【ドラマパート】陸軍出仕RTA
ドラマパートです。明治なのにすっごくホワイトな労働条件ですが、彼らにも良心というものは存在しますということで……
父と一緒に英梨子が砲兵本廠に出向くと、提理の関迪教と技官の有坂成章、そして手紙をくれた鷹司煕通が出迎えてくれる。
「砲兵本廠提理の関大佐です」
「砲兵本廠技官の有坂です」
「九条道孝です。本日はどのような用件で……?」
事情がよくわかっていない道孝が関に尋ねた。
「実は娘の英梨子さんの件でして……」
「煕通叔父様達が売り込んだロケット砲を、私が開発したのがばれたってところでしょうか?」
「まあ……おおむね……」
英梨子が割り込むと、煕通が気まずそうに答える。立ち話でする話題ではないので、会議室で続きを話すことになった。
「改めて申し上げますと、娘さんに砲兵本廠で働いていただけないか、というお話でございます」
五摂家当主と話すプレッシャーなのか、それとも幼女を雇用しようとするうしろめたさからなのか、緊張した様子で関が切り出す。
「娘には危ないことをしてほしくないんですが……」
「お父様の気持ちはわかりますけど……私はぜひやらせていただきたいです」
業務内容に火薬の開発・調合があることを見抜き、道孝は渋ったが、英梨子は好意的な反応を示した。
「おっしゃりたいことは百も承知です。しかし、娘さんはまさに神童であり、どこで学ばれたのかわかりませんが、ここで働くのに十分な知識と能力を持っていらっしゃる」
「最初は鷹司殿の同期である大迫殿から、噴進砲用の火薬と、長射程多連装噴進砲の提案を受けました。ですが、士官学校生活の片手間に作ったにしては完成度が高く、試行錯誤をした形跡が見られなかったのです。それで、彼らに指導した人がいるのではないかと調査したところ、外出許可が出たときに九条殿の家に行っていることがわかり、英梨子さんにたどり着いたということです」
関が食い下がると、有坂が英梨子にたどり着いたことの成り行きを説明する。
「特にやましいことをしているつもりはなかったので、特段警戒はしておりませんでした。結果的に兄上にご迷惑をおかけすることになってしまい、申し訳ありません」
別にスパイ行為をしているとか、政府を転覆する計画を練っているとか、そういう反社会的なことをしているわけではなかったので、鷹司たちはごく普通に九条邸に通い、英梨子とロケット砲の研究に明け暮れていたのであった。
「叔父さんが謝る必要はないですよ。むしろ名義を貸していただいていた私が謝るべきです」
「んー……まあ、それはいったん置いておこう。それで、関殿と有坂殿は、年端もいかぬ娘をお国のために奉公させたいというのですか? 砲兵本廠は、そこまで人手に困っていると?」
道孝は話がそれていくのをもとに戻し、なぜ英梨子を砲兵本廠に招きたいのか問いただす。
「残念ながら『そうです』と言わざるを得ません。砲兵本廠は設定されている各役職に任命するための人員すら事欠いており、能力さえあれば誰でも招き入れたい状態なのです」
例えば、この時の砲兵本廠には第一課、第二課、第三課の3つの課があったが、課長が任命されているのは第二課だけで、第一課長と第三課長の座は空席になっていた。
「この過塩素酸カリウムでゴムとマグネシウム粉末を燃やす新型火薬は、単に適当に混ぜ合わせたらできたものではないと鷹司殿からうかがっています。酸素供給量と入手性のバランスを考えて過塩素酸カリウムを酸化剤とし、燃焼温度を上げつつ燃焼を安定させる閃光粉と一緒に、成形性と燃焼ガスの内容を考えて天然ゴムで固めるという判断は、化学を理解していないとできない設計です。単なる化学実験好きの子供ではなく、大人と同じように理論的に考えて物を作ることができる方だと考えられます」
「あ、ありがとう、ございます……えへへ……」
有坂にべた褒めされたため、英梨子は顔を真っ赤にしながらお礼を言う。
「我が国の力は欧米列強に比べてあまりに弱く、数々の不平等条約を結ばされているのが現状です。また、隣国の清とは琉球の帰属をめぐって緊張関係が続いていますので、早急に富国強兵を推進し、強い国づくりを行う必要があります」
「そのために、6歳の娘の力が必要だということですね?」
「恥を忍んで言わせていただければ、そのとおりです」
関がそう言って有坂と一緒に頭を下げると、道孝は腕を組んでしばらく考え込んだ。会議室の中を静寂が支配する中、英梨子は心配そうに道孝の顔を見つめている。
「……わかりました。そこまでおっしゃるなら、娘を砲兵本廠に出仕させましょう」
「すみません、ありがとうございます……」
道孝が英梨子の出仕を認めると、関は絞り出すようにお礼を言った。
「火薬の調合や試作品の操作など、危険な作業は原則として娘さん以外の職員に行わせることを徹底します。絶対に後に残るようなけがはさせません」
「ええ、そこは本当に気を付けてください。たとえ頭が大人であっても、体は年齢相応ですからね」
有坂が英梨子にけがをさせないように気を付ける旨を伝えると、道孝が念押しする。
「もちろんです」
「あの、申し訳ないのですが、私、今年から学習院にも通っているんですね。砲兵本廠との二足の草鞋となると、体力的に出仕が難しい日もあるかと思いますので、そういう時は休ませていただけると嬉しいのですが……」
「そうですね。英梨子さんには作業者ではなく指導者としての役割を期待していますので、来れるときに方針をまとめて指示していただければ、毎日学校帰りに来ていただく必要まではないかと思います」
「すみません、よろしくお願いします……」
幼女の体力で、放課後に研究開発を行うのは限界があると訴えたところ、欠勤することがあっさり認められたため、英梨子は申し訳なさそうに礼を言った。
「それでは、手続きをしてから、私と鷹司殿と英梨子殿の三人で状況を確認して、今日は解散ということでよろしいでしょうか」
「有坂君、それは打ち合わせの間道孝殿が暇になってしまうではないか?」
「いえいえ、いいですよ関殿。今の私は正式な官職をいただいてなくて暇ですので」
「は、はあ……」
最後に気まずい空気になったものの、英梨子は念願の防衛産業にかかわる夢に向かって、その第一歩を踏み出す。彼女による兵器開発がどれだけ日本の歴史を変えるのか、この時点では誰にもわからなかった。
※砲兵本廠
この年の終盤にはよく知られた「東京砲兵工廠」に改名される
※提理
取りまとめる立場の人のこと。この場合はほぼ工廠長と言い換えられる。
※第一課長と第三課長の座は空席
後に第一課長の席については無事に埋まったようである
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