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【ドラマパート】天皇の教育係

ドラマパートです。新年早々堅苦しい話をするおっさん二人……

 1880年1月1日。公家系であり、付き合いの多い九条家には、たくさんの客人が訪れている。とはいえ、数ある客人の中でも今年一番の大物と言えば、暗殺事件から生還した大久保利通だろう。


「改めまして、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 一応内密な話のため、書斎で道孝と大久保は一対一で向き合った。


「さて、先日道孝殿が参内なされた際、我々参議が岩倉殿から『立憲政体に関する意見書』を提出するように求められたことを陛下から話題にされましたな」

「そうですね。3年ほど前から国会開設のために憲法を作ろうとしているものの、試案が岩倉殿や伊藤殿に反対されることもあってなかなか決まらないことを心配しておられました」


 憲法取調局による日本国憲按は第三次草案まで作られたものの、以前述べた通りベルギー憲法の影響を受けていたため議会の権力が強すぎ、結局採択されることはなかったものである。


「でしょうなあ……我々も目の前の仕事に忙殺されていて、反対するばかりで自分から憲法草案を出すだけの時間が取れなかったのです。その意味では大木君には悪いことをしました……しかし、九条殿には、なにやらこの問題に対してご意見があるようですな」


 大木君とは大久保の元側近で参議の大木喬任のことで、日本国憲按の特に第三次草案は、彼が主導して作られていた。ただし、世間一般で国民が勝手に作っていた私擬憲法でも、議会の権力が強いものが多かったことから、憲法取調局が国民に忖度して憲法案を作成していた可能性がある。


「ええ……参議の皆様は重々承知だと思いますが、国民の啓蒙がいまだ十分ではないこの国の場合、民主化は漸進的に行わなければ国が乱れるでしょう。であれば、立憲君主制と言っても、君主の権力が強い憲法である方が運用しやすいと考えられます。ですので、その代表例として、ドイツ憲法を手本とするとよいのではないかと申し上げました」


 もともとは娘から勧められて始めたドイツ憲法の勉強であったが、道孝は内容を理解していくうちに、確かに今の日本に向いている内容であると感じるようになっていた。


「そういうことでしたか。伊藤君も何やらドイツ憲法がよさそうだといううわさを聞いて、興味を示しているのだが、勉強するための時間が取れないようでしてな……九条殿の最近の働きは、娘さんともども目を見張るものがあり、特に現在の懸念事項である憲法制定について自ら知見を深めつつあるのが大変ありがたい。これらを勘案し、私は宮内卿として新たに九条殿を一等侍補に任命したいのだが、いかがだろうか」

「なるほど、こちらが本題でしたか。この前徳大寺殿が一等侍補を辞任されたので、後任を探しておられたのですね」


 徳大寺実則は少し前まで宮内卿と一等侍補を兼任していたが、侍補内の意見として大久保に宮内卿を兼任を希望する声が強くなったため、徳大寺は1879年に宮内卿との兼任を解かれていた。ところが、大久保が天皇を政治に関与させようとするのに対し、徳大寺は天皇や侍補が政治にかかわることは避けるべきであると考えていたため、大久保の方針に反発して侍補もやめてしまったのである。


「九条殿が自らを研鑽し、我々が欲しい知識をちょうど蓄えつつあることも分かりましたし、陛下からの信頼も厚いので、これは適任だろうと思った次第です」

「なるほど……いえ、もともと陛下のお役に立つために始めた勉強です。正式に取り立てていただけるのでしたら、喜んでこの身を捧げましょう」


 戊辰戦争で東北征伐のみこしに担がれたり、過激な尊攘派のはきだめにされてしまった弾正台の責任者にされたりと、これまでの道孝は貧乏くじを引かされることが多かった。それに比べれば、最近付け焼刃で始めたとはいえ、純粋に天皇の、そして日本のためになる仕事ができることがとてもうれしかったのである。


「ありがとうございます。詳細についてはまた後日打ち合わせましょう。……ところで、先ほど少し申し上げたように、娘さんも何やら陸軍と一緒に頑張っておられるようですな」


 とりあえず本題が片付いたことで、大久保はクールダウンがてら英梨子の話題を出す。


「ええ。陸軍からどうしてもとお声がけがありまして、何やら噴進砲なるものを作っているようです。本当は陸軍士官をしている私の弟を介して干渉させるはずだったのですが、うまくいかなくてですね……」

「まあ、兵器開発は危険も多いですし、最初から幼い娘が作ったと知れたら、たかが子供のおもちゃと相手にされなかったでしょう。私も自分の娘が軍に出仕すると聞いたら、危険を理由に反対するでしょうね」


 ちなみにこの大久保、家族仲は非常に良好であり、特に末娘の芳子に対しては毎朝10分程度時間をとって戯れるなど、非常にかわいがっていた。


「私もそう思いまして、なぜ娘が必要なのだと問うたところ、人が足りないというので、『年端もいかない娘ですら働かせなければいけないほどなんですか?』と聞きました。すると、絞り出すように『そうです』と言うものですから、二の句が継げませんでしたよ」

「それは……あらゆる意味でいけませんなあ……」


 砲兵工廠の惨状に大久保が天を仰ぐ。現代の比ではない理系の人手不足を痛感した彼らは、教育も振興していかないと、殖産興業、ひいては富国強兵の足かせになることを改めて思い知ったのだった。


「とはいえ、向こうも無理を言っているのは百も承知でしたから、こちらの事情を最大限汲み取ってもらえて、安全に作業させているようです。それに、英梨子自身もそれはそれは楽しそうに砲兵工廠に行くものですから、そんなに本人が喜ぶのなら、そこまで気にすることでもないのかなと思うようになりました」

「脚気の予防法を解明し、軍医を説得し、兵器開発に従事し、さらには最近東京で設置され始めた電灯も娘さんの発明だとか。女子供だからと悪く言うものもちらほら見かけますが、みな実力で黙らされているのも痛快ですなあ」


 岩崎に権利を売った白熱電球は、電化された地域でガス灯の代わりに使われ始めている。同時期に外国で実用化された電球とほとんど性能が変わらないことを確かめた岩崎は、英梨子の技術力に驚愕し、電球の権利を安く買いたたいてしまったことを後ろめたく思っているようだ。


「そうなんですよ。とはいえ、ここまで突き抜けてしまうと、嫁にもらってくれる男がいるのかと不安になっております。自分が正しいと思っているなら、だれが相手でも食って掛かってしまいますし」

「なるほど。あれほどの才能が後世に受け継がれないのは確かに惜しいですな……」


 この時代の女子教育は「賢い母の指導によって賢い子供を育てさせる」という目的があったため、この時代の人間である大久保らの関心も、そのような方向に向いてしまうのは仕方がないことだろう。


「下手に矯正して才能をつぶしたら、陸軍から国賊とののしられかねませんし、何とか英梨子を快く迎え入れてくれる家がないか、今のうちから探しているところなのです」

「なるほど、賢すぎる女性は嫁の貰い手に困るという問題もあるんですなあ……うちの娘もどう育つのやら……」


 理系人材の不足から、娘の将来の心配へと、話はどんどんと逸れていく。なんだかんだ言って、皆、自分の娘がかわいいのだった。

※徳大寺実則の辞任

これ、徳大寺が自分から辞めたって書き方されているところと、侍補の権勢をそぐために政府に辞めさせられた書きかたされているところがあるのですが、どっちが真相なんでしょうね?


※弾正台

司法省の前身の1つ。今でいう検察のような役割の部署とおもわれる。弾正台の長を弾正尹といい、道孝はこれを務めていた時期があった。


少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。また、感想をいただけますの、執筆の励みになりますので、こちらもぜひ何かしら書き残していっていただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ここまで一気読みしての感想ですが 最初のドラマパートで、ゲームでやってる内容と実際に過去に転生している主人公という視点になって、人の運命をゲームのように操作している神がいて行動を操作している…
[良い点]  最新話、拝読させて頂きました。  大久保利通の娘のお話が少し出てきましたが、このご家庭、次男は昭和天皇の重臣・牧野伸顕でその娘の夫が戦後の内閣総理大臣・吉田茂(利通にとって義理の孫)、…
[一言] 堅苦しい話から娘へと脱線してくおっさんは可愛い。古事記にもそう書かれている
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