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【ドラマパート】脚気問答-2

前日の続きです。実験に不十分な点があると指摘された英梨子は一体どうするのでしょうか。

「明らかに、不十分……」


 そう言われると、思い当たる節は便宜上山としておくが(やまほ)多分無限に()あるので言い返せない。


「そう。まず、この鶏の病気が、本当に人間の脚気と同じなのかが分からない」


 鶏とヒトでは体の構造が違い過ぎるため、鶏のビタミンB1欠乏症と、ヒトの脚気が同一の病気なのか、この実験では判別できないのだ。


「それから、この鶏たちが脚気になっているとしても、なぜ鶏が脚気になったのかわからないし、その後米ぬかを与える事で何故回復するのかもわからない。この実験は経験則を与えるだけであって、理論が無いんだ」

「えー……」


 そこまで聞いた時、英梨子が不服そうな声を上げる。


「まあまあ、その歳でここまでの実験を実行したのは本当に凄い事だと思うよ。それだけ賢ければ将来は……」

「理論が無いからなんだっていうんですか?」


 慰めようとする石黒の言葉を遮って、英梨子が唸るように声を上げた。


「どのような仕組みで作用するのか分からない治療は、言ってしまえばおまじないみたいなものだろう? 西洋医学ではそういう怪しげなものにたよらず、きちんとした理論でもって……」

「だからこそ実験で確認するんですよ。本当にただのおまじないなら結果は対照群と変わりませんし、何かしらの効力を持つなら相応の成果が得られます」

「しかしだね……」

「理論というのは、これまでの学者たちが実験に実験を重ねて見出してきたもので、結局は経験則にすぎません。仮説という方針をたてたうえで、実験を繰り返し、得られた結果を精査して浮かび上がって来たものこそが真実であり、最も優先されるべき事なんです。それが理論と食い違うのなら、それは理論が誤っているか不十分だということ。理論の側を訂正するなり、新しくつくるなりすべきでしょう」


 怒鳴りつけたい気持ちを必死に抑えながら、英梨子は石黒に反論する。しばらくの間二人は無言で睨みあっていたが、やがて石黒が視線を緩めた。


「……確かに、そのとおりだ。わずか4つの小娘に諭されるとは、私も焼きが回ったかな」

「あ、ご、ごめんなさい、出過ぎた真似をしました」


 我に返った英梨子はあわてて石黒に謝罪する。


「いや、いい薬になったよ。久しく忘れていた事を、お嬢さんに思い出させてもらえた。礼を言うのはこっちのほうさ」

「なんかすみません……」


 申し訳なくなった英梨子は再度頭を下げた。


「九条様、先ほどはお見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした。知りたい情報は得られましたので、今日はこれでお暇させていただこうと思います」

「いえいえ、こちらこそ、娘が生意気を言ってすみませんでした。目的が達せられたなら何よりです。出口までお送りしましょう」


 こうして、英梨子は史実における脚気伝染病派の一人を切り崩すことに成功する。もう少し時代が下っていれば、小娘がいくら説得したところで彼は受け入れなかっただろう。しかし、まだ石黒が前線で仕事をしていて思考が硬直化していなかった事、脚気伝染病説側もまだ出て来たばかりで強固な支持を得られていなかった事から、たとえば天皇陛下や皇太子殿下を抱き込んで叱責させる、みたいな奥の手を行使するなでもなく、考えを改めさせる事が出来たのだった。



 あの後疲れ切ってしまった英梨子は、お昼寝を挟んで夕食を済ませた後、道孝の部屋を訪れる。


「お父様、お昼はすみませんでした」

「いやいや、英梨子はよく我慢してくれたよ。道実でもここまで理論的なやり取りは出来ないだろう。お疲れ様」

「ありがとうございます……」


 道実は英梨子の3つ年上の兄で、道孝の長男だ。


「しかし、英梨子はこういう知識をどこで聞いてくるんだ? 幾子や女中たちは知らなさそうな話だと思うんだが」

「うーん……」


 英梨子は正直に話すべきか悩む。自身が転生者である事を信じてもらえればよいが、気が狂ったなどと思われては大変だ。


「いつかは分からないけど、どこかで誰かから聞いたんだと思う……夢の中とかなのかな……」


 前世で教師や上司から教わった事なのだから、嘘は言っていない。


「そうか……まあそういう事にしておこう。それはさておき、石黒さんを頑張って自力で説得したご褒美をあげようとおもうんだが、何か欲しいものはあるか?」

「ご褒美……? それなら私、過塩素酸カリウムが欲しい」


 時代的にオストワルト法はまだ発明されておらず、アンモニアは希少だろうと判断した英梨子は、過塩素酸アンモニウムのかわりに過塩素酸カリウムを要求した。


「過塩素酸カリウム……?」

「温めると酸素が出てくるお薬なの。学校で理科を教えている先生とかなら、きっと知ってると思う」

「うーん、何に使うのかわからないが、手に入るようなら買ってあげよう」


 得体のしれない薬品を要求されて道孝は困惑したが、大人と論戦で対等に渡り合った我が子に報いるため、英梨子のお願いを承諾する。


「やった! ありがとうお父さん」

「石黒軍医正はこの前の西南戦争で希少な軍医として活躍した方だからね。その人をちゃんと議論して納得させるというのは凄い事だよ」

「そうなんだ。現役の軍医さんだったんだね。それなら、戦場ってどんなところなのかとか、もっと違うお話をしたかったな……」

「英梨子は戦に興味があるのか?」


 娘の言葉を聞いて道孝が質問した。


「うん。でも私は女の子だから、男の子みたいに前線では戦えないでしょ? だから、将来は軍人さん達の役に立つ仕事がしたいなあって思っているの」


 今生での性別を上手いこと利用して、英梨子は自分の軍事趣味を正当化する。


「なるほどな。脚気をなんとかしようと思ったのも、誰かから軍で脚気が蔓延している事を聞いたからって事か?」

「うん。今の日本だと、怪我をする人より脚気で死んじゃう人の方が多いって聞いたから」


 実際のところ、彼女が日本の軍事に、ひいては日本の歴史に関与する事を目指しているのは、前世での経験によるものであった。大学院時代に戦略級RTSにハマり、その影響で防衛産業へ就職する事を希望していたのだが、希望の会社に入る事が出来たのにもかかわらず、宇宙事業の部署へ回されてしまったのである。このため英梨子は「太平洋戦争に負け、GHQに防衛産業を壊滅させられたから、自分は好きな部署に配属されなかったのだ」と考えるようになり、今生では日本を世界一の軍事大国にしようと画策しているのだった。


「そうか……そこまで言うなら、無理に止める事はしないよ。間違いなく御国の為になっているからね。これからも、何か軍のためになりそうなことを思いついたら、私に教えてくれないかな」

「うん! ありがとう、お父様!」


 満面の笑みで英梨子が答える。いくら大人と対等に議論が出来る神童といえども、こういうところは年頃の幼女なのだなと、道孝は思った。


「そういえば、お父様も実は戦場で戦った事があるんだって?」

「いや、戦ったというか、ただその場に居ただけというか……」


 道孝が気まずそうに答える。


「居ただけ?」

「私は東北の諸藩を平定する組織の一番偉い人だったんだ」

「おおー」


 どう見ても公家な父親の意外な経歴に、英梨子は思わず声を上げた。


「当初は別の人が総督、一番偉い人だったんだが、もっと格の高い家の人を据えた方が陛下が本気で東北平定を考えている事を伝えられるとの事でな。そういうことならと私が手を挙げたんだ。だから、戦いの時は部下が全部取り仕切っていて、私はただ座っているだけだったんだよ」


 幕末のころ、道孝は幕府との協調路線を推進していたため、王政復古の大号令が出た直後は参内を禁止されたことがある。武人ではない彼がわざわざ奥羽鎮撫総督になることを願い出たのは、新政府への恭順を示す意図もあったのかもしれない。


「つまり、お父様は優秀な部下をつけてもらえたんですね。凄いじゃないですか」

「そうなのかなあ……」


 実際、道孝には本当に実権が無く、開戦前に奥羽越列藩同盟から和平の嘆願書を受け取った時は


「そちらの事情はよく分かるが、私の独断では決められないのでいったん持ち帰らせてほしい」


というコメントを遺している。結局、部下が強硬に武力制圧を主張したためこの嘆願書は受理されず、東北諸藩は政府軍に蹂躙されたのであった。

 とはいえ、可愛い娘に無邪気に褒められては悪い気はしない。


「それでそれで? お父様が従軍した戦いはどんな感じだったんですか?」

「そうだなあ。それじゃあ、まず最初に私が仙台藩に捕まったところから……」

「えぇ!?」


 その後、数日にわたって、英梨子は父親から戊辰戦争の時の、時には回想を、時には愚痴を聞く事になったという。

救国の輪廻における「未練」「転機」「野望」

未練:逆行転生をする為の原動力となった妄念。未練を慰められるような状況に置かれると、精神点の回復にささやかなバフがのる。効果量がささやか過ぎるので、ほぼフレーバー要素

転機:未練を抱くようになったきっかけ。完全にフレーバー要素

野望:今生でキャラクターが成し遂げたい物事。達成すると精神点が回復するが、その頃にはほぼ決着がついている盤面になっており、実質フレーバー要素


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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