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強制お見合い

作者: 雉白書屋

 おれは典型的な独身主義者である。とはいえ、そこに至るまでは紆余曲折があった。いや、正確には「曲げられた」と言うべきかもしれない。昔から女性と縁がなかった。顔も良くないし、頭も良くない。性格も暗いときている。皆の嘲笑の対象であり、勝つ側の人間を遠くから眺めることしかできない敗者。脇役どころか端役にもならない。もし必死に努力して、奇跡的に結婚できたとしても、相手は自分を女装させたような女だろう。それなら、いっそ独りでいるほうがマシだ。

 と、他にもまだまだ独身でいる理由は並べられるが、虚しくなるのでこれくらいにしておく。

 もっとも、こうした話を聞いた人は、きっと『傷つくのが怖いだけだ』『達観したふりをしているだけ』と思うだろう。だが、これはブドウの木に唾を吐く狐なんかではない。おれのように生涯独身を選んだ男たちの多くも、同じような考えを抱いているはずだ。

 そう、これは決して強がりなんかじゃない。むしろ、清々した気分だ。確かに、三十代前半までは焦燥感に苛まれていた。しかし、四十歳が近づくにつれて、自然と諦めがついたのだ。それなのにまったく……。


「ここか、お見合い会場ってのは……」


 ある日、政府から一通の封筒が届いた。中身は『お見合いの通知書』。地図を頼りにたどり着いたのは、巨大な倉庫のような建物。これが『お見合い会場』らしい。

 最近、政府は少子化対策として新しい法律を施行した。それにより、三十歳以上の独身者は強制的にお見合いさせられることになったのだ。

 婚姻率が下がり少子化の一途をたどる原因は『お見合い文化の消滅』だと、お偉いさん方は判断したらしい。だからこんな施設を建てたというわけだ。

 だが、こんなやり方で本当に婚姻率が上がるのか甚だ疑問だ。結婚は本人同士の意志が大事だろう。

 まあ、政府にとっては中抜きさえできれば満足なのかもしれない。まったく、おれはやっぱり敗者側だ。


 ため息をつきながら会場に入ると、予想外の光景に少し驚いた。室内は想像以上に広く、そして無機質だった。花の一つもない。打ちっぱなしのコンクリートの壁と床。その中には、さらに白い壁にドアがいくつかついた建造物がある。巨大迷路だろうか? ああ、脱出ゲームに違いない。おそらく、この中を巡るうちに自然と会話が生まれ、相手と距離が縮まることを狙った仕掛けなのだろう。


「では、荷物をお預かりします。あちらのドアを開けて中に入ってください」


「あ、はい……え、こ、こんにちは……」


「……こんにちは」


 職員の指示でドアを開けると、中には驚くほど美しい女性がいて思わず声が上ずった。彼女がおれのお見合い相手なのだろうか? だとしたら……まあ、おお、うん、悪くない。まあ、性格の相性が合うか次第だが、結婚も――


「では、こちらの女性と結婚しますか?」


「えっ?」


 いきなりの質問に面食らった。室内には彼女の他に職員がいたのだ。しかし、いきなり「結婚しますか?」とはどういう質問だ。まだお互いの名前すら知らないんだぞ。まったく、お役所仕事も甚だしい。


「あの、まずは自己紹介とか……」


 おれが言うと、職員は女性のほうを向いた。


「あなたはこちらの男性と結婚しますか?」


「嫌!」


「残念でした。では、あなたは右のドアから次の部屋に進んでください」


「は!? ちょ、ちょっと、どういうことですか!?」


「どういうことも何も、婚姻不成立ですので、さあ、次の部屋に進んでください」


 いや、確かに彼女がおれに好意を抱いていないことは部屋に入った瞬間にわかった。女性にあんな顔をされたのは、一度や二度ではない。あの毛虫を見るような嫌悪の表情を。


「でも、ちょっと話せば……」


「ちょっと話せば、なんですか? あちらの女性があなたに好感を抱くとでも?」


「それは……でも、お見合いって、もう少し会話を重ねるものじゃないんですか?」


「第一印象は三秒で決まると言われているんですよ。彼女はあなたを見て即座に拒絶したんです。これ以上の時間は無駄でしかないでしょう」


「で、でも……」


 おれが食い下がると、職員はわざとらしくため息をついた。


「婚姻率が下がっている原因は、みんなが結婚についてあれこれ考えすぎるからです。生活は安定するか、相手の欠点が見えてくるのでは、浮気されるかもしれない、子育てはどうしよう。あなたもそんな心配をしてきたんでしょう?」


「それは、まあ……」


「ここでは即断即決。自分の直感を信じて決めてもらいます。この男性と絶対結婚したくないんですよね?」


「絶対嫌! 死んでも無理!」


「ほらね」


「とても傷つくんですけど」


「さあ、無理だとわかったら次の部屋に進んでください。男性が移動する決まりですから」


「は、はあ……」


 おれは言われたとおり、ドアを開けた。次の部屋も同じような作りだった。六角形の部屋にいくつかのドア。天井はなく、女性と職員が待機している。

 少しシステムがわかってきた。どうやら、この建物全体が蜂の巣のような形状をしていて、各部屋で男性と女性が結婚するかその場で決めさせられる仕組みらしい。

 かなり強引に思えるが、ここに集められたのはおれと同じような『結婚を諦めた人間』ばかりなのだろう。これくらいの強制力が必要だと考えたのかもしれない。とりあえず結婚させて、うまくいけば御の字、失敗しても離婚するだけだ。この制度をやらないよりはやったほうが確実に婚姻率および出生率は上がるだろう。政府にしては思い切った考えだ。正直舐めていた。あるいは、この国はそれほどまでに追い込まれた状況にあるということなのだろうか。

 扱いに文句を言いたいところだが、『そんなに嫌なら若いうちに自由恋愛して、結婚すればよかったじゃないか』と返されればぐうの音も出ない。


「あの、こんにちは。あたし、山田凛と申します」


「あ、あ、これはどうも……僕は――」


「では、こちらの女性と結婚しますか?」


「だから早いですってば。今、ちょっといい雰囲気だったでしょう? もう少し会話させてくださいよ。あの、お見合いが強制されるなんて、なんだか不思議な感じですね、ははは」


「あなたはこちらの男性と結婚しますか」


「無理です」


「え!?」


「では、次の部屋に行ってください」


「あの、もう少し考えても……」


「駄目です。あなたはもう断られたのです。さあ、あっちの部屋に進んでください。全体の流れが悪くなります。さあ早く!」

「ゲットアウト!」


「なんなんだよ……」


 おれは職員が指さしたドアを開け、次の部屋に入った。


「無理」


「え!」


「では、あなたはあのドアから次の部屋に行ってください」


「いやいや、はあ!? まだ挨拶すらしてないじゃないですか!」


「ええ、そうですね。ですが、挨拶したらこの状況を覆せると思いますか?」


「それは……」


「無理」


「わかったよ!」


 おれは職員が指さしたドアを開けた。


「チェンジ」


「ちょ」


「あのドアから次の部屋に行ってください」


「だから早いですってば! こっちの意思も確認してくださいよ!」


「必要でしょうか? 結婚は双方の合意がなければできないでしょう?」


「それはそうですけど……」


「互いが結婚に合意した場合、この場で結婚届を書いて提出してもらうことになっています。さあ、わかったら早く次の部屋に行ってください」


「はあ……」


 次の部屋も、さらにその次の部屋も、光景はほとんど同じだった。結婚は人生の墓場だと言うが、彼女たちは処刑人なのだろうか。冷たい視線と言葉を浴びせられ、次々と部屋を移動する。拒絶の言葉を聞くたびに、心が削られていく感覚があった。延々と回り続ける水槽の魚のように、おれは流されるまま部屋を渡り歩き、また拒絶された。

 もう限界だった。おれは職員に「帰らせてほしい」と訴えた。しかし、駄目だった。せめてトイレに行かせてほしいと懇願すると、職員はインカムで指示を飛ばし、数十秒後にドローンが上から簡易トイレを運んできた。相手の女は「ここでするの? 最低……」と呟き、すでに汚物を見るような顔をした。おれはそのトイレを使わず、次の部屋に進んだ。おそらく、食事もあのようにして届けられるのだろう。早くこの苦行を終わらせたかった。


「無理」

「できません」

「嫌です」

「ないない」

「ははっ」

「ごめんなさい」

「失せろ」


 拒絶の言葉は、もはや耳にタコができるほど聞いた。その中には、こちらから断りたくなるような女もいた。そんなときは先手を取ってこちらから「結婚しません」と言うことにした。すると、相手の顔が怒りで染まるのだ。それを見ると、ほんの少しだけ溜飲が下がった。きっと、おれを拒絶した女たちのうちの何人かも、同じようにして精神のバランスを取っているのだろう。おれたちはナイフで切りつけ合いながら、自分の心を守っている。

 部屋を移るたび、疲労と虚しさが増していく。『結婚するか否か』。おれはこの質問が次第に『結婚か死か』に思えてきた。

 数時間が過ぎ、おれはもう何部屋通り、何人の女と会ったのか覚えていない。同じ女と会わないシステムのようだが、しかし、ここにはいったい何人の女がいるのだろう。おれはあと何回この拒絶を味わえばいいのだろうか。

 ついには顔を上げることさえ億劫になった。すると職員がおれの頬を無理やり掴み、目の前の女に向かせた。まるで家畜の品定めだ。


「こちらの男性と結婚しますか?」職員が相手に訊ねた。どうでもいい。おれは目を閉じて、歩きながら寝る方法を模索していた。


「はい」


「……え? えっ? ん、え!?」


 まさかの答えに驚き、おれは目を見開いた。だが、次の瞬間、目に飛び込んできた光景はその驚きをはるかに超えるものだった。


「あなたはどうしますか? こちらの男性と結婚しますか?」


 目の前に立っていたのは、男だったのだ。おれは目を疑い、職員に確認した。


「あの、彼って男ですよね?」


「ええ、今そう言いましたが」


「いや、だから無理でしょ……」


「じゃあ、結婚しないということですね?」


 当然そのつもりだった。だが、口を開いた瞬間、出てきたのは自虐だった。


「おれは昔から要領が悪くて、口下手で、不用意な発言で人を傷つけたり、怒らせたりすることもあって……」


 自分でも何が言いたいのかわからなくなった。そして、涙が出てきた。こんな自分が恥ずかしくて仕方がなかった。それに、『結婚します』と言われたことが、信じられないほど嬉しかったのだ。ああ、嬉しかったのだ。


「それで、どうしますか? 結婚しますか?」


 再び問われ、おれはもう一度相手の男の顔を見つめた。少しハーフっぽい顔つきで、おれより年下に見える。彼は祈るような目でおれを見ていた。まるで子犬のような表情だった。おれは答えた。


「……はい」


「おめでとうございます!」


 職員に笑顔で祝福され、おれは心底ほっとした。ああ、これが既婚者の心境というものなのか。スタンプラリーの用紙に判子を押してもらったような気分だ。

 だが、ふと冷静になると疑問が湧いてきた。


「あの、男と結婚ってどういうことですか? おれは至ってノーマルというか、まあ、相手の方もそうでしょうけど……そもそも、同性婚は認められてませんよね? あ、ま、まさか性別を変えろとか言うんじゃ……」


 おれが訊ねると、職員は首を横に振った。


「いえ、最近同性婚は認められましたよ。これは多様性を尊重する政策の一環です」


「あ、そうなんですか……知らなかった……仕事が忙しくてニュースはあまり見ないもので……」


 まさか、同性婚とは……。この国は多様性を重んじていると、海外にアピールするためか。


「離婚するのは自由です。ただしその場合、独身税が課されるのは変わりませんので」


 そうだ。政府は新たに独身税を導入することにした。そして、独身者への締め付けはどんどん厳しくなると噂だ。おれがこのお見合いに参加したのも、来なければ罰金が科せられるからだった。

 しかし、これは新たな奴隷制度なのではないか……。


「ちなみに、僕はゲイで収入はかなりあります」


 相手の男がおれの肩に手を置き、ニッと笑った。

 おれにはその手を振り払う気力はなかった。もう一人で生きるのは疲れたのだ。ああ、疲れたのだ……。

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