【ドラマパート】月まで届け、塩化水素の煙-1
というわけで、これからしばらくドラマパートです。
「3、2、1、点火!」
鷹司煕通が導火線に火をつけると、ミニチュアサイズの発射台に向かって種火が進んでいく。そして、並べられているペンシルロケットの中に分かれて入っていくと、次々と固体推進薬が着火されてロケットが飛んで行った。
「おぉー、こいつは面白いな! 大砲よりはるかに簡単な装置から発射できて、一度に大量に撃てるから制圧力も高そうだ」
鷹司に誘われてデモンストレーションを見に来た長岡外史が、まるで新しいおもちゃをもらった子供のように目を輝かせる。
「インドもロケット弾を斉射してイギリスの戦列歩兵を散々苦しめたとか。今は散兵戦の時代だが、長岡の言う通り、瞬間的に大量の砲弾を撃ち込めるというのは、大砲にはない利点だと思うんだ」
前に一度見たことがある大迫尚道は、多連装ロケット砲の利点についてそのように述べた。
「そんな物騒なものを鷹司の姪っ子が自作するというのもすごいんだよなあ……お嬢ちゃん、まだ数えで5つだったよね?」
「うん!」
長岡がすぐ横にいる英梨子に問いかけると、彼女は幼女らしくにこにこしながら返事をする。
「今の大砲って、一発撃つたびに後ろに下がっちゃうでしょ? だから、いちいち元の位置に戻さないといけないし、そもそも重たくて持ち運びにくいじゃない。精度とか射程では全くかなわないとおもうから、大砲を置き換える存在ではないと思うけど、どっちも併用できたら効果的かなって思います」
一応女児の皮をかぶりながら、英梨子が解説をしていると、後片付けを終えた鷹司が英梨子たちの元へ戻ってきた。
「英梨子ちゃん、どうだったかな? うまくいったと思うんだけど」
「うん、ばっちり。かわりに実験していただきまして、ありがとうございました、煕通おじさん」
ロケットの実験は危険であるため、父である道孝は英梨子にやらせたくないと難色を示していた。そのため、鷹司が英梨子の指導の下で実験操作を代行したのである。
「礼には及ばないよ。僕も楽しませてもらったからね。しかし、ゴムが火薬になるとは思わなかったな」
「ゴムをベースとする固体推進薬は、成形や注型が一般的な火薬よりは簡単に行えるのが利点なんです。ロケットのガワを作って、その中に直接推進薬を流し込んで固めればできあがりますから」
もちろん、普通に金型で成形してからモーターケースにはめ込んでもよいのだが、大型ロケットの場合はその作業だけでも一苦労である。対地ロケットはそこまで大きくはないが、無い無い尽くしの今の日本の場合、わざわざ高価な金型をそろえなくてよいのはありがたい。
「火薬の調合はお嬢さんが自分で考えたのかい?」
「まあ、そうですね、はい……」
この推進薬の配合は学会誌に書かれていたレシピをベースにしているものの、細かい配合量や、明治の日本における入手性、実験目的を考慮して英梨子が内容を調整しているため、嘘ではなかった。
「ほう、そいつは素晴らしい! 男だったら軍に欲しいくらいだ!」
「まあー爆発物は化学実験の花形ですから……」
長岡に褒めちぎられた英梨子はデレデレしながら答える。目上の人間から手放しでほめられることに慣れていないようだ。
「ただ、軍には入れていただけなくても構わないのですけど、兵器開発には何かしらの形でかかわりたいなあと……」
「うーんそれは……いろんなところが許さないだろうなあ……」
「俺たちの教官連中も、子供のお遊びとか言ってまじめに取り合わなかったしなあ」
とにもかくにも、まだ七五三も終えてないような女児であることが問題である。何をどう言いつくろっても火薬は危険物であるから、少女ですらない幼女が取り扱うには危険が大きすぎるだろう。それに、権威ある教育機関で教育された学歴もまだ持っていないから、彼女の言葉はほとんど説得力を持たない。
「お世辞抜きで頼もしくはあるのだがなあ……」
石黒軍医正を説き伏せたというその頭脳は、すでに大人と対等に議論ができるレベルまで成熟しているし、自力でロケット発射実験を成功させていることから、実験技能にも不足はないだろう。よくよく話を聞いてみると、欧州で作られ始めたという無煙火薬や、それ以外の火薬にも精通しているようで、彼女をうまく使えれば、火薬の分野なら一気に欧米に追い付くことができるかもしれない。
「せめて陸軍工廠に私の考えを伝えられればいいんですけど……」
「……! 英梨子ちゃん、なんとかなりそうな考えを思いついたよ」
英梨子の一言を聞いた鷹司は、少々申し訳なさそうに自分の考えを説明した。
※塩化水素の煙
過塩素酸カリウムや過塩素酸アンモニウムが熱分解すると、酸素のほかに塩化水素も発生する。とはいえ、今日打ち上げられる固体ロケットから発生するすべての塩化水素を足し合わせても、地球上の火山から噴出する塩化水素の量には到底及ばない。
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