第11-1話:身分不問の採用試験――街に集う、異端の才能たち
数日後。 領主館の正門が大きく開かれた。
集まった500人超の志願者たちが、恐る恐る足を踏み入れる。 案内されたのは、この館で最も格式高い「大広間」だった。
高い天井、磨き上げられた大理石、煌びやかなシャンデリア。
——本来なら、王族と高位貴族だけが足を踏み入れる場所だ。
「お、おい……俺たちみたいな平民が、こんな所に入っていいのか?」 「靴の泥で汚しちまいそうだ……」
薄汚れた労働者やスラムの住人たちは、場の空気に飲まれ、縮こまっている。 無理もない。彼らにとってここは、別世界の住人の場所だ。
だからこそ、意味がある。
「顔を上げろ!」
俺は大階段の上に立ち、声を張り上げた。 よく通る声が、広間の隅々まで響き渡る。
「ここは今日から、特権階級のサロンではない。未来を作るための『選考の場』だ」
俺は彼らの顔を一人ずつ焼くように見渡した。
「募集要項に書いた通りだ。俺は、君たちの『過去』になど興味はない。どこの馬の骨か。親は誰か。前科があるか。……そんなものは紙切れ一枚の価値もない」
ゴクリ、と誰かが喉を鳴らす。
「俺が欲しいのは、この街を変えるための『結果』だけだ! 能力を示せ。そうすれば、俺は君たちに『未来』を約束する!」
短い演説。だが、強烈な一撃だった。 会場の空気が、「萎縮」から「熱狂」へと変わる。
「これより試験を開始する!」
俺の合図で、職員たちが案内を始めた。 今回の試験は、全員一律ではない。
1.計算・会計(商人向け) 2.文書・歴史(学者・貴族向け) 3.地理・情勢(旅人・現地民向け) 4.建築・土木(職人向け) 5.対人戦闘・警護(武人向け)
受験者は、自分の得意な分野を選んで受けることができる。 これなら、字が読めない職人や、計算が苦手な武人でも、才能を取りこぼすことはない。
◇
一次試験の選考は、マティアスとサーシャに任せた。
マティアスが実務能力をチェックし、その横でサーシャが目を光らせる。 彼女には、相手の心拍数や微細な表情筋の動きから「嘘」を見抜く特技がある。
「……次の方。経歴に『王都で騎士をしていた』とありますが?」 「あ、ああ! そうだとも!」 「嘘ですね。不合格。……次」
サーシャの冷徹なフィルタリングにより、スパイや経歴詐称者は次々と弾かれていく。 順調だ。
その間、俺は別室で都市計画の地図と睨めっこをしていた。
「……くそっ、どうもしっくりこない」
俺はペンを投げ出した。 経済効率を上げるには、商業区を街の中心――ラナ川沿いに集約したい。
だが、そこは「最短動線」と「最悪の衛生環境」が同時に存在する場所だった。
「スラムを退かすにはコストがかかりすぎる。かといって、迂回させれば物流効率が落ちる……」
地図上の線だけでパズルを解こうとする。 それが「現場不在」の悪癖だと気づかないまま、俺は頭を抱えていた。
気分転換に、試験の様子を見に行こう。 俺は部屋を出て、大広間の片隅にある「衛生・医療」部門のエリアへと足を向けた。
そこで、聞き覚えのある声がした。
「だーかーら! ここ! ここも汚れてる! 黒いモヤモヤが見えないの!?」
「お、おい、なんだこの女は……」
試験官を相手に、茶髪の若い女が捲し立てている。 身なりは質素だが、その瞳は勝ち気で、何より声がでかい。
「……ミカか?」
俺が声をかけると、彼女はパッと振り返った。
「えっ? ……うわぁ! ルイ!? ルイじゃない!」
ミカは満面の笑みを浮かべ、泥だらけのブーツのまま大理石の床を駆けてきた。 あろうことか、領主である俺に抱きつこうと手を広げる。
「懐かしい〜! 元気だった!? 王都の学校以来だよね!」
「……気安く触るな」
俺は半歩下がって、彼女のタックルを躱した。
「えっ……?」
ミカが空を切り、キョトンとした顔をする。
ミカ・エルウッド。平民出身のヒーラー。 俺が王都の魔術学校に通っていた頃の同級生だ。 当時の俺は「無能な第三王子」として兄たちに虐められ、いつも泣いていた。そんな俺を、唯一庇ってくれていたのが彼女だ。
だが、それは「前世の記憶」が戻る前の話だ。 今の俺は、あの頃の泣き虫ではない。
「ルイ……? なんか、雰囲気変わった?」
ミカは首を傾げ、俺の顔を覗き込んだ。 俺は彼女を無視し、手元の資料を見た。
【保有スキル:聖視眼(細菌視認)】
……やはりか。 彼女はただの潔癖症ではない。病原菌を「視覚情報」として捉える希少スキル持ちだ。 この世界に「細菌」の概念を説明するのは骨が折れるが、彼女にならその必要がない。
「ミカ。お前を『衛生管理官』として採用する」 「えっ、ほんと!? やった!」 「給金は相場の3倍出す。その代わり、お前に見えている『黒いモヤ』を、この街から徹底的に消毒しろ。……私語は以上だ」
俺は踵を返した。 背後で、ミカの少し寂しげな声が聞こえた。
「……そっか。ルイ、凄い人になったんだね。……なんか、遠くなっちゃったな」
俺は立ち止まらず、その言葉を聞き流した。 昔の情など、統治には不要なノイズだ。
——そう、自分に言い聞かせる必要がある程度には。
◇
休憩室に戻ると、マティアスが紅茶を淹れて待っていた。
「一次選考、順調に進んでおります」 「ああ、ご苦労」
俺はソファに沈み込んだ。 マティアスが、ふと遠い目をして口を開いた。
「……先ほどの女性、元気な方でしたな」 「ミカのことか? ああ、騒がしい奴だ」 「……亡き妻に、少し似ておりまして」
マティアスが窓の外を見る。
「私の妻は、2年前の流行り病で亡くなりました。……あの時、王都からの支援金が止まり、私の給金も半年間未払いでした。薬さえ買えれば、助かった命だったのですが」
彼は静かに、しかし重い口調で語った。
「もっと早く、この街にまともな衛生管理と、正しい財政があれば……」
執事として完璧な彼の、人間らしい後悔。 同情すべき話だ。 だが――俺の脳裏に、数日前の記憶が過ぎった。
スラムで出会った少女、ラナ。 あの時、俺は彼女の涙に心を揺さぶられ、感情で判断を誤りかけた。 「特別扱い」をして、システムを壊しかけたのだ。
(……同じ過ちは犯さない)
王はシステムそのものでなければならない。 個人の感情に寄り添えば、全体の最適化が歪む。 だから俺は、あえて心を凍らせた。
それは残念だったな。
——もし俺が、もう少し早くここに来ていれば、という仮定は、頭の奥で即座に切り捨てた。
俺は淡々と、事務的に答えた。
「だが、過去を嘆いても生産性はない。……衛生管理の不備による人的資源の損失。それが君の妻の死因だ。同じ損失を出さないよう、今後のシステムを構築すればいい」
一瞬。 マティアスの眉がピクリと動き、後ろに組んだ手が強く握りしめられるのを、俺は見逃さなかった。
「……おっしゃる通りでございます、殿下」
彼は深く頭を下げた。 その声には、俺への忠誠と、そして隠しきれない「反感」が混じっていた。
(それでいい)
俺は紅茶を啜った。 俺は優しい王になどならなくていい。 結果を出す「機能」として君臨すればいいのだ。
その時。
「おいコラ! 離せ! 俺の話を聞けってんだよ!」
大広間の入り口から、野太い怒鳴り声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
俺とマティアスは顔を見合わせた。 行ってみると、試験官に取り押さえられている大男の姿があった。
ボロボロの作業着。泥だらけの顔。 だが、その手には俺が苦戦していた「都市計画図」の写しが握りしめられている。
「……面白そうなのが来たな」
俺は口元を歪めた。 異端の天才たちとの出会いは、もう目の前だった。
お読みいただきありがとうございます!
格式高い大広間に、泥だらけの志願者たち。 身分不問の試験が始まりました。
幼馴染ミカとの再会。 普通なら感動の場面ですが、ルイは「能力」だけを見て即採用。 そしてマティアスの重い過去に対しても、あくまで「損害」として処理するドライさ。
数日前の「ラナの件」で感情に流されそうになった自分を戒め、あえて心を鬼にしているルイ。 しかし、その「正しさ」がマティアスの心に小さな影を落としたのも事実です。 この歪みが、どうなるか……。
さて、次回はいよいよ「異端の天才たち」が登場します! 揉めている大男ヴェスタ、そして……?
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▼次回予告 第11話-2『異端の天才たち』 「文字は書けねぇが、図面なら引ける」 土木作業員ヴェスタが描いた、常識破りの都市計画とは? そして、経済部門に現れた謎のエルフ美少女(?)。 天才たちが、ルイの脳髄を刺激する!
次回も【明日18時】に更新します!
【この世界の豆知識】
■スキル「聖視眼(細菌視認)」 この世界には「菌」や「ウイルス」の概念がなく、病気は「悪霊や呪い」と信じられています。 しかし、ごく稀にミカのように、病原菌を「黒いモヤ」として視認できるスキル持ちが存在します。 彼らがいる地域や組織では、経験則として「消毒・洗浄」が徹底されるため、平均寿命が他よりも長い傾向にあります。




