【ドラマパート】ソウルを火の海に
引き続きドラマパートです。英梨子の開発した兵器が、いよいよ朝鮮の暴徒同然な反乱軍に対して火を噴きます。
1882年8月。先月下旬に発生した朝鮮での軍事クーデター「壬午軍乱」を鎮圧するべく、日本は1個大隊を派遣。九条英梨子を中心に開発された新型火器「十三年式十二連装噴進砲」の初陣にもなった。
「突然辞令が来たと思ったら、内乱中の朝鮮に派遣されるとはなあ」
「『この兵器のことは貴様らが一番よく知っているだろう』って、まあ確かにその通りではあるんだが……」
突然この部隊の歩兵小隊長にさせられ、そのまま朝鮮に向けて出撃した大谷喜久蔵少尉と長岡外史少尉は、船上でそんなことをぼやいていた。
「鷹司の奴はドイツに行ってるんだったか」
「何やら留学する兄の付き添いに行っているらしい。それがなければ、あいつもここにいたんだろうなあ」
大谷と長岡は、同期の鷹司に「面白いものを姪っ子が研究している」と誘われ、九条英梨子の多連装ロケット砲研究を手伝っていた。その経験を買われて召集されたのは間違いないだろう。鷹司煕通も、九条道孝の付き添いでドイツに行っていなければ、一緒に朝鮮に出撃していたに違いなかった。
「政府が国会を作るって言ってたし、きっと憲法関係の何かなんだろう。それはそれで大事な仕事だ」
「うん。鷹司の分まで頑張って戦果を挙げてやろうじゃないか」
今回の相手は朝鮮の反乱軍。装備は旧式で、ろくな訓練もされていない──それこそが彼らの反乱した理由の1つだったのだが──数だけの烏合の衆である。景気よくふっ飛ばして、武勇伝の1つや2つくらい簡単に作れるだろうと、この時は考えていた。
やがて釜山に上陸した日本軍は漢城を目指して進撃する。史実よりも日清両国の対応がだいぶ早いため、略奪の興奮冷めやらぬ反乱軍の中には両国の部隊に対して攻撃を仕掛ける者たちもいた。そんな連中に応戦するため、日本軍は取り急ぎ十三年式十二連装噴進砲を一斉射する。
「なんだこれは……俺たちは何を見せられているんだ……?」
散開し、伏せて待機する大谷小隊の背後から、煙を引きながら大量のロケット弾が敵軍へと伸びていくところまでは予想ができていた。しかし、一般的な火砲では絶対に実現できない濃密な弾幕と爆風が死をまき散らす迫力は想像を絶していたし、一応退避しようとしていた敵軍が文字通り全滅していたのも衝撃的であった。
「……こうするつもりで作ったものだけど、本当にこうなるとは思っていなかったな……」
大谷とは違う場所に配置されていた長岡も、その圧倒的な火力に絶句する。今はこの火力が自分たちだけのものであるが、やがて他国も真似してくるはずだ。その時、自分たちが果たして生き残れるのか。大谷も長岡も、自信が持てなかった。
ところ変わって学習院。すっかり梨本宮菊麿がお気に入りになってしまった英梨子は、ほくほく顔で彼に話しかけに行った。
「殿下! 陸軍が良くやってくれましたね!」
「ああ、英梨子さん。朝鮮の反乱軍相手に圧勝だったとか」
いつになく機嫌のよさそうな英梨子をみて、菊麿も自然とうれしい気持ちになる。
「噴進砲の一斉射で鎧袖一触だったと聞いてます! 大院君もとっ捕まったし、いや~ちゃんと動いてくれてよかったよかった」
仮にも人が死んでいるのだが、英梨子はそんなことを気にも留めず、心底嬉しそうに自分の開発した兵器を誇った。
「私も最近、物を作るのって楽しいものだなと思うようになりましたが、作ったものが意図した通り動いてくれた時の喜びは格別ですよね」
「そうそう! やっぱり殿下は話を分かってくれるから、話しててとっても楽しいです!」
「……ところで、この前言ってた『地獄』ですけど、こうやってものすごい火力が飛び交って、たくさん人が死ぬことを言っていたのですか?」
ふと、菊麿が気になって英梨子に尋ねると、彼女は笑みを崩さないままふるふると首を振る。
「ううん。人がいっぱい死ぬのはその通りですけど、それは大火力が飛び交うからじゃないですよ」
「じゃあ、地獄とはいったい……?」
「それはね……たくさんの国同士が大戦争に参加することになるからだよ」
相変わらずにこやかな英梨子だが、その顔には暗い影が差したように菊麿には見えた。
「死ぬ人の数もそうだけど、あちこちの国で戦争をしていることこそが『地獄』だってことですか」
「そうなんです。日本単独では、ロシアには『負けないけど勝てない』でしょう? だから、ほかの国をこの戦争に巻き込んで、我が国とともに戦ってもらわないといけないのです」
「それはそうですね」
至極当たり前のことを言う英梨子に、菊麿は同意を示す。
「でも、ロシアにだって、普段から仲良くしている国はいますし、我が国と一緒に戦う国の中には、よその国から恨みを買っている国もきっといますよね」
「……そうか。ロシアと仲の良い国は、進んでロシアの味方をするし、我が国やその味方の国に恨みを持つ国が、ロシアに便乗して我が方と戦争を始める可能性もあるんだ」
「そうなんです。それこそが『地獄』の本質です」
そうして英梨子はふぅっと息を吐くと、悟ったように穏やかなほほえみをたたえながら、そっと菊麿の手を握った。
「でも、我が国単独でロシアと戦ったら、戦費ばかりが積み上がる地獄に、わが国だけが陥るのです。世界中を地獄に落とせば、我が国はそこから這い上がる可能性が出てきます。そういう意味では、私がこれから殿下を、そして陛下とその臣民をお連れするのは、『地獄』ではなく、『煉獄』と言った方が正しかったかもしれませんね」
「……ほかに、道があるといいんですけどね」
気休めの言葉を祈るように英梨子へ投げかけつつ、菊麿は力強く英梨子の手を握り返す。自分の決意が、少しでも英梨子に伝わることを願って。
何か英梨子と菊麿を登場させると、無限にイチャコラさせたくなりますね……
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