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【ドラマパート】脚気問答

ドラマパートです。RTAパートの内容を全然消化できなかったので、しばらくドラマパートが続くと思います。

 それは何気ない一言。幼女らしく、母親にでも懐いてみようかと思った何気ない会話の中の一幕。


「お化粧って、なにで出来てるの?」

「そこで『どうやってするの』じゃなくて『なにで出来てるの』って聞くのが、英梨子らしいわねえ」


 前世では化粧なんてしたことは無かったが、おそらく乳液はグリセリン系有機化合物の水溶液、ファンデーションはカオリンとか酸化亜鉛とかを調合した粉末だろう。どれも昔から既知の物質だから、この時代でもそう変わらないに違いない。そう考えていた英梨子に、衝撃的な答えがもたらされる。


「たとえば、紅なんかは確かお花から採った染料なのよね。それから、おしろいは鉛から作るって聞いたわ」

「え、鉛!?」


 仰天した英梨子は思わず大声を出してしまった。


「どうしたの急に」

「あ、うん、その、鉛って、体に毒だって聞いたけど、大丈夫なのかなって……」

「あらよく知ってるわねえ……でもまあ、鉛から作るってだけで鉛そのものではないし、そもそも食べ物じゃないからいいんじゃない?」


 英梨子がおろおろしながら質問すると、幾子は特に気にするそぶりも無く答える。


「そ、そうなんだ。へー……」


 母はもちろん、この家では女中たちも皆おしろいを肌に塗っている。世の上流階級の女性は皆こうだとすると、英梨子には、放置したら大変な事になるような予感がしてならなかった。




「いや鉛のおしろいとか絶対まずいって。仕事で塩酸ばら撒いてた人間が言うのも変だけどさあ」


 いつものように鶏小屋を掃除しながら英梨子が悪態をつく。同じ重金属である水銀の場合は、水への溶けやすさが毒性に比例するとされているため、水銀化合物と言っても一概に有毒とは言えない場合があった。しかし、鉛化合物でそういう話を聞いたことが無く、鉛白おしろいは必ず絶滅させる必要があると英梨子は考えている。


「どうしたら鉛おしろいを禁止に出来るかな。まずは鉛おしろいに毒性がある事をニワトリで証明して……」

「英梨子、ちょっといいかい?」


 英梨子が声がした方向に振り向くと、父の隣に見知らぬ軍人が立っていた。


「こちらは軍医、つまり兵隊さんのお医者さんをしている石黒さんだ。英梨子が育てている鶏を見たいという事でいらっしゃったんだ」

「陸軍軍医正の石黒忠悳と言います。九条様の家で飼われている鶏に、脚気のような症状が出ているとの事で、この度お見せ頂く事になりました」

「よ、よろしく、お願い、します……」


 唐突に客人を連れてこられた英梨子は、よくわからないまま頭を下げる。


「して、脚気の鶏というのは……」

「ああ、こちらの小屋に居る鶏です」


 石黒が訊ねると、道孝が白米のみを与えられている鶏の小屋に案内した。


「……なるほど、確かに、このまともに歩けなくなっている様子は人間の脚気にそっくりですね」

「この鶏は白米だけをエサにしているんですよ。娘曰く、田舎から()()に出てきた人間を再現するとかでね」

「ふーむ……お嬢様はどうしてそんな事を?」


 石黒が道孝に質問すると、父のかわりに娘が自分で回答する。


「昔、脚気は江戸わずらいと呼ばれていたって、どこかで聞いたんです。地元に居る時は何とも無いのに、江戸に来ると発症するって。それで、地方の人はお金が無くて玄米を食べるけど、江戸に来るような人はお金持ちだから、きっと白米ばかり食べてるんだろうなって、そう思いました」

「おお~よく知ってるね。たしかに、地方から東京や軍にやって来た人が脚気にかかる症例は良く見かけるよ」


 歳の割に利発な子だなあと思いつつ、石黒は英梨子の方に視線を向けた。あどけないながらも美しく整った顔の、釣り目気味ながら大粒の瞳には、とても4歳の幼女とは思えない強い意志が宿っている。


(とても幼子とは思えぬ良い目をしているな。女に生まれてしまった事が惜しいくらいだ)

「……」


 石黒が英梨子の目を観察していると、何故見つめられているのかわからない英梨子は、しびれを切らして幼女らしく大袈裟に首をかしげた。


「おおっとごめんな、少し考え事をしてしまった。じゃあこの鶏をどう育てているか教えてくれないか?」

「……まず、一組のつがいを繁殖させ、個体数を増やしました。この中から体格の似ている6羽を選び取って3羽ずつに分け、あちらの禽舎に居る鶏には玄米のみを、こちらの禽舎に居る鶏には白米のみを与え続けました。すると、大体1月後には白米のみの鶏だけ、このように歩けなくなり、やがて死んでしまうものも出ました」

「難しい言葉を知っているね……見た感じ、ここにはオスの鶏しかいないようだけど、メスの鶏は?」

「また別の場所で卵を産んでもらっています。我が家の食卓が賑わうので」


 これまでの理知的な英梨子の説明を内心驚愕しながら聞いていた石黒だったが、年相応に抜けたところもあると知ってずっこけつつも安心する。


「ま、まあオスだけで試験したのは結果的には正解だな。メスは勝手に卵を産むから、それが原因で疲労して体調を崩す可能性が否定できなくなる」

「あ、なるほどたしかに」


 石黒に指摘されて英梨子が手を叩いた。


「それで、白米ばかり食べることが、脚気の原因であると考えたわけだね。同時に、玄米を食べていれば脚気を防げると」

「はい。ただ、玄米は臭いから、兵隊さんは食べたがらないよって、お父様に言われました。それで、玄米と白米の違いはなんだろうと考えたとき、精米するときに取り除かれる米糠が、脚気に効くんじゃないかと考えたんです」


 ここが勝負どころだと考えて、英梨子は正解(自説)を力説する。


「……なるほど。そして、目論見通り、米糠と白米を混ぜて与えた鶏は、脚気を発症しなかったわけだね」

「それどころか、既に脚気になっている鶏に玄米や米糠を与えたら、症状が消えたんです。脚気は、米糠で治せるんです」


 実際には米糠以外にも有効な食品はあるのだが、まずは史実の脚気惨害を防ぐのが先とばかりに英梨子は畳み掛けた。


「なるほど。人間の脚気患者に米糠……は不味いだろうから糠漬けでよいか? を与えてみるというのは一考の余地がありそうだ。だが……」


 一瞬明るくなった英梨子の顔が、最後の一言で曇る。


「この実験には明らかに不十分な点がある」


※グリセリン

1分子の中に3つのヒドロキシ基(-OH)を持つ炭化水素化合物(三価アルコール、トリオール)の一種。ほんのり甘みがある。毒性は皆無。


※カオリン

カオリナイトとも。白い色をした粘土の一種で、薄い板のようなケイ素酸化物の結晶が積み重なった構造をしている。毒性は皆無で、錠剤のかさ増しに使われたり、食用とする事すら行われる。


※酸化亜鉛

その名の通り、亜鉛の酸化物。現代では一般的な白色顔料。ファンデーションの他にも日焼け止めなんかによく入っている。


※水銀化合物と言っても一概に有毒とは言えない場合があった

一例として、水銀系化合物である辰砂は水溶性が低いため、漢方薬に用いられる事がある。


スマホで長文打てる人ってすごいですよね。僕は首がつかれてしまって創作どころじゃないです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 新作、非常に面白いですね。 こういうゲームが有ったらプレイしたい位です。 キャラメイクの所はTRPGみたいだなって思ってました。 [一言] こちらもいずれ書籍化してくれると嬉しい所。 帝都…
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