第15-2話:目が「虚ろ」だよ。――全てを見透かす幼馴染の言葉
サバンナの夜は冷える。 パチパチと爆ぜる焚き火の音が、静寂を際立たせていた。
「はい、サーシャちゃんも。具だくさんだよ」
ミカが湯気の立つカップを差し出した。 護衛として少し離れて立っていたサーシャは、一瞬戸惑ったように目を瞬かせたが、小さく頭を下げて受け取った。
「……ありがとうございます」
「どういたしまして。盗賊退治、すごかったね〜。あの動き、どこで習ったの?」
ミカが屈託なく隣に座る。 サーシャはカップの温もりを両手で包み込みながら、炎を見つめてポツリと語り始めた。
「……生きるために、覚えました」
彼女の生まれは王都のスラムだという。 だが、ハーフエルフである彼女は、幼い頃から迫害を受けていた。
「ある時、街の井戸に毒が入れられる事件がありました。……犯人はエルフ族だという『噂』が流れ、スラムに住むエルフへの虐殺が始まったんです」
「……根拠のないデマか」
俺が呟くと、サーシャは無表情のまま頷いた。
「はい。両親は、追っ手が来る直前、私に『ある物』を飲み込ませました」
「ある物?」
「虹色に光る、小さな玉でした。『これを飲めば、お前だけは助かる』と」
サーシャは自分の胸元をギュッと握りしめた。
「それを飲んだ瞬間、体の中から焼けるような熱さが湧き上がって……気付いたら、私は窓から飛び降りて逃げていました。常人では不可能な高さから」
(……なんだそれは?)
俺は眉をひそめた。 火事場の馬鹿力にしては異常だ。魔力回路を強制的に拡張する薬か? あるいは、旧時代の遺物アーティファクトか。 サーシャの異常な戦闘力の一端が、そこにある気がした。
「その後、引き取られた孤児院でも……私は『汚れた血』として毎日殴られ、食事も与えられませんでした」
サーシャの声には、怒りも悲しみもなく、ただ深い諦観だけがあった。
「このままでは死ぬ。そう悟った私は、孤児院にいた元騎士団のシスターに頼み込んで、護身術を教わりました。……友達なんていらない。群れれば弱くなる。そう自分に言い聞かせて」
来る日も来る日も、彼女はたった一人でナイフを振るった。 誰にも頼らず、誰も信じず。 そうして心が凍りついた頃――俺と出会ったのだ。
『ほう、鋭い目をしている。……俺の下に来い』
前世の記憶を取り戻したばかりの俺は、従者を探していた。 表向きは「エルフのメイドなんて希少で面白い」という理由だったが……実際は、檻の中で世界を睨みつける彼女の孤独な目に、かつての自分を重ねたのかもしれない。
「私はあの日、ルイ様に拾われて初めて『生きる場所』を頂きました。……だから、この命は全てルイ様のために」
「……そうか」
俺は短く答えた。 重い過去だ。だが、今の彼女には俺がいる。
(俺らしくない感情だ。一人のために労力を使うなど非効率的だ。……だが、何か俺の中でも変わっているのかもしれないな)
いずれ、彼女が心を許せる「群れ(仲間)」を作ってやらねばならない。 そう思いながら、俺はテントへと戻った。
◇
テントの中で一人、俺は毛布にくるまりながら天井を見上げた。 サーシャの話が、前世の記憶を呼び起こしていた。
俺の前世は、決して悲劇の主人公と呼べるようなものではない。 家は貧しかったが、虐待されていたわけでもない。 ただ、ずっと「孤独」だった。
勉強はできた。だが、周囲の人間が馬鹿に見えて仕方がなかった。 非効率な慣習、感情論で動く社会。それらに苛立ち、壁を作っていた。
転機は大学時代だ。 トップ大学に進学し、初めて恋人ができた。 俺は彼女を愛していたつもりだった。だが――彼女は去った。 相手は、金持ちの年上の男だった。
『ごめんね。でも、将来が見えないの』
その言葉が、俺の心を冷たく塗り固めた。 結局、この世界は「成功」と「金」だ。 愛だの情だのは、成功者の遊びに過ぎない。
俺は親とも縁を切り、感情を捨てて戦略コンサルタントになった。 成功者を目指して死ぬ気で働いたが、案外、それが楽しかった。 全ての上に立ち、愚かな人間たちを動かす優越感。 自分の優秀さを証明し、頭の悪い奴らを「救ってやる」快感。
(……俺は、自分に泥酔していただけだ)
心の穴を、仕事と優越感で埋めていただけ。 現世のルイ・クロムウェルも同じだ。 無能と呼ばれ、誰にも期待されず、孤独だった。 だからこそ、俺たちはリンクしたのだろう。
◇
テントの中で一人、俺は毛布にくるまりながら天井を見上げた。 サーシャの話が、前世の記憶を呼び起こしていた。
(……俺は、自分に泥酔していただけだ)
心の穴を、仕事と優越感で埋めていただけ。 現世のルイ・クロムウェルも同じだ。 無能と呼ばれ、誰にも期待されず、孤独だった。 だからこそ、俺たちはリンクしたのだろう。
◇
「……ルイ、起きてる?」
テントの幕が遠慮がちに開き、ミカが入ってきた。 寝間着代わりの緩いシャツ姿だ。手に温かい飲み物のカップを二つ持っている。
「なんだ。もう寝る時間だぞ」
「ん、ちょっとね。外、寒くてさ。……はい、ハーブティー。落ち着くよ」
ミカは断りもなく入ってくると、俺のベッドの端にちょこんと座り、カップの一つを差し出した。 俺は身体を起こし、それを受け取る。
「……香りがいいな」
「でしょ? 道中で摘んだ薬草をブレンドしてみたの。リラックス効果があるんだって」
普段の俺なら「早く寝ろ」と追い出すところだが、今夜はどういうわけか、その温かさを拒む気になれなかった。 俺は一口啜り、ふと口を開いた。
「……南の星は、王都とは違うな」
「え?」
ミカが驚いたように目を丸くした。俺が仕事以外の雑談を振ったのが意外だったらしい。
「星座の位置が低い。……世界は広いということだ」
「ふふ、そうだね。……ねえ、覚えてる? 学園の時、よく二人で図書館の裏庭でサボってたの」
「……俺はサボっていたわけじゃない。独学の方が効率が良かっただけだ」
「はいはい、そういうことにしておくよ」
ミカは懐かしそうに目を細め、カップの湯気越しに俺を見た。
「あの頃のルイ、いっつも難しそうな顔して本読んでてさ。誰とも喋らなくて。……私、心配でずっと見てたんだよ?」
「知っている。お前が隠れてお菓子を食べていたのもな」
「うっ……バレてたかぁ」
ミカは照れくさそうに笑い、それから少しだけ表情を曇らせた。 遠回しに、言葉を選ぶように。
「……ねえ、ルイ。ここに来てから、ルイはいっぱい変わったよね。みんなを指揮して、街を救って。……すっごく強くて、頼もしくなった」
「当然だ。やるべきことをやっている」
「うん。……でもさ」
ミカは俺の手元にあるカップに視線を落とした。
「たまに、ふとした瞬間に……昔と同じ顔をする時があるよ」
「……同じ顔?」
「うん。図書館にいた頃の……誰も見ていない、どこか遠くを見てるみたいな顔。なんていうか……」
彼女は言葉を探し、そして静かに俺の目を見つめた。
「……目が、『虚うろ』だよ」
心臓を掴まれたような感覚だった。
誰にも見せていないつもりの、心の深淵。
それを、この幼馴染だけは見抜いていた。
「自信満々に振る舞ってるけど、
根っこはずっと寂しいままでしょ?
……全部一人で背負い込んで、誰にも心を開いてない」
俺は何も言えなかった。
否定する言葉が、出てこなかったからだ。
「……心配なんだよ。いつかポキっと折れちゃいそうで」
ミカは少し身を乗り出し、俺の手に自分の手を重ねた。
その手の温もりが、妙に鮮明に感じられた。
「私、政治とか難しいことは分かんない。
ルイの邪魔もしない。
……でも、ルイが『頑張りすぎて壊れないか』を見張る係ならできるよ」
「……お節介な奴だ」
「周りはみんな『領主様』としてのルイを頼るけど、
私にはただの『ルイ』でいいから。
……弱音くらい、吐いてよね」
ミカはへらっと笑った。
それは、聖女のような慈愛ではなく、
ただの「幼馴染」としての、等身大の優しさだった。
(……この感覚は、なんだ)
前世で恋人に裏切られてから、
俺は30年間、誰にも心を開かなかった。
仕事に生き、効率だけを求めた。
恋愛など、非効率的な感情の無駄遣いだと思っていた。
だが——
この世界で俺はまだ21歳だ。
前世の記憶を持っていても、この体は若い。
そして、目の前には——
(……俺を『ルイ』として見てくれる人間がいる)
領主としてではなく。
皇子としてでもなく。
ただの一人の人間として。
それが、どれほど貴重なことか。
「……ふぁ」
言いたいことを言って満足したのか、
緊張の糸が切れたように、ミカは大きなあくびをした。
「……なんか、安心したら眠くなっちゃった」
「おい、自分のテントに戻れ」
「むりぃ……ここあったかいもん……」
そう言って、彼女は俺のベッドの足元で丸くなった。
「……まったく」
俺は呆れてため息をついたが、
追い出す気にはなれなかった。
テントの中に、彼女の体温と寝息がある。
それだけで、凍りついていた何かが少し溶けるような気がした。
(……恋に落ちるのも、悪くはないのかもな)
俺は小さく笑い、ロウソクの火を見つめた。
その炎を、今夜は消さなかった。
その暖かな光が、今の俺には心地よかったからだ。
お読みいただきありがとうございます!
サーシャの「力の秘密(謎の玉)」、そしてルイの前世。 二人とも、深い孤独を抱えて生きてきました。
そんなルイの心に、土足で(でも優しく)踏み込んでくるミカ。 「目はまだ虚だよ」なんて、幼馴染にしか言えないセリフですね。 30年ぶりの恋の予感……。 最強の内政無双もいいですが、こういう人間ドラマもこの作品の大切な要素です。
次回は、いよいよ中継地点「サクレア」に到着! そこは貴族たちが隠し持つ「裏金」の温床でした。 ルイとマティアスによる、容赦ない「お掃除」が始まります。
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▼次回予告 第16話『没落貴族の隠し金山』 保養地サクレアに到着した一行。 一見寂れた村だが、ルイは違和感に気づく。 「なぜ貧しい村に、これほど立派な馬車が行き交う?」 マティアスの調査報告を手に、ルイは悪徳領主の館へと乗り込む!
次回も【明日18時】に更新します!




