第12話 スラム解体と、黒い宝石
翌日から、バールの街は騒がしくなった。 中心部にあるスラム街の「解体工事」が始まったからだ。
「おい! そこの壁は慎重に崩せ! 資材は再利用すんだよ!」
建設局長に就任したヴェスタの怒号が響く。 働いているのは、スラムの住人たちだ。 住処を壊されているのに、彼らの表情は明るい。日当と食事が保証され、さらに新しい住処も約束されているからだ。
俺はマティアスを連れ、現場の視察に訪れていた。
「順調だな。破壊と創造が同時に進んでいる」
「ええ。ヴェスタ殿の人望のおかげで、暴動も起きずスムーズです」
俺はヴェスタを呼び寄せ、次の指示を出した。
「ヴェスタ。現在、住人たちは仮設住宅に入れているが……最終的な移住先は、南にある『ダンブ池』の周辺にする」
「あ? ダンブ池だって?」
ヴェスタが怪訝な顔をする前に、横にいた調査員のジズルダン(黒粉の民)が青ざめた。
「で、殿下! あそこはマズいです! 昔から『呪われた池』って呼ばれてて、近寄ると高熱を出して死ぬって言い伝えが……」
「呪い、か」
俺は鼻を鳴らした。 おそらく、湿地帯特有のガスか、あるいは媒介する虫による風土病だろう。原因が分かれば対処は可能だ。
「そんな迷信で土地を遊ばせておく余裕はない。……ヴェスタ、地盤調査をしておけ。スラムの連中を街の外側に移住させ、そのエリアの開拓も彼らに任せる」
「へいへい。ま、俺は幽霊なんざ信じちゃいねぇけどよ。一応、地盤は見ておきますわ」
ヴェスタはニカッと笑い、ジズルダンは「ひぃぃ……」と縮み上がった。
その時、現場の端に、白いローブを着た女性の姿が見えた。 衛生管理官のミカだ。
「……ミカ。なぜお前がここにいる?」
俺が声をかけると、彼女は包帯を巻き直す手を止めて振り返った。
「あ、ルイ! 現場の救護班だよ。衛生管理の仕事は部下に指示出したから、私はこっちで待機!」
「局長クラスが現場に出るな。時間の無駄だ」
「もー、またそういうこと言う! ここで怪我人が出たらどうするの? 大怪我を一瞬で治せるBランクヒーラーなんて、この街には私しかいないでしょ?」
ミカは腰に手を当てて膨れっ面をする。 だが、その目は真剣に作業員たちの安全を見守っていた。
「……今の危ない取り壊しが終わったら、ちゃんと執務に戻るからさ。ね?」
その言葉に、俺は小さく息を吐いた。
「……好きにしろ。お前は昔から、妙なところでお節介だからな」
「えへへ、ルイに『優しい』って言われると調子狂うなぁ」
ミカは照れくさそうに笑い、ふと思い出したように言った。
「そういえばルイ、学園の頃に必修だった『土魔法』、結局使えるようになった?」
「……いや。相変わらずだ」
俺は苦い顔をした。
王族というものは、基本的に「火」や「水」といった派手な攻撃魔法を専攻したがる。それが権威の象徴だからだ。 だが、前世の記憶が戻る前の俺は、そんな兄たちへの反抗心から、あえて地味で戦闘には不向きとされる「土」を選んだ。
結果、適性はあるのに心が追いつかず、未だにまともに制御できていない。
「ふーん。ま、私も人のこと言えないけどね〜」
ミカは自嘲気味に肩をすくめた。
「私さ、単体回復ならAランク級なんだけど、『集団ヒール(エリアヒール)』がどうしても苦手でさ……。二人まではいけるんだけど、五人以上になると魔力が霧散しちゃうの。それができないと昇級試験に受からないんだよねぇ……」
「……そうか」
彼女ほどの腕があれば、とっくにAランクだと思っていたが、そんな壁があったとは。
「ま、泣き言言ってもしょうがない! 仕事仕事っと!」
ミカは明るく振る舞い、走り去っていった。 不器用な奴だ。
◇
その直後だった。 掘削作業をしていたヴェスタが、困り顔で戻ってきた。
「殿下、ちょっと厄介なもんが出てきやがって」
「どうした?」
「基礎を掘ってたら、黒い岩盤にぶち当たったんですわ。硬くて掘るのに邪魔だし、崩すと黒い粉が舞って作業員が嫌がってるんです」
見ると、掘り返された土の中に、黒光りする岩が山積みになっていた。 ジズルダンがそれを見て声を上げた。
「あ、あれ? これ、俺の故郷の山にあるのと同じ石です!」
「西の山のか?」
「はい! やっぱりここにも……。すいません殿下、掘ってもこんなゴミしか出なくて……」
マティアスも眉をひそめてハンカチで鼻を覆う。
「汚らしい石ですね。……一部の民族が『燃える石』として使うと聞いたことがありますが、煙が酷くて使い物にならないとか」
この世界では、まだ「石炭」の価値は知られていない。 不純物の多い低品質なものが、貧しい地域で細々と使われている程度だ。
俺はその黒い石を拾い上げ、断面を観察した。 ずっしりとした重み。そして、ガラスのような光沢。
(……間違いない。これは無煙炭に近い、高純度の『石炭』だ)
しかも、スラムの地下から西の山脈まで鉱脈が続いているとしたら……埋蔵量は計り知れない。
「ヴェスタ。かまどを用意しろ。あと、ふいご(送風機)だ」
「は? かまど?」
「実演してやる。……ジズルダン、よく見ていろ」
俺は用意させた即席のかまどに石炭をくべ、火をつけた種火を入れた。 最初は黒い煙が上がる。 周囲が「うわっ、臭ぇ」と顔をしかめる。
「ここからだ。……空気を送れ!」
俺の指示で、ヴェスタがふいごを動かす。 酸素が供給された瞬間。
――ボオォォォォッ!!
黒煙が消え、中心から目が眩むような「青白い炎」が噴き上がった。 凄まじい熱波が周囲を襲う。
「うおっ!? なんだこの熱さは!?」
ヴェスタが仰け反った。 薪の焚き火とは次元が違う。鉄製の火箸が、みるみるうちに赤熱していく。
「マティアス。薪の火力とは比べ物にならんだろう?」
「……信じられません。あの汚い石が、これほどの熱を……!?」
マティアスが眼鏡の位置を直し、驚愕の表情で炎を見つめている。
俺は炎に照らされながら、ジズルダンに向き直った。
「ジズルダン。お前たちはこれを『汚れ』だと言って恥じていたな?」
「は、はい……」
「顔を上げろ。これは汚れではない。……この国を冬の寒さから救い、鉄を溶かし、産業を動かす『黒い宝石』だ」
「ほ、宝石……?」
「そうだ。お前たちが差別されてきたその汚れは、今日から『勲章』に変わる」
ジズルダンは震え、ボロボロと涙をこぼした。 ただのゴミだと思っていた故郷の石が、国を救う宝だと認められたのだ。
「……あらあら。随分と熱いと思ったら、とんでもないものを見つけたわね」
騒ぎを聞きつけたのか、経済局長のモネがやってきた。 彼女は青白い炎を見て、目を丸くした。
「これだけの熱量……。今まで他国から輸入してた薪や木炭のコストが、全部浮くじゃない」
モネは「やれやれ」と肩をすくめたが、その口元はニヤリと吊り上がっていた。
「計算するだけで目眩がするわ。……あんた、この街を黄金で埋め尽くす気?」
「金だけじゃない。……この高温があれば、今まで加工が難しかった『高純度の鉄』や『合金』が精製できる」
俺は炎を見つめ、未来を幻視した。
「鉄が変われば、道具が変わる。武器が変わる。そして……『動力』が生まれる」
蒸気機関。鉄道。工場。 この世界に「産業革命」を起こすための燃料が、今、手に入ったのだ。
「……殿下」
マティアスが、真剣な眼差しで俺に囁いた。
「この石の価値は計り知れません。ですが……それゆえに危険です。これは我々にとって『未知のもの』。普及には慎重を期すべきかと」
鋭い指摘だ。 未知の力は、時に制御不能な災害をもたらす。 だが、止まるつもりはない。
「マティアス、技術者を集めろ。……この国に、革命の火を灯すぞ」
燃え盛る石炭の炎が、俺たちの顔を赤く染めていた。 それは、バールの街が「最強」へと駆け上がるための、狼煙だった。
お読みいただきありがとうございます!
ついに見つけました。 産業革命の鍵、「石炭」です。 これまでゴミ扱いされていた黒い石が、ルイの知識によって「黒い宝石」へと変わる瞬間。 内政モノの醍醐味ですね!
そして、ミカが「集団ヒールが苦手」という悩みも明らかに。 高スペックなのに不器用な彼女、応援したくなります。
次回は、この石炭を使って何を作るのか? 天才技術者も巻き込んで、バールの冬を変える発明品を作ります!
「石炭キター!」「展開が熱い!」と思っていただけましたら、 ページ下にある【☆☆☆☆☆】から、評価ポイントを入れて応援していただけると嬉しいです! (ブックマークもぜひ……!)
▼次回予告 第13話『ドワーフの爆発狂と、冬の暖房革命』 石炭を活用するため、ルイは変わり者のドワーフ技術者を訪ねる。 そこで開発されたのは、この世界の冬を一変させる「魔導ストーブ」だった。 しかし、その実験中に爆発事故が……!?
次回も【明日18時】に更新します!
【この世界の豆知識】
■魔法の体系 この世界の魔法は、3つの「基礎魔法」と、そこから派生する「応用魔法」で構成されています。
【基礎魔法】 火・水・土
【派生魔法】 氷(水+風の変異)、風(大気の操作)、雷など
【魔法レベル】 F級:現象が見える程度(着火など) E級:日常利用レベル(コップの水出しなど) D級:単独戦闘が可能 C級:複数敵を相手にできる B級:小集団(5m範囲)へ影響 A級:大集団(10〜20m)へ影響 S級:天候や大地そのものを変える戦略級
ルイが土魔法を選んだのは、王族が好む「火・水(攻撃系)」への反発から。 戦闘には不向きとされる土を選ぶことで、無言の抵抗を示していたのです。




