第13話:ドワーフの爆発狂と、南への切符
スラムでの「石炭」発見から数日。 バールの経済は、かつてない速度で回り始めていた。
燃料コストの激減。仮設住宅建設による雇用の創出。 そして、モネによる貨幣改鋳と市場介入により、死んでいた商業血管に血が巡り始めたのだ。
「……笑いが止まらないわね」
執務室にて。 経済局長のモネが、積み上がった金貨の袋を前にニヤリと笑った。
「第1区への小麦代、利子をつけて完済してもまだ余るわ。……あんた、本当にこの街を黄金郷にする気?」
「金は溜め込むな。次へ投資しろ」
俺は即答した。 借金は返した。だが、俺の目的は借金返済ではない。この国を最強の産業国家にすることだ。
「石炭は見つかった。次は『鉄』だ。ミスリルの精製も進めるが、産業の米は鉄だ」
俺は地図上の「南部」を指した。 第2区の南側、熱帯雨林が広がる未開拓領域。
「ここに視察に行く。……鉄鉱石、そして『ゴム』を見つけるためにな」
◇
その準備と並行して、俺は街外れの工房を訪ねていた。 目的は、石炭のエネルギーを形にする「技術者」の確保だ。
「帰れ! 役人なんぞに用はねぇ!」
工房の扉を開けた瞬間、怒鳴り声と共にスパナが飛んできた。 間一髪で避ける。
現れたのは、髭も髪も爆発したように逆立った、小柄な老人。 ドワーフのゴード。 「爆発狂」の異名を持つ、街一番の変人発明家だ。
「ゴード。貴様に面白い玩具を持ってきた」
俺は無視して工房に入り、持参した「石炭」と、一枚の設計図をテーブルに広げた。 水を沸騰させ、その蒸気圧でピストンを動かす機構――「蒸気機関」の概念図だ。
「……あぁ? なんだこりゃ。お湯沸かして蓋を飛ばすのと一緒じゃねぇか」
ゴードは鼻で笑った。
「くだらねぇ。ピストン動かすなら『風魔法』を使えばいいだろ。魔石一つで解決だ」
「これだから凡人は困る」
俺は冷たく言い放った。
「魔法は『才能ある個人』しか使えない。魔力切れもおこす。……だが、こいつは燃料さえあれば、誰でも、24時間、疲れを知らずに動き続ける」
「……あ?」
「俺が作りたいのは、英雄がいなくても回る世界だ。……魔法使い(エリート)に頼らず、凡人が巨人を動かすための『動力』だ」
ゴードの目が釘付けになった。 技術者特有の、未知への渇望。
「……誰でも使える、無限の動力、か。これ開発したら世界中の研究者が吹っ飛ぶぜ!!魔術以外の技術を嫌う龍神の奴らの顔が見てみてぇ〜わ」
彼は震える手で図面をなぞり、ニヤリと笑った。 その笑顔は、純粋な狂気に満ちていた。
「面白ぇ! やってやらぁ! ……ただし、予算は今の10倍よこせ! 試作機で工房ごと吹き飛ぶかもしれねぇからな!」
「くれてやる。その代わり、冬までに形にしろ。後新しい工房も用意してやる。町の中心にな」
商談成立だ。 これで産業革命の歯車は回り出した。
◇
数日後。 領主館の作戦室で、南部視察のメンバー選定が行われた。
「南部は魔物も強く、環境も過酷だ。少数精鋭で行く」
俺の言葉に、集まった幹部たちが頷く。 マティアスが手元の名簿を確認し、読み上げた。
「では、南方視察のメンバーですが……。 護衛にサーシャ。指揮官にサラ。 それから……」
マティアスは一拍置き、俺を見た。
「衛生管理官のミカも同行させます」
「ミカを? なぜだ」
俺は眉をひそめた。 彼女は今、街の医療改革で手一杯のはずだ。
「南方は熱帯気候です。未知の疫病や寄生虫のリスクがあります。 『聖視眼』を持ち、即座に治療ができる彼女がいれば、殿下の身に万が一のことがあっても対応できます。……彼女以外に適任はおりません」
……確かに、合理的な判断だ。 未知の土地で一番怖いのは魔物よりも病気だ。
「……分かった。同行を許可する」
俺は淡々と許可を出した。 だが、心の奥で小さな期待が芽生えているのを、自分でも否定できなかった。
(……あいつと、久しぶりに少しは話せるかもしれないな)
最近は互いに忙しく、業務連絡しかしていなかった。 旅の道中なら、昔のように雑談くらいはできるだろう。
そんなことを考えている自分に、俺は少し驚き、咳払いをして思考を戻した。
「……それから、外部戦力としてAランク冒険者パーティ『黄金の盾』を雇用済みだ。彼らはダンジョン攻略時の働きも良く、金払いの良い俺への信頼も厚い」
戦力は十分だ。 俺は最後に、最も信頼する男に視線を向けた。
「マティアス。お前も来てくれ。現地の状況分析と、資源活用の改革案……お前の知恵が必要だ」
彼は当然、同行するものだと思っていた。 だが、意外にもマティアスは静かに首を横に振った。
「申し訳ございません、殿下。今回は辞退させていただきます」
「……理由は?」
「現在、採用した新人官僚たちの教育と、モネ殿が進める経済改革の実務が山積みでして。……私が抜ければ、行政の決裁が滞ります」
マティアスは困ったように眉を下げた。
「それに、法務官のバロンも残します。彼と共に、殿下が安心して帰還できるよう、この街の地盤を固めておく必要がありますゆえ」
「……そうか。ならば仕方ない」
確かに、今のバールは成長痛の真っ只中だ。 モネは優秀だが、行政の実務を回せるのはマティアスしかいない。司令塔である彼が抜けるのはリスクが高すぎる。
◇
会議が終わり、廊下に出た時だった。 後ろを歩いていたサーシャが、俺の耳元で小さく囁いた。
「……ルイ様。先ほどのマティアスの発言ですが」
「ん?」
「『行政が停滞する』という部分……あれ、嘘です」
サーシャの報告に、俺は足を止めた。 彼女には、相手の微細な筋肉の動きや脈拍から「嘘」を見抜く目がある。
「嘘? ……あいつ、仕事をサボりたいわけでもあるまい」
「はい。心拍数を見る限り、むしろ『強い決意』のようなものを感じました。……何か、ルイ様に言えない理由があるのかと」
俺は少し考え、そしてフッと笑った。
「……なるほどな。過保護な爺やだ」
「え?」
「俺に余計な心配をかけたくないのだろう。おそらく、行政の仕事だけでなく……スラムの治安維持や、反対派の貴族への根回しなど、俺の目の届かない『汚れ仕事』を片付ける気だ」
俺がいると、どうしても最終決裁や道徳的な判断が必要になる。 あいつは俺がいない間に、面倒な掃除(粛清)を済ませて、俺の手を汚させないつもりなのだろう。
「自分を犠牲にしてまで尽くすとはな。……帰ったら、極上の茶葉でも土産に買ってやるか」
「……そう、でしょうか」
サーシャはまだ少し腑に落ちない顔をしていた。 彼女の野生の勘が、何かに引っかかっているようだった。 だが、俺の判断を聞き、「ルイ様がそう仰るなら」と引き下がった。
俺たちの信頼は揺るがない。 少なくとも、この時はまだそう信じていた。
「よし、出発だ!」
俺たちは馬車に乗り込み、熱気渦巻く南の密林へと向かった。 そこで待ち受ける、新たな資源と出会いを求めて。
お読みいただきありがとうございます!
今回の見どころは「魔法vs科学」の思想的衝突! ルイの「凡人でも巨人を動かす世界」というビジョンが、ドワーフ技術者にどう受け入れられるか……現実の産業革命を彷彿とさせる、深みのあるテーマです。これからの「ゴム発見」は、まさに産業の「血液」の発見! 衛生管理官ミカの活躍にも要注目です。
※豆知識:歴史上、ゴムは産業革命の「最後のピース」と言われ、輸送・医療・通信を一変させました。この世界でどう活用されるか……!
さて、次回は南部編スタート! 熱帯のジャングルで、ルイたちを待ち受けるものとは?
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▼次回予告 第14話『熱帯の支配者と、ゴムの木』 南部に到着した一行。そこは巨大昆虫や魔獣が跋扈する危険地帯だった。 ミカの衛生魔法が輝く中、ルイはついに「ゴム」を発見する。 しかし、その森はある「種族」の縄張りで……?
次回も【明日18時】に更新します!
【この世界の豆知識】
■ドワーフと技術 この世界のドワーフは、手先が器用で金属加工に長けていますが、魔法適性は低いです。 そのため、「魔法使いに頼らなくてもいい道具」を作ることに情熱を燃やす者が多く、ルイの提唱する「科学技術」とは非常に相性が良い種族と言えます。




