聖女と魔王のレストラン
「おかしいだろ。なぜ魔族の長たる余がレストランなどやらねばならないのだ」
控え室でふてぶてしくそう言い放つのは、全ての魔物を統べる存在である魔王だ。
現在の魔王は白いシャツと黒いベスト、黒いズボンを履き、腰には黒いエプロンを巻いている。
腰まで伸びた自慢のストレートの黒髪は給仕の邪魔にならないように一つにまとめていて、人間とは異なる尖った耳と角が殊更に目立っていた。
見るものを射すくめる赤い瞳は不機嫌そうに細められている。
「まあまあ。これも人類と魔族との平和の証ですから。そう怒らずにやりましょうよ」
そう明るく言い放つのは、白銀の髪と神秘的な紫色の瞳を持つ少女ーー人類救済の役目を担っている聖女だ。
常日頃身に纏っている白金のローブを脱ぎ捨てた彼女は、やはり動きやすい給仕用のワンピースを身にまとい、ゆるいウェーブのかかった髪をポニーテールにしている。
「和平を結んだのなら、他にやるべきことはごまんとあろう。レストランをやる意味がわからない」
「お互いの種族への友好を深めるのですよ。こうして両種族の頂点に立つ私たちが率先して人々の前に姿を表し、愛想を振りまけば、今までのマイナスのイメージを払拭して明るい未来が築けるというものです。……それに」
「それに?」
「わたくし、実は……一度、こうやって普通のお仕事をしてみたかったんです。ずっとお祈りか、戦いしかしたことなかったので」
「それが本音か」
美貌の魔王にジト目で見つめられても、聖女の心はビクとも動かない。
なおこの二人は一週間前に魔王の居城である死の大地で激しい戦いを繰り広げ、戦闘の余波で魔王城を跡形もなく吹き飛ばしていた。
城を消された魔王は大層ご立腹の様子だ。
「レストランを建てる前に余の居城を立て直したかった」
「それはご自身の部下にお願いしてください。このレストランは主に人類側が建てたものですので」
「まさか両国のちょうど境目に建てるとは……気づいた時には建築が進んでいて驚いたぞ。普通に領土侵犯では?」
「ですが、魔族側の宰相さんの許可は頂いていますよ」
「何!?」
「ちなみに宰相さんは現在、厨房にて料理の総監督と指示をされています」
そこで魔王は立ち上がり、つかつかと控室を出た。
たしかに店の厨房には、魔王の右腕にして宰相がどうどうと料理人たちの管理監督をしていた。
「そこ、手際がいまいちだ。そんなことではこれから殺到する魔人両族を満足させる料理など作れないぞ。……やや、これは魔王様。気付くのが遅れて申し訳ありません」
跪く宰相に、魔王は呆然と声を掛ける。
「お前……お前は、最終決戦で確かに死んだはず!」
「こちらにいる聖女の力にて見事復活を果たすことができました」
「何!?」
魔王は聖女を振り向いた。
ありふれた給仕服を身に纏った聖女は、その名にふさわしい慈悲深い微笑みを浮かべる。
「和平条約を結んだ我らに余計なわだかまりは不要と判断し、冥界よりその魂を蘇らせました。わたくしとて、無用な殺生を好んでいるわけではありませんから」
「聖女……躊躇なく余の右腕を消し去っておきながら、よくもそんなことが言えるな」
「これから先の世界に必要なのはラブ&ピースですよ」
「蘇ってからすぐ、魔族と人類の間で和平条約を結んだと伺いました。それが魔王様の望みなら、私は従うまで……速やかに聖女が要求した、人間の国と魔族の国にまたがるレストランの建設を承認いたしました」
「承認する前に余に一言、相談して欲しかった。というより、蘇ったならもっと早くに報告に来んか。お前を失い余がどれほど落胆したと思っている」
「聖女に秒殺された不祥の我が身を労ってくれるとは、さすが魔王様は寛大なお心の持ち主……! ますますもって魔王様のお力となるべく、レストラン経営に力を入れる所存!」
「いや、違うだろうそこは」
感極まった様子の宰相は魔王のつっこみなど聞いてはいなかった。
「さて、これで準備は整いましたね」
「整っているのか?」
「はい。あとはオープンを待つだけです。店の外には既に長蛇の列が……あと10秒でオープンですね」
「10秒!?」
「9、8、7……1、0。はい、オープンです! 魔王さん、お客さまの出迎えをしますよ!」
「待て、聖女!」
「いらっしゃいませ。人魔和平レストランへようこそ」
「そのまんまの名前のレストランだな」
「魔王様、お客さまへご挨拶ですよ」
聖女は魔王の脇をつついたが、魔王は片眉を撥ね上げた。
「余に、人間にお辞儀をして媚びへつらえと言うのか……? そんなことは死んでもごめんだ」
「もうー、それじゃ接客になりませんよ」
「そもそも接客をすると言った覚えはない」
「その割にきちんと給仕服着てますね?」
「着ないと消滅魔法をかけると言って脅したのはお前だろうが」
接客そっちのけで言い争う聖女と魔王。
その様子を見た人々ー人間も魔族もだーは囁き合う。
「聖女様、生で見たの初めてだ……」
「神々しく美しくも可愛らしい……」
「……あんな年端もいかない少女が人類を救ったのか……」
「あれが魔王……?」
「予想していたのと違うな……」
「……ていうかかっこいい……」
「見た目も声も良い……よすぎる……」
ざわめく店内。聖女と魔王は全く仕事をしないで出入り口付近で舌戦を繰り広げているため、客を案内しているのは人間と魔族の他のスタッフたちだ。
人間族と魔族、両国の宰相により教育された給仕係たちの動きは完璧で全く無駄がない。
「……とにかく、余は絶対に頭を下げたりなどせぬ」
「もうーっ。じゃあ、料理を運ぶくらいはして下さいよ。でないと……どうなっても知りませんよ?」
聖女の右手がバチバチと光を放った。
宰相を0.1秒で消し飛ばし、魔王城を跡形もなく吹き飛ばした極大消滅呪文である。
いまここで魔法を放たれては、自分の力を持ってしても壊滅的な被害は免れない。
魔王の額を汗が伝う。
「……っ。わかった。料理を運ぶくらいのことはしてやろう。だが、それだけだからな」
「はい。とりあえずそれで十分です。では張り切って働きましょう!」
「なんなんだこの女は……」
とんでもない地雷女である。
*
人魔和平レストランの客足は極めて順調だ。
魔王が横柄な態度で接客しても、客は喜ぶばかりだった。
魔族は間近で魔王を拝めることに感激していたし、人間族は声も顔もすさまじいまでにイケメンの魔王に骨抜きにされていた。
やたらにフレンドリーな聖女も好評を博していた。
魔族は聖女を見て「おぉぉ……なんと美しい……魂が浄化される……!」と言って昇天しかけているやつがいたし、人間族は「生聖女様万歳!」と言って拝んでいた。
恐ろしいほどに順調である。
「人間というのは、案外単純なのだな」
「魔王さんイケメンですからね。噂だと身長五十メートルを超える全身毛むくじゃらの大男で、人の言葉が通じず、寝所に人骨を積み上げてその上で寝る世にも恐ろしい化け物だという話だったので、わたくしも魔王さんを実際に目にして驚きました」
「そんなすさまじい噂が立っている余の下に、よくぞ単身で戦いを挑みに来たものだ。百年ほど前に余のところにきた者どもは、四人組だったぞ」
「魔王さんの噂の一人歩きがすごすぎて、パーティー組んでくださる方がいなかったんです。あと、正直、私の実力に見合う仲間が見つからなかったので……」
「確かにお前の力、すごかったからな」
ばったばったと強力な魔王の配下をなぎ倒し、魔王城の最奥に座す魔王のところまで疲れ一つ見せずにやって来て戦いを挑むアグレッシブ聖女に、さしもの魔王も驚きを隠せなかった。
「でもわたくし、消し去られた宰相さんのために怒り、涙を流す魔王さんを見て思ったんです。魔族も誰かのために悲しめる、人間と同じような心を持っている。なら、わたくしたち、分かり合えるんじゃないか……って。だから和平を提案したんです」
聖女はもじもじしながらそう言った。
銀色の髪をいじり、紫色の瞳をうるませながらそう言う聖女は端的に言ってかわいらしかった。
「……もしやお前、人間族の誤解を解くためにこうして余をレストランに引っ張り出してきたのか……?」
ハッとした魔王が聖女に問いかける。
にこり。
聖女は聖女らしい、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「人は愚かで、間違いやすい生き物……ですが、間違いを正すこともまた、可能なのです」
「なるほど……であれば魔族もまた、間違いを正せるということか。うむ、面白い。聖女よ、これからもよろしく頼む」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、魔王さん」
ふたりは固く握手をかわした。
「こうして握手するのは二度目だな」
「ええ。最初は泥だらけの血まみれでしたね」
見つめ合い、クスリと笑い合う。
確かに二人の間には、憎しみではない感情が芽生えた気がした。
聖女と魔王のレストランは長年評判となり、客足の絶えることのない人気店となった。
そして二人によく似た子供がやがて店をちょろちょろするようになるのだが、それはもう少し先の話である。
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