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【ドラマパート】エピローグ

「英梨子!」


 山階宮家の一室、まだまだ今の世の中では珍しい洋風の部屋の中に、山階宮菊麿は勢いよく飛び込んだ。


「あ、菊麿さん……なんでここに……?」


 ふかふかのダブルベッドに寝かされている英梨子が、菊麿の方を見て力なく微笑む。


「英梨子が倒れたから付き添ってやれって、分隊長に言われたんだ! ……そこの、英梨子の容態はどうだ?」

「お医者様からは、貧血と過労だから、とにかく鉄分をとって安静にするように、と聞いております」


 菊麿の質問に、ドアの横に控えていた女中が答えた。


「……産褥期が明けてないのにあちこち動き回るからですよ。もっと自分を大事にしてください」

「あはは、めんぼくない……でも、どうしてもこの戦争をさっさと終わらせたかったから……」


 戦争中は何もしていなくてもどんどんお金が消費されていくものである。財政破綻を防ぐため、陸海軍に迅速にケリをつけに行くように説得する行為は、確かにおかしなものではなかった。


「……英梨子さん、どうして戦争を受けて立つかわかりますか?」

「起こす、ではなくて、受けて立つか、ですか。そりゃあ、国を守るためじゃないですか?」

「では、なぜ国を守る必要があるのかわかりますか?」

「え、侵略してきた相手に何されるかわからないから、生き残るためにってことですよね」


 菊麿の意図がいまいちわからないまま英梨子は答える。


「それはね、大切なものを守るためですよ。だから、大切なものを守るために戦いに赴いたのに、当の大切なものが勝手に死んだら、何のために出征したのかわからなくなってしまうんですよ」

「……!」


 菊麿に諭されて、英梨子はようやく、自分が誰かの「大切なもの」であることを自覚した。日本という国と、菊麿という配偶者を自分の「大切なもの」として走り回っておきながら、自分自身も誰かの「大切なもの」であるということについては、まったく考えていなかったのである。


「英梨子さんの陸軍は欧州への遠征を決定し、一足先にブリテン島へと旅立ちました。僕の海軍は距離の問題からだいぶ及び腰ではありましたが、博恭と一緒に三笠艦長の東郷大佐に直談判したら、大佐が欧州へ向けて出撃するよう連合艦隊司令長官の伊東中将を説得してくれました。満州での戦いを見るに、上陸さえできれば、サンクトペテルブルクは落ちるでしょう。もうすぐこの戦争は終わります。だから、これからを生きるために、英梨子さんはお医者様の許しがあるまで安静にしてください」


 真剣に語る菊麿の方を見ていた英梨子だったが、彼の話が終わるとやがて天井に視線を向けて、小さくため息をついた。


「……そっか、もう、終わるんですね」

「ああ、もう、頑張る必要はありません」


 英梨子を安心させるように、菊麿は彼女の頭をなでる。


「菊麿さん」

「なんですか?」

「私は、私と、菊麿様と、この国のために、世界中の人を戦渦に巻き込みました。死ぬはずだった日本人をいくらかは救ったでしょうが、死ななくてよかった欧州人をきっとたくさん殺したことでしょう。この血塗られた『火薬宮(かやくのみや)』が、菊麿様のような素敵な方の妃でいて、本当にいいのでしょうか」


 いつもの覇気はどこへやら、英梨子は不安そうに言った。


「今更ですよ。英梨子さんとなら、どんな地獄でも駆け抜けられる。そう思ったから、あなたをこの家に迎えたのです」


 そう言って、菊麿は英梨子の手を握る。


「そう。……ありがと……」


 そういうと英梨子は、安らかな表情で瞳を閉じた。




 1895年7月21日、ロシア国民の間に長年積み重なったもろもろの不満が爆発。ロシア全土で反乱が勃発する。同年9月5日には、領土の割譲や賠償金の支払いといった内容を含むロンドン講和条約が成立。日英同盟との戦争からロシアは正式に脱落した。

 残るフランスも1896年までにパリを占領されて降伏。前倒しされた世界大戦は、日英墺の勝利に終わる。


 この戦争で日本の国際的影響力は大いに上昇し、日本の列強入りを疑う者はいなくなった。しかし、それ故に今度はハワイや中国の市場を巡ってアメリカとの対立が本格化。結局、ロシアを打倒しても、日本が平穏を得ることはできなかったのである。


「門戸開放、機会均等かあ……よくもまあこんな恥ずかしい要求を他国に出せますよね」

「まあ、人の欲望は果てしないということなんでしょうね」


 出勤前のひと時。英梨子は新聞を読みながらアメリカを罵り、菊麿はそれをのほほんと受け流した。


「せっかくあのとき菊麿さんが『もう頑張らなくていい』ってロマンチックに言ってくれましたのに、アメリカのせいで結局東京砲兵工廠に復帰することになってしまいましたからね」

「でも、英梨子さん自身も、まだまだ技術者として前線で活躍したかったってところもあるんじゃないですか?」


 悪態をつく英梨子に対して、菊麿が愉快そうに問いかける。


「それはそれ、これはこれですよ。そりゃあ、技官の仕事は今も楽しいですし、いろんな人に感謝されて充実した日々を過ごしてはいますが、私だっていわゆる女の幸せってものを、今みたいに片手間じゃなくて存分に堪能してみたい気持ちはあるんです」

「でしょうねえ……」


 夜の甘いひと時における英梨子の様子を思い返すと、彼女もこの時代における女の幸せというものに無頓着というわけではないことは明らかだった。菊麿自身、妊娠しても出産直前まで勤務を続ける英梨子の姿に、何も感じないわけがない。


「まあ、欧米列強が身勝手なのはもうしょうがないので、私は私のために、得られる限りの幸せを手に入れに行こうと思います。これからもよろしくお願いしますよ? 愛しの旦那様」


 とげとげしい言葉とは裏腹に、英梨子は幸せそうな笑みを浮かべながら、菊麿を見つめるのだった。

これにて救国の輪廻RTAは完結でございます。自分の力不足を痛感したお話でした。いつかきちんとチャートを練り直して、もっと面白く、もっとためになる話に再構成したいと思います。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。


最後になりますが、少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
素敵なお話をありがとうございます。 完結になってしまっておりましたが、しばらく時間をおいて、 作者様が創作の時間を入手できるようになれば、 また、再度のRTAをお願いできればと思います。 楽しみにし…
面白かった 太平洋戦争版読みたい
ついに完結!おめでとうございます。 そして面白いお話をどうもありがとうございました。 「火薬宮」のところでちょっと笑ってしまいましたが、「ロケット姫(火砲姫?火箭姫?)」とか言われるよりはマシなのでは…
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