【ドラマパート】戦勝記念会
我々下々の者には、料亭の雰囲気なんぞ……わからん!
10年前倒しの日清戦争は、時代不相応な多連装ロケット砲を装備する日本軍の完勝に終わった。神童・九条英梨子の開発した国産兵器は、清国軍の装備するドイツ製野砲相手でも火力で圧倒できることを証明したのである。
「それでは、日清戦争の勝利を祝しまして、乾杯」
「乾杯!」
この戦勝を祝う宴席が、都内の高級料理店で行われていた。村田銃の開発者である村田経芳大佐をはじめ、明治期の日本陸軍兵器開発を牽引した錚々たるメンバーが顔を揃えている。
「今回の戦は十三年式十二連装噴進砲のおかげで勝てたようなものです。この兵器は娘さんの御奉公を九条殿が認めてくれなければ開発されないものでした。改めてお礼申し上げます」
「ありがとうございます。こちらこそ、娘を怪我なくのびのびと奉公させていただき、誠に感謝しております」
その村田が、同じ宴席に居る九条道孝に感謝の意を示すと、道孝も娘を安全に楽しく勤務させてくれていることに礼を言った。東京砲兵工廠に勤務しているわけではない彼がなぜ、この宴席にいるのかというと
「やっぱり、お酒が出るお店の料理って美味しいなあ」
「いやびっくりしましたよ。まさか九条さんが祝勝会に来るとは思っていませんでしたから」
まだ成人していないのに、この祝勝会に参加すると言い出した英梨子の付き添いである。お酒には目もくれず、おいしそうに焼き魚などをつついている幼女の姿は、明らかにこの料理店の中で浮いていた。
「私だって日本国民ですから、日本の勝利を祝う権利はあるんですよ」
普通の幼女はこんなところに興味を示さないし、来るはずがない。ところが、「打ち上げの打ち上げ」において「燃焼試験」と称し、焼肉に興じていた前世を持つ幼女が普通なわけがなかった。
「でも、まだ学習院に通っている女の子が、お酒の出る席に好き好んでくるとは思わないですよ」
「お酒だけが宴会で出されるものじゃないんですから、そちらの方が目当ての人がいてもいいでしょう?」
東京砲兵工廠で英梨子の代わりに実験操作を担当している稲葉尚秀に至極まっとうな突っ込みを受けると、英梨子は不服そうに口をとがらせる。
「まあ、祝勝会と銘打っておきながら、その戦勝の立役者がいないというのも、変な話ですしね」
「それもそうですね。お酒は我々で楽しんでおきますので、九条さんは心行くまでお料理をご堪能ください」
「そうさせていただきます。……うーん、おいしい……」
華族と言えど、普段から日常的に贅沢をしているわけではない。今この卓の上に並べられている料理は英梨子と言えどなかなか食べられない品々であるから、彼女は腹が許す限り出された料理を味わうつもりで来ていた。
「しかし、九条さんが東京砲兵工廠にいなかったら、清と戦争しても勝てたかどうか……うちで働くことを認めてくれたお父様には頭が上がりませんよ」
「清相手なら、私が何かしなくても勝てたと思いますけどね」
稲葉が英梨子の功績を強調すると、英梨子は自分がいなくても日清戦争は勝てたと言う。
「腐敗しているとはいえ、あの大国清ですよ? 噴進砲がなければ、物量で圧し潰されたと思いますが」
「我軍を物量で圧し潰せるほど精強な軍隊だったら、噴進砲を撃ち込まれたときにあんなふうに壊乱しませんよ」
戦地からは、十三年式十二連装噴進砲の火力を称賛する報告が相次いでいた。この時代の野砲は1分間に2〜3発しか打てない中、短時間に12発もの野砲弾を叩きつけることができる多連装ロケット砲の火力は驚異的なものだったのである。装備だけを整えていたものの、こういった鉄の暴風が飛び交う近代戦への備えを怠っていた清国陸軍は、次々に消し飛ぶか、算を乱して逃げ散ってしまったのだった。
「私も、噴進砲がなくても我が国は清を打ち破ることはできたと思います。でも、ここまでの勝利は間違いなく噴進砲があったから……つまり、九条さんの功績だとするのが妥当ではないでしょうか」
英梨子と稲葉が話していると、対面の有坂が自分の意見を述べる。
「まあ、それは、否定したくは、ないかな……」
照れくさくなった英梨子は、赤面しながら有坂の意見を肯定した。
「そういうわけですから、この祝勝会は九条さんのための物です」
「……ありがとうございますぅ」
やはり褒められることに慣れていないのか、英梨子は酔ったわけでもないのに顔を真っ赤にして答える。
「しかし、清に勝ったのはいいとして、これから我が国はどうするんでしょうね」
「私個人としてはとにかく賠償金をふんだくって、国内に投資してほしいです」
おそらく有坂に向けて稲葉が発言したことだったが、横から英梨子が話題に入っていった。
「確かに、我が国の工業力強化に使ってくれれば、国営工廠以外でも兵器の生産ができる場所が増えるでしょうね」
「兵器に限らず、工業製品の生産力は常に強化し続けるべきものでしょう。工業力こそが国家の土台であり、その上に工業製品たる兵器が載るのですから」
「おおむね有坂さんの言う通りだと思います。工業であれば、農業に適していない土地でもできますから、そういった地域を貧困から救うという観点でも、工業を振興していくことは大事だと思いますね」
現代では考えられないが、明治の日本にはまだ寒さに強い品種の農作物が少なく、東北の農民は貧しい暮らしを強いられていた。そんな土地でも工業であれば、人間の力で基盤を整え、発展させることができ、現地民の暮らしを豊かにできる。英梨子の意見はこの先さらに拡大していく、東北とその他地方の経済格差を念頭に置いたものであった。
「どうせなら領土も欲しいですよね」
「そんな前時代的な……もらったところで開発するリソース……金も人手もありませんよ。せいぜい旅順と威海衛を租借して、清にいつでも圧力を加えられるようにするくらいですね」
なので、能天気に領土を広げようといった稲葉に対してもこんなリアクションになる。
「ふーむ……」
「まあ、全部貧乏が悪いってことで1つ」
「とまあ、賠償金をとれるだけ取り、朝鮮を独立させて近代化を助けていくとしましょう。欧米列強はどう出てきますかね」
話にケリがついたとみなし、有坂は場を仕切り直した。
「多分日本への認識を改めるでしょうね。ある国は脅威とみなして圧力をかけてきますし、又ある国はアジアを安定化させるために協力を求めてくるでしょう」
「今回共闘したような形になったフランスとは、良い関係が改善されるといいですね。逆に仲が悪くなりそうな国は……フランスと仲が悪い国? というとドイツでしょうか」
英梨子が有坂の質問に答えると、それに続く形で稲葉も自分の考えを述べる。
「ドイツは確かに自分の商売相手をこっぴどくやられてしまったから、関係は悪化するでしょうね。それから、私はロシアからも敵視されるのではないかとみています」
「そうですね。ロシアとは海をはさんで直接接しているとみなせます。今まで遅れた小国と侮っていた隣国が、実は自分たちを脅かす武力を持っていることを認識したら何としてでも抑え込みたくなるでしょう」
何の交通違反もしてないとはいえ、パトカーの周囲を走りたい人間はそういない。それと同じことで、未開の土地が広がるシベリアと言えど、極東地域で日本と対峙しているロシアが、日本の軍事力向上を目の当たりにしていい気分でいられるはずがなかった。
「そういえば、ロシアって不凍港を求めて南下政策をとっているんじゃないですか? そうなると、朝鮮の自立と近代化を支援している我が国は、かの国にとって邪魔な存在なんじゃ?」
「お気づきになられましたか」
稲葉の懸念を聞いた英梨子が、なぜか粘着質な笑みを浮かべつつ揉み手をしながら答える。
「稲葉さんが気づいたとおりで、これから我が国はロシアからの厳しい圧力にさらされるでしょう。我々は、前線の皆さんがそれをはねのけられるだけの強力な装備を開発しなければいけないと思っています」
有坂はそこまで言うと、飲まなきゃやってられないとでも言いたげにおちょこの酒をグイッと飲み干した。
「ソウルの次はウラジオを火の海にしないといけないんですよ。腕が鳴りますね、稲葉さん」
一方の英梨子は粘着質な笑みを浮かべながら、嬉しそうに稲葉の方を見ている。稲葉が英梨子の狂気を本格的に意識し始めたのは、ちょうどこのころからであった。
打ち上げの打ち上げ:つまり「ロケット打ち上げ後のお疲れ様会」という意味。おそらく鹿児島県のどこかで行われていたと思われる。
燃焼試験:本来は、ロケットエンジンが設計通りの性能を持っているか、実際にロケットを稼働させてみて確認する試験のこと。
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