表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無名呪楔  作者: 杏樹
2/3

プロローグ2

酒の力で全てを忘れたい。

なんて望んだように二日酔いになる事はなかったが、泣きすぎたせいで頭が痛く、体中の水分も少なくなってしまったようで喉が異様に乾く。

寝起きはほどほどに最悪だった。

昨夜飲んだ梅酒がテーブルに出しっぱなしで、片付ける気分にもならないがのろのろと動きながら流し台へ移動させる。

忘れたい記憶もすべて覚えているし心は鉛を飲み込んだように重く、鬱々としていた。

昨夜はいつもに増して、いや今までの鬱憤が溜まりにたまり兼ねた所為なのかいつにない醜態だった。

羞恥心にさらに心を抉られた気分で白湯を飲みながらジト目で窓を見れば雪がチラついていた。

今週は異常な寒波が襲来するという事でこの地域でも雪が降る予報だった。

大人になってからはあまり見る機会が無くなったというのに雪に心が躍ることがない。

今はつらさだけが心にしみてじくじくと倦んでいる。

だがそれでも残っている理性が昨夜の記憶を思い出し顔色を悪くさせた。

自分はむしゃくしゃして感情のまま喋っていたが、壁越しとはいえ隣人に醜態をさらしてしまった。

最悪だった。


1年前、隣の空き部屋に引っ越してきた隣人とは会ったことがなかった。というか見かけたことすらなかった。

本当に住んでいるのか不思議なほど人の気配がしない。

おかげで隣人トラブルとは無縁で今までと同じように過ごしていたが、昨夜は違った。

確かに人がいたのだ。

うんうん悩み、手土産をもって謝罪に行くべきかと結論を出して、買い物に行く為、重い腰を上げて立ち上がった時、インターホンがなった。

テレビドアホンを覗けば容姿端麗な青年がいてぎょっとする。

何故か、その青年はまだ返事もしていないのにこちらの視線に気が付いたように、うつむいていた顔を上げて「隣人の永江です」と名乗った。

たしかに隣の表札は永江である。

恐る恐る扉を開ければ青年は軽く会釈をして「隣人の永江当夜です」と改めて名乗った。

「あ、角坂満です。昨夜はお騒がせして申し訳ありませんでした。ご迷惑をおかけしてしまい…」

「いえ、気にしていません。そろそろかと思いましたので」

「え?そろそろ?」

「君の魂が疲弊しているので、我慢の限界が近いのだと思っていました」

「……」

「こいつはやばい人かもしれない、そう考えてますか?」

「私、宗教の勧誘とかはちょっと」

隣人、永江当夜は微かにくすりと笑った。

容姿端麗な青年がやると何でも様になるの癪で、苦々しい気分になる。

「少し話せませんか?心配なら外のカフェでもいいので」

「はあ、」

「警戒されるのは当然だと思いますが、困っているのでしょう?」

「昨日の話は、その呪いの話は言葉遊びとか、そういうのでしょう?」

「まさか、本当ですよ」

永江当夜は角坂満の心臓あたりを見て目を細めた。

「君に深く絡みついて根を張っているこの呪いの根源は相当執念深い」

「根源…」

「よほど君が誰かと幸せになるのが許せないらしい」

顔が引きつる角坂満に永江当夜はどうします?と首を傾げた。

チェーンロックを外し、隣人を招き入れた。

永江当夜は女性の一人暮らしの部屋にも興味を示すことはなく、淡々と言われた場所に座った。

紅茶を入れて差し出せば、目礼をして口を付けた。

角坂満も紅茶を飲みながらどう切り出せばいいのかと迷っていると永江当夜がコップを置き話し出した。

「昨夜話したことを覚えていますか」

「はい、呪いっていうのはえーと、本当に?」

明らかに怪しいという雰囲気を隠さず、顔をしかめれば永江当夜は頷いた。

「まずはこれを」

差し出されたのは名刺だった。

名刺には永江当夜の名前とメールアドレスとQRコードだけが印刷されたシンプルな物だったが、紙の光沢はよく程よく厚く、高級感がある。

上質な紙を使用しているのが一目でわかった。

「職業は一応コンサルタント、をしています。内容としては官民問わず企業や経営者、個人などを相手にした占い師、霊媒師のようなものですね。古風に言えば陰陽師、とも名乗ることがあります」

ぽかんとする角坂満に永江当夜はとくに何か反応することもなく説明した。

「普段は別の場所にいる事が多いんですが、ここは拠点の一つで、昨日は心身ともに休ませる為、こちらに来ていたんです」

「そうなんですか、なんかすいません」

「お気になさらず、ここを拠点にしたのは君が隣に住んでいるからという事が大きいんです」

ぎょっとする角坂満に永江当夜は肩をすくめた。

「言っただろう?君の前世はとても強い力を持った術者だったと、その魂が持つエネルギーはそのまま君の性質に引き継がれているようだ。君はいるだけで周りに幸運を運ぶ。たとえば君が飯を食べに寄った閑古鳥が鳴く飲食店は、君が入った途端客が続々と入り満席になったりするだろう?」

思い当たる節があるので角坂満は口をつぐむ。

「君がアクセサリーや服を見ていれば、客はその店に引き寄せられるし、君が欲しいと思うものは飛ぶように売れたりする」

「私には恩恵が全くないじゃないですか」

「現状はそうだ。ただ本来であれば、その恩恵は君にもあった。幸福に包まれて今頃愛した相手と幸せな家庭を形成していた筈、だった。おそらく何度もその分岐点があっただろう。だが君の呪いがそれを阻害している」

憤懣遣る方無いという表情の角坂満に永江当夜は少し考えるそぶりをした。

「君が家族や血縁に縁が薄くなってしまったのも、好きになった相手が離れていくのも、問題の本質は君じゃない。君が孤独であるように、君が不幸を感じるように、決して愛し愛されないように呪った者がいる」

淡々と熱を感じさせない口調に、角坂満は初めて背筋が凍った気がした。

「私が何をしたというの」

「さて、そこまでは」

呆然としたつぶやきに永江当夜は少し視線をずらして窓の外を見た。

「ただ、その呪いは強いけれど君の魂ほどではない。君は一般人だが常人とは魂の質が違う。常人であれば、当の昔に病んで病院から出ることもかなわなかっただろうが、君はぴんぴんしている。魂も今は疲弊はしているが、それは君の心が弱っているからであっておそらく一年ほどかけて回復するだろう」

暗に図太いと言われているようで複雑な気分になりながらも、今までの経験上、角坂満は否定することなく曖昧に頷いた。

「君がその呪いから解放される方法としては二つある。一つは呪いの根源を殺す事。もう一つは君が術者としての力を覚醒させて自分で解呪する事」

「こ、殺す?」

「呪いは根源、つまり元となっている者がいるから成り立っている。今回の場合は呪具ではなさそうだし、なら元となっている者を殺せば呪いは断たれるという事だよ」

「誰かを殺したら私、犯罪者になるじゃないですか!いやですよそんなの!それに、」

「それにそもそもその呪いは君の前世で掛けられたもので呪っている相手が分からない、だね。その通りだ。だからこの方法は建設的ではない」

「じゃあ私が自分で呪いを解くしかないってことですか?」

「そう」

「永江さんではなんとかできないんですか?」

「当夜でいいよ」

「…当夜、さん」

「うん。私もそう思った。ただ、仕事となると私は料金をもらうことになる。これでも私はその筋では有名なので、かなり高い値段の設定になってしまう。とくに君の解呪はかなり大変だろうからね。たぶん私が本気を出して成功率は八割二分というところかな」

「高額、八割二分?」

「君、何千万と出せないだろう?」

「ありませんよそんなお金!」

「まあそうだろうな」

別の恐怖で震える角坂満に永江当夜は然もありなんと頷く。

「だから君が自分で解呪できるようになればいいのさ」

「わたし呪いとか正直分からないんですが、霊感とかもないですし」

「素質は充分あるから、あとは経験だけだよ。経験を積めば君は本能で理解できる。それが努力ではどうにもできない天性の素質というものだ。君にはそれがある」

夜の闇のような瞳に真直ぐに見つめられ、深淵を覗き込んだ気分に陥りぶるりと肩を震わせる。

「君に伝えたかったことはこれだけだ。あとは君が考えて決断するといい」

立ち上がった永江当夜はそう言うと玄関の方へ向かう。

「もし呪いを何とかしたいと本当に思うなら、名刺のアドレスに連絡くれる?では、お茶ご馳走様」

角坂満はその背中を言葉もなく見送った。


永江当夜ながえ とうや

角坂満の隣の部屋に引っ越してきた謎多き隣人。本当に住んでいるのか疑問に思うほど人の気配がなかったが実在した。容姿端麗な男性で職業はコンサルタント。陰陽師としての能力は一流。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ