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【ドラマパート】九条英梨子の帝都転生

前回の話のドラマパートです。お楽しみいただければ幸いです。

なお、ドラマパートでは、RTAパートの時と描写が異なっている場面が発生する場合があります。これはゲーム側がシステム上の都合で描写を省略している部分があることの表現であるとご理解いただければ幸いです。

「いって……!」


 もうすぐ三歳になる九条英梨子は、転んだ拍子に顔面をしたたかに打ちつけ、声も出せないほどの激痛に襲われた。


「大丈夫ですかお嬢様!」


 女中が血相を変えて駆け寄ってくる。英梨子は藤原五摂家の一角である九条家の大切な長女なのだ。万が一があったら大変である。しかし、当の本人はそれどころではなかった。


「え……?」

「あの、お嬢様……?」

「……あ、うん! 大丈夫! 大丈夫だよ!」


 起き上がった英梨子の顔を女中が心配そうに覗き込む。別のことを考えていて反応がワンテンポ遅れた英梨子は、慌ててその場を取り繕った。


「びっくりしました……お願いですから、いきなり走り出さないでくださいね。立てますか?」

「はい、きをつけます……」


 そういうと英梨子は、女中から差し出された手を取って立ち上がった。



 

「やっぱり、ょぅι゛ょになってる……」


 その後、家──前世では田舎でしか見たことないような豪邸であった──に戻った英梨子は、姿見の前で体中をペタペタと触りながらつぶやく。


「確か()()は朝に勤怠付けたら6か月連続で残業が80時間超えてて、やばいなーってへらへらしながら仕事したんだよな。で、22時に退勤した後家に帰ってシャワー浴びたら急に頭がすごく痛くなって……」


 口に出しながら昨日──前世での命日─の行動を確認していくにつれ、英梨子は徐々に青ざめていき、やがて自身が過労の末に脳血管疾患で死亡した可能性に行き当たった。


「じゃあ今の状況は、死んで転生した……ってコト……?」


 あまりにも非科学的なことだが、時代も年齢も全くの別人に成り代わってしまった今の状況を総合すると、それが一番しっくりきてしまうのである。


「そっかー……死んじゃったかー……やっぱ過労死ライン突破が良くなかったかなー……」


 観念した英梨子は逆行転生した事実を受け入れ、調子に乗って過重労働を行った前世を悔いた。今頃上司は自分を過労死させた責任を取らされているのだろう。特に憾みなども抱いていなかったため、彼女は純粋に申し訳なさを感じた。


「でもまあ死んじゃったもんはしょうがないし、何より今は次の人生が始まっちゃったからね。ここは気持ちを切り替えて、これからどう生きていくかを考えないと」


 そう言うと英梨子は床に敷いてあった布団に飛び込み、仰向けに寝転がりながらこれからの戦略を練る。


(忘れたふりをして女中に今の年号を聞いたら、明治9年だって言ってた。西暦でいつになるかは今ぱっと出てこないけど、明治のはじめごろなのは確定。であれば、まずは日清戦争と日露戦争をどう乗り切るかが重要になる。史実通りどちらも勝てればいいけど、自分が知ってる通りの歴史になるとは限らないから、ここは積極的に歴史に介入した方が安心だよね)


 ゴロゴロと転がりながら、どのように歴史に介入しようか考える英梨子。よく手入れされているのか、素材が高級なのか、布団のふわふわとした感触が眠気を誘う。


(まず脚気対策は必須。それからピクリン酸系爆薬もできる限り前倒ししたい。機関銃陣地も対策しないといけないし、十分な海軍力を保持して旅順を放置できるように弩級戦艦も欲しい。うーん、やることが、やることが多い……)


 課題が山積みなのを確認した英梨子は、転がるのをやめて今度はうつぶせになった。顔面にふわふわの布団を当てて自分を落ち着かせながら、今自分にできることを探っていく。


(落ち着け、Coolになるんだ。まずは幼女でもできることから始めて、知恵が回ることを認めてもらおう。そうすればもっとでかい案件にも絡めるようになるはず。自分が表舞台に立てなくても、お父様や将来の結婚相手がこちらの意見を酌んで動いてくれれば結果は同じ。それならまずやるべきことは……)


 そのまま英梨子は最初の行動計画を立案しようとしたが、長時間酷使された幼女の脳が睡眠を要求しだしたため、ふわふわの布団にくるまりながら寝入ってしてしまうのだった。




 後日改めて計画を練り直した英梨子は、虎視眈々とそれを実行する機会をうかがっていた。


「ねえお父様」

「なんだい? 英梨子」

「明日は何の日か知ってる?」


 7月6日の朝食の席で、英梨子が父親の道孝に問いかける。


「ん……? ああ! そうだそうだ。7月7日は英梨子の誕生日だったね」

「もー、忘れないでよー」


 英梨子は幼女らしさを演出するため意図的に不満をぶつけたが、内心では(やっぱり、『世界で一番かわいい女の子の誕生日』とは言ってもらえないかあ)としょうもないことを考えていた。


「すまんすまん。……そうか、英梨子はもう3歳になるんだな」

「ええ。明日はいっぱいお祝いをしましょうね」


 道孝が感慨深そうに言うと、英梨子の生母で側室の野間幾子が嬉しそうに続ける。家の一切を取り仕切っている彼女は、どうやらすでにお祝いの準備を整えていたようだ。


「せっかくの誕生日だ。何か欲しいものはあるかい?」


 英梨子が待ち望んでいた言葉を道孝が言うと、3歳の幼女は内心の興奮を抑えながら自分の望みを告げる。


「私ね、お誕生日のお祝いは、鶏のつがいがいいと思うな」

「鶏かあ……」

「あら、私は卵が取れていいと思いますよ? 我が家のお庭は結構広いですし、家族や女中の癒しにもなるでしょうから、認めてあげてはどうですか?」


 道孝が渋い顔をすると、幾子が娘の側に立つ。英梨子が朝食の席で鶏をねだったのは、彼女が自分に味方してくれることを期待してのことだった。


「いや、買うことや飼うこと自体に問題ないんだが、その前に禽舎(きんしゃ)を作らなければいけないだろう」

「それなら角材と金網があれば何とでもなるんだけど……お母様、手伝ってくださいますか? 私も、えーと、釘とかなら打てると思うし……」


 できる限り愛らしく、英梨子は母親と通りがかった女中たちに助力を仰ぐ。


「ほらほら、英梨子もこう言ってますし、禽舎はこっちでなんとかしますから、ね?」

「ふーむ……そこまで言われたらしょうがないな。お誕生日のお祝いはつがいの鶏にしよう」

「やった! ありがとうお父様!」


 満面の笑みで感謝を示す英梨子。まずは第一関門を突破できた喜びが、彼女を満たしていた。




 その後、女中たちが作ってくれた禽舎──幼すぎてけがをするとよくないということで、残念ながら英梨子は禽舎づくりに参加させてもらえなかった──で、英梨子は誕生日プレゼントの鶏を飼い始める。周囲の心配をよそに英梨子は3歳児とは思えないほどしっかりと世話を行い、鶏の数も順調に増えていった。


「あっという間に半年たっちゃったなー。フィクションのっょぃょぅι゛ょがうらやましいよ。私も初手でナイロン作って大儲けしたかったー」


 鶏やひよこと戯れながら、英梨子は小屋の掃除し、エサを入れ替えていく。まだ鶏たちは雑穀と野菜くずで飼われており、白米などという高級品を口にしたことはない。


「っょぃと言えば、私が意識を取り戻すちょっと前に廃刀令が出ていたんだね。おかげで秋ごろに神風連の乱とか秋月の乱とかが発生してて、『士族の反乱って本当にあったんだ』ってびっくりしちゃった」


 少々ずれた反応ではあるが、マイナーなくせにテストではばっちり名前を書かされる事件が発生したことで、英梨子はようやく自分が激動の近代日本に居ることを実感できたことは間違いない。


「なんか速攻で鎮圧されててて、士族のおじさんたちはむしろょゎょゎのクソザコだったみたいだけど。せっかく少し前まで騎士階級を張ってたんだし、まとめて士官学校にでもぶち込んじゃえばよかったと思うんだけどなあ……」


 旧来の政治勢力をじわじわと締め上げ、あえて不満を溜めさせることで暴発させ、武力で根切にする。戦略級RTSでも有効な場合があるこの手法だが、それが現実に、ついこの前まで西日本で行われていたという事実は、最初の人生を平和な時代で過ごした英梨子にとって、少々刺激が強いものだった。


「……まあなんにせよ、この先戦争が始まったら、補給が滞って白米しか食ってない兵隊さん(にほんへ)達が脚気で次々と死んでいくわけでね。それを阻止するためにも、エイクマンの実験を先取りして、正しい脚気対策をみんなにわかってもらわないと」


 その後、年明けから最後にして最大の士族の反乱である西南戦争が始まったが、もはや英梨子はそれに何の関心も示さなかった。まもなく失われる命よりも、まだ助かる見込みのある命のほうが、彼女にとっては大事だったのである。

次回はゲーム視点だと思いますが、この調子ですとだんだんキャラクター視点がゲーム視点に追い付かなくなる気がしています。交互に連載するのが理想でしたが、キャラクター視点の話が多めになるかもしれません。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] RTA系の作品はRTA走者目線と主人公の周囲の目線の2つを組み合わせたものしか見たこと無かったから新鮮だ
[一言] ナイロンを作る幼女、、、曜子さんがそっちの世界にも!?
[一言] 森鴎外の出る幕なしですね。
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