
「……り、領主様だ」
「……何?」
「バイブラー伯爵だよ! あいつが直接、俺たちに依頼したんだ!」
俺とサーシャは顔を見合わせた。
父親が、ゴロツキを雇って自分の娘を誘拐させた?
殺すわけでもなく、隣町へ運ばせるために?
(……妙だな)
俺はエレナを見た。
彼女は涙を流しながら、絶望した目で首を横に振っている。
この事件には、まだ裏がある。
俺は確信した。これは単純な悪意ではない。もっと複雑で、非合理な「感情」が絡んでいる。
「……サーシャ。エレナを保護しろ。この男たちも連れて行く」
「どこへですか?」
「決まっている」
俺は屋敷のある方向を睨みつけた。
「依頼主の元へ、荷物を届けにな」
お読みいただきありがとうございます!
サクレア編・後編の前半戦でした。
きらびやかな表通りと、澱んだスラム。
壁に囲まれた都市ならではの病巣が見え隠れします。
そして明かされた誘拐の実行犯。
まさかの実の父親、バイブラー伯爵。
なぜ彼は、愛するはずの娘をこんな荒っぽい手口で連れ去ろうとしたのか?
その真意は、次回の解決編で明らかになります。
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▼次回予告
第17話-2『父親の嘘と、壊されるべき壁』
真相を突きつけるため、領主館へ乗り込むルイたち。
そこで語られるのは、貴族社会の陰湿なルールと、不器用すぎる父親の愛だった。
「隠すから弱点になる」
ルイの言葉が、物理的にも精神的にも、サクレアの「壁」を壊していく!
次回も【明日18時】に更新します!
【この世界の豆知識】
■ビクト池とラナ川 サクレアのさらに南、赤道直下には巨大な水源「ビクト池」が存在します。 ここから流れ出る水がラナ川となり、第2区全体を潤す大動脈となっています。 ……はい、お察しの通り、元ネタは現実世界の「ビクトリア湖」です! まさか、高校時代の地理の知識がこんなところで役に立つとは……。 やっぱり勉強はしておくものですね(笑)。




