【ドラマパート】民権運動
投稿速度が遅くてすみません。憲法に関する話をしていた部分のドラマパートです。
「大久保さんが宮内卿と内務卿を兼任するって新聞に書いてあったけど、過労で倒れたりしないかしら……」
1月上旬、英梨子は道孝のもとに新聞を持ってきて心配そうに言った。
「うーむ、私も少々無茶をするなあと思っているところではあるんだ。ただでさえ内務卿の所管する内務省は、内政全般を統括する幅広い分野の業務を行っているからなあ」
「内政全般って、どのくらい?」
いまいち内務省というものがぴんと来ていない英梨子は、かわいらしく小首をかしげなら道孝に質問する。
「内政に関係する省庁というと、国の財政をつかさどる大蔵省、法律をつかさどる司法省、教育や学術をつかさどる文部省の3つがある。内務省は、この3省の所管でないもの全てをつかさどるところなんだ」
「えーと、じゃあ、例えば鉄道行政は?」
「内務省だね」
「ほかには……警察は?」
「それも内務省だね」
「もしかして……産業振興とかも」
「内務省だね」
「ひぇっ……」
あまりの所掌の広さに、英梨子は権力の大きさよりも業務量の多さに目が行ってしまい、小さく悲鳴を上げた。
「だから英梨子の心配はもっともだし、私もこの前見舞いに行ったとき、ご無理はなさらぬよう申し上げたんだが……」
「これ本人は無理だと思ってない可能性高いんじゃない?」
頭を抱える道孝にたいし、前世でもそういう人いっぱい見たなあと思いながら英梨子はバッサリと斬った。
「その可能性も、まあ、ある……のか?」
「あるいは必要に迫られてなのか……どうしてここまで無理をするのか、大久保さんから何か聞いてます?」
「まあ……陛下がご親政をなさるための準備、じゃないかと私はにらんでいるよ」
そろそろ幼女を取り繕うのが難しくなった英梨子が丁寧語を使い始めると、難しい顔をしながら道孝が答える。
「宮内卿との兼任が、ご親政の準備になるんですか?」
「宮内省は宮中の一切を取り仕切っているだろう? つまり宮内卿は陛下と直接ご意見をやり取りできる役職なんだ。一方、さっき言ったとおり内務省は内政のほとんどを受け持っているから、内務卿には国内の情報が大体集まる」
「……? ああ! 陛下に正確な国内事情を伝えながら、ご意見を伺い、さらにほかの大臣に対して陛下のご意向を伝えることができるんですね」
理解した英梨子は思わず手をたたいた。
「そういうことだ。それに、宮内省を自分の影響下に収められるということは、侍補を自分の影響下に収められるということでもある」
「侍補?」
そんな役職あったっけな? と英梨子は首をかしげる。
「陛下を補佐・指導し、御親政を行うための君徳を養わせる役職だ。まだ置かれてから2年も経ってないんじゃないかな」
「各省の大臣とは違うんですか?」
「大臣は実際に官僚を指揮して政治を担う役職だ。それに対して侍補はあくまで天皇陛下の教育係であり、補佐役でしかない。自分たちで直接政府を動かすことはしないんだ」
「とりあえず、陛下専用の政治顧問団だと思っておけばいいんですね。お父様と似たような立場と」
「向こうのほうが正式に役職として任命されている分、ずっと政治力は強いぞ。陛下と距離的に近しい分、その御判断に干渉する力がある、という意味では似てるとは思うが……」
「なるほどなるほど」
実際にその時代に暮らしてみないと、歴史の細かいところはわからないものだなと、英梨子は感心しきりだった。
「というわけで、大久保殿は侍補と連携しながら……少々乱暴な言い方をすると、天皇陛下を鍛え上げつつ、少しずつ政府に対する陛下の影響力を拡大していきたい。そのために、ほかの省への影響力が大きい内務卿を兼任しながら、宮内卿にも就任するという無茶をしたんじゃないかと思う」
「問題は、その意図を自由民権運動家が汲み取れるかってところですけど……」
「あれは駄目だろうな……」
道孝はバッサリと切り捨てる。
「まあ信じられない気持ちもわかりますけどね」
「自分たちのもとへ権力を手繰り寄せたいだけの者が大半だろうしな。少し調べれば、大久保さんが公明正大で、好き好んで自己に権力を集中させるような方ではないことぐらいわかるだろうに……」
少なくとも大久保は、自身の海外経験も踏まえて、これからの日本は「君民共治」政体でなければいけないと思っていた。民衆が封建的な政体に慣れ切っていた江戸時代ならいざ知らず、国民を啓蒙し、民度を向上させていっているこれからの時代は、古典的な絶対君主政体の枠にとどまってはいけないと考えていたのである。
「まあ、とりあえず議会設立に向けて動いてますよってアピール……宣伝して、活動家たちを落ち着かせた方がいいとは思います」
「まあな。下手に力で押さえつけると、余計話がこじれるし、穏便に済ませた方がいいのは間違いないだろう」
「そうなるとあれですか。まずは憲法の制定ですかね」
国会が立法機関である以上、その内容を縛る憲法がなければ無秩序な議会が出来上がり、事実上意味をなさない。つまり憲法の制定作業をしているのなら、それは国会を設立するための準備とみなせるのだ。
「憲法か……2年と少し前に、我が国のための憲法制定に向けた取り組みを元老院で始めたと聞いているが、岩倉さんや伊藤さんがどうもその中身に納得してないようでな……」
「どこが気に入らないんでしょうか」
「議会の権限が強すぎて、陛下をないがしろにしているように見えるらしい」
「……? 元老院は、憲法の策定にあたってどこかほかの国の憲法を参考にしたりしていますか?」
知識の中にある大日本帝国憲法と違うため、英梨子は教科書通りドイツ憲法を参考にしているのか確認する。
「フランスとかベルギーの物を参考にしているらしいぞ」
「あら、そっち……? ドイツではないんですか?」
「ドイツか……そういえば、ドイツ憲法を参考にすべきだと考えている人々がいるとは聞いているな。外務省のほうだったか?」
「そうなんですか」
確かに、史実の大日本帝国憲法発布はもう少し後のことであるし、今くらいの時期なら史実で没になった案を検討しているのもおかしくないだろう、と英梨子は理解した。
「最近では陛下も憲法を学びたいとの意向を示されている。私も勉強しておいた方がいいのだろうか……」
「そうですね。何なら陛下と一緒に勉強するのも面白いかもしれませんよ?」
「それはさすがに恐れ多いだろ……」
前世での天皇に対する心構えと同じノリで発言した英梨子に、そうとは知らない道孝は思わず呆れてしまう。
「おっとすみません。であれば、先回りして陛下に教えられるように勉強するのがいいかと思います。さしあたっては、ドイツ憲法を重点的に研究するのが良いかと」
「その心は?」
「少なくとも、フランスやベルギーの憲法は、我が国の状況に合わないと考える方が政府内にいるのでしょう? だったら消去法でもう片方のドイツ憲法しかないかなと」
史実と同じ方向に誘導し、あわよくば父を勝ち馬に乗らせるため、英梨子はドイツ憲法について勉強してみることを進める。
「まあ、確かにそうだな。今から始めれば、この先陛下にいろいろ聞かれてもきちんと答えられるようになるかもしれん。ありがとうな、英梨子」
「私こそ、こういう込み入った話はなかなかする機会がありませんから、楽しいです」
成人の精神を持つ英梨子にとって、外見通りの扱いをされることは精神的な疲労が大きい。高学歴にありがちな「頭を使うことそのものが楽しい」人間である英梨子は、父と「大人の話」をするこの時間を愛していた。
「……ほんと、おまえが男に生まれていればなあ……」
そんな賢い娘を前に、道孝はこの時代にありがちな一言を言ってため息をつく。時代背景を理解している英梨子は、むしろそれを誇りに思うのだった
少しでも面白いと思っていただけたり、本作を応援したいと思っていただけましたら、評価(★★★★★)とブックマークをよろしくお願いします。後、何かしら感想書いていただけると執筆の励みになりますので、気軽に書き残していってください。