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【ドラマパート】君のいる春は今ここにある現実

 10年早い日清戦争を日本が圧勝してからしばらくして。戦後の戦訓分析と兵器の改良がようやく終わった英梨子は、息抜きに郊外の草地に来ていた。


「ロケットを打ち上げるのは息抜きに入るのかな……」

「入りますよ。少なくとも私には」


 梨本宮菊麿と、お互いの付き人を呼んでピクニックに来たというのに、英梨子はどこからか取り出したロケットを、これまたどこからか取り出した発射台に据え付け、打ち上げの準備をしている。


「今回のロケットはどんなものなんですか?」

「いよいよ我々がやりたかったことを試すんですよ。今回は地震計を載せて打ち上げます」

「地震計……?」


 空の上が揺れることはないはずなのになあと、菊麿は英梨子の意図を測りかねている。


「ロケットには推進薬の爆音や、燃焼速度の変動による振動が発生します。将来的に自記記録計を載せて、上空の気温や風速を測定するなら、ペイロードにどのくらいの振動が加わるかを見ておく必要があるかなと」

「ペイロード?」

「あ、ロケットに載せる荷物のことですね。今回なら、地震計がペイロードってことです」


 本来であれば、ロケットに載せるペイロードには十分な振動衝撃試験を課し、打ち上げ時の入力荷重に耐えられるか確かめるのが定石だ。その結果、ミッションの遂行に必要な機能が損なわれるということであれば、改設計をする必要がある。


「なるほど、一瞬で飛んで行ってしまうので、振動しているとは思っていませんでした」

「本格的にやるなら、ロケットに載せる前にペイロードを振動させてみて、壊れないか確認する必要があ……るんだとおもいます。でも、試験装置作るの面倒なので……」


 明治の日本にそんな手の込んだ試験をする装置は存在しない。そして、試験装置の準備から始めていたら過労で倒れてしまうため、英梨子はのんびりと打ち上げを重ねてトライ&エラーで解決しようとしていた。


「ロケットゾンデの開発は、気象台に頼まれてやってる仕事じゃないですもんね」

「はい。なので、我々が楽しく、疲れずやれることが一番大切なんです」


 そんなことを話しているうちに英梨子は打ち上げ準備作業を完了させる。


「これで準備完了です」

「すぐに打ち上げるんですか?」

「いえ、先にご飯にしましょう。ウィンドウが狭いわけでもないですし」


 英梨子がそういったので、二人は茣蓙(ござ)を引くなどしている付き人達のもとに向かい、昼食を楽しんだ。




「それではこれより、打ち上げ前の最終Go/NoGo判断を行います。菊麿殿下、打上前点検表(チェックリスト)を読み上げてください」

「えーと、天候判断、雨天ではなく、風速が3.4m/s以下で、風向が南向きでないこと? 天気は見ての通り晴れだけど、困ったな、今風速計なんて持ってないんだけど……北東の風、少なくとも3.4m/s以下です」


 菊麿は指先をなめて風向きを確かめ、少なくとも旗がはためきそうにない様子から、風速を類推した。


「ありがとうございます。天候判断はGoですね」

「Go……?」

「問題ないので次行ってください、ということです」

「はあ。それから……導火線がロケットの推進薬にさしてあるか」

「……Goです」


 こんな調子で、英梨子と菊麿は打ち上げ前の点検を実施していく。息抜きと言っていたのに、気合が入りすぎていて菊麿は困惑したが、一方で着実に打ち上げに向けて進んでいくことを体感でき、気分が高揚するので、英梨子がこういうことをやりたくなる気持ちも理解できた。


「ペイロードは確実に作動しているか」

「……Goです。点検項目はこれで全部ですか?」

「はい」

「わかりました。打ち上(Go for)げ承認(launch)です」


 そういうと英梨子は導火線の端を持ち、近くにいた菊麿を連れてロケットから離れる。


「導火線に点火します! 打ち上がるまで射点に近づかないでください!」


 英梨子はそう叫ぶと、黄燐マッチで導火線に着火した。火が導火線を進んでいき、ロケットの後端に入り込むと、煙を噴き出しながらロケットが打ち上がる。


「飛んだ!」


 一瞬で空高く飛びあがったロケットを見て菊麿が叫んだ。


「飛びましたね」


 一方、英梨子は冷静に空をにらみつけている。


「……ああそうか。載せている地震計を回収するまで、打ち上げが成功したかは判断できないんですね」

「そういうことです……あ、落下傘が開きました」

「あの白い点のことですね? 無事に降りてきてくれるといいのですが」


 打ち上げた後、そのまま重力に任せて地上に降ろした場合、地震計もロケットも大破してしまう。なので、ノーズコーンの中にパラシュートが仕込まれていて、ゆっくりと地上に降ろす設計になっていた。


「ここまでくれば、あとは高層風が強すぎて流されすぎない限り、回収は問題なくできるでしょう」

「そうですか。……しかし、ロケットの打ち上げってすごい迫力なんですね。英梨子さんが情熱を注いでいる理由が分かった気がします」


 兵器ではなく、観測機器としてのロケット打ち上げを見た菊麿は、そんな感想を英梨子に伝える。


「まあ、そうですね。作ったものが勢いよく飛んでいくと、一緒に日ごろの悩みも吹き飛ばしてくれるようで、心が洗われます」

「そこまで……?」

「でもそれ以上に、こういった出来事を、大切な方と一緒に体験することが、何物にも代えがたいものであることに本日気づかされました」


 そういうと英梨子は、隣にいる菊麿に対して、静かに体を摺り寄せるのだった。

高層風:上空に吹いている風は風向も風速も地上とは違うことがある。このため、地上は穏やかな天気でも、高層風が強すぎてロケットの打ち上げが延期されることがある


この日清戦争編までで一区切りです。多分次回は大きく年代が飛ぶと思います。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  最新話、拝読いたしました。  浅学のためロケットを開発する過程というものに疎いものですから、私にとっても英梨子の菊麿王殿下に対する説明は有り難いものでした。  お二人のやり取りは和み…
[一言] ペイロードとかチェックリスト、そしてGo/NoGo判断といった英語に関して、読者としては「あーはいはい」ですぐ理解できるのですが、菊麿殿下は結構戸惑ってらっしゃるご様子。 ここは日本語で言っ…
[一言] >一方で着実に打ち上げに向けて進んでいくことを体感でき、気分が高揚するので ヨシ!→何見てヨシって言ったんですか!? >隣にいる菊麿に対して、静かに体を摺り寄せるのだった。 ついでのように…
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