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【ドラマパート】月まで届け、塩化水素の煙-2

というわけで本日の更新です。幼女の身ではどうあがいても兵器開発に携われなさそうな英梨子。そんな彼女に、鷹司はある提案をします。果たして、彼の考えはどのようなものだったのでしょうか。

 しばらくたった後、大迫尚道は造兵司──後の東京砲兵工廠──に出向いていた。砲兵として、大砲とロケット砲の技術的な有利不利を知っておきたいと士官学校の教官に希望を出し、当時造兵司に技官として出仕していた有坂成章を紹介してもらったのである。


「運用面については、大迫殿のほうがよく勉強しているでしょうから、技官として技術的な面でのお話をさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 有坂は控えめな性格なのか、それとも軍属ではあっても軍人ではないからなのか、年下の大迫に丁寧な言葉づかいで説明を始めた。


「ご存じの通り、80年くらい前にインドにあったマイソールが、イギリスとの戦争中にロケット砲を使用し、一定の戦果を挙げました。発射時の衝撃が弱いことから榴弾や焼夷弾が使用でき、曲射が可能だったので当時としては長射程でした。一方、当時の野砲は滑腔砲で、命中精度が極めて悪く、曲射もほとんど考慮されていなかったので、射程も非常に短いものでしたし、弾体の強度が足りなかったので榴弾が使えませんでした」

「戦列歩兵と同じ位置で野砲が撃ち合っていた時代ですからね」


 この時代の大砲は遠距離の敵歩兵を砲丸でなぎ倒したり、近距離の敵歩兵を散弾で消し飛ばしたりするのが役目で、ロケット砲とは根本的に役割が異なっていたのである。


「しかし、時代が下るにつれて野戦砲の射程は伸び、滑腔砲から施条砲に改良されて命中精度と砲弾重量が段違いに向上しました。砲弾の製造技術も進歩して大砲からも榴弾が撃てるようになり、ロケット砲の優位点は発射機の構造が簡素で軽量なところぐらいになってしまっています」

「その利点も、砲弾に比べてロケット弾のほうがかさばる欠点に相殺されてしまう……というのが今の通説なんですね」


 二次大戦から先の時代を知っている者には考え難いことであるが、この時期は大砲側の進歩が著しく、ロケット砲は陳腐化した兵器だと考えられていたのだ。


「それを承知の上で、大迫殿はロケット砲にも使い道はあるとお考えであるとか。やはり運用側からすると、短時間なら多数の榴弾を敵軍に叩き込める制圧力が魅力的ということでしょうか」

「確かに、ロケット砲の瞬間火力と制圧力は、歩兵の突撃を援護する局面で絶大な威力を発揮すると考えています。しかし、今まで挙げていただいたロケット砲の欠点を甘受したうえで、というわけではありません」

「ほう?」


 有坂が興味深そうに目を細める。


「まずはこちらの資料をご覧ください。我々はロケット砲専用の新型の火薬を開発し、射程を従来の黒色火薬ロケットより2倍以上引き上げることに成功しました」

「新型の火薬だって? ……過塩素酸カリウムと閃光粉をゴムで固めているんですか。黒色火薬と使っている材料はまるで違いますが、原理的にはほぼ同じと考えていいですか?」

「その理解であっています。酸素の供給源である硝酸カリウムを過塩素酸カリウムに、可燃物である木炭をゴムと閃光粉に置き換えました。こちらに、ロケットと火薬の実物を用意してあります」


 黒色火薬を使った固体ロケットエンジン(モーター)は、現代でも低出力の模型(モデル)ロケット用に製造されている。しかし、その比推力は100秒にも届かないといわれ、現代的なコンポジット推進薬のそれよりはるかに低い。この比推力の差が、射程の差として、模型レベルの試験でも現れたのだ。


「ふーむ……ゴムで固められているから黒色火薬のようにボロボロ崩れませんし、柔軟ですから取り扱いも楽そうですね……材料も飛びぬけて高価なものは使われていない……」

「この新型火薬を用いれば、ロケット砲は今の野戦砲を上回る射程を得られます。命中精度についても、このように尾翼を付けて、それこそ施条砲の砲弾のように旋転させることで改善できました。一度に多数の砲弾を同一諸元で射出できることを考えると、十分実用域の兵器になると考えられます」

「なるほど……我が国の冶金技術では鋼鉄製の火砲より作りやすそうですし、本格的に検討する価値がありそうですね」


 この時の日本は諸外国に対して冶金技術で大きく後れを取っており、野砲の材質に青銅を採用せざるを得ない状態である。ロケットのモーターケースは大砲ほど肉厚にする必要がないと考えられ、国内で生産できそうだった。


「ところで、この火薬やロケット弾の設計は大迫殿が……?」

「いえ、私だけじゃなく、士官学校の同期を中心に複数の仲間で協力して作り上げたものです」


 鷹司の思いついた「英梨子の考えを聞いてもらう方法」とは、大迫、長岡、鷹司が協力して考案したことにしてしまう、というものだったのである。無論、大迫らは試験関係を引き受けただけで、ロケット本体や発射台の設計はすべて英梨子が担当していたことは言うまでもなかった。

※軍属ではあっても軍人ではないからなのか

この当時の有坂は造兵司に出仕している技官であり、軍人としての身分を持っていなかったようである。


※滑腔砲

ライフリングが刻まれていない火砲のこと。一時期は完全にすたれていたが、現在はAPFSDS弾を用いる戦車砲として復活している。


※施条砲

ライフリングが刻まれている火砲のこと。特に断りがない限り、現代の火砲はほとんどが施条砲である。


※閃光粉

金属マグネシウムと過マンガン酸カリウムの混合粉末。ストロボがない時代にフラッシュを焚く用途で使われた。英梨子考案のコンポジット推進薬には、燃焼温度を上げて出力を向上させるために、アルミニウム粉の代用として配合されている。


※比推力

ロケットモーターの燃費に相当する概念。単位は秒。推進薬の消費量あたりの推力で、数字が大きければ大きいほど効率が良い。

現代のロケットで使われる推進薬の場合、固体ロケットが280秒、液体水素-液体酸素ロケットなら400秒を超える。


ちなみに、英梨子が考案した固体燃料のレシピは、以下の記事に掲載されているものがベースになっています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/37/3/37_KJ00003507989/_pdf/-char/ja


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― 新着の感想 ―
[一言] 誤字ったので差し替えです そういえば三一式速射砲も九糎臼砲も登場前な年代でしたっけ なら2000m以上先に届くロケット弾があれば魅力的に見えて当然ですわなぁ
[気になる点] この世界では、コングリーヴ・ロケットやヘール式ロケットは発明されてないんですね。
[一言] いよいよ本格的な歴史改変の始まりですか
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