83.“おねえさん”と流星群
「やりよう?」
「単純だよ?」
単純というか、本当になんでもないことのよう。
でもちょっとのんびりしすぎじゃないか? 隕石がそこまで来てるんだから、もうちょっと焦るというか急ごうよ。
「じゃあここで問題」
『チャーラン♪』
その気はないらしい。知ってた。
行動に移せばすぐになんとでもできるってことか?
まぁおねえさんはいいとして、メロまで余裕なのはちゃんと解決策見えてんだろうな?
「実は小さなチリも含めれば、年間何千何万の隕石が地球へやってくると言われています。なのに地球は今日も平和です」
「どこがだよ」
「ではなぜ、あの隕石に限っては落ちてくるとマズいのでしょーか?」
『チッチッチッチッ』
「あ、制限時間あるんや」
制限時間どころかなんの時間なんだよ! ムダな時間だ! さっさと終わらせてやる!
「そんなのサイズが違いすぎるからだろ!」
『ファイナルアンサー?』
「あたりまえだ!」
メンドくさいヤツがズイッと肩を寄せてくる。
『金のメロちゃん人形使うか?』
「勝手にしろ!」
ズズイッと肩を以下略。近いんだよ。
「それより正解はどうなんだよ!」
『ドンドコドコドコ』
「そういうのいいから!」
「正解!」
おねえさんがVサインを立てる。
「ま、そういうワケで。方法は一つだよね?」
「小さくする?」
「そのとおり」
『ビンボンビンボーン! ビビビビビ!!』
「うるさいな。どこのクイズ番組だよ」
『ビィーッ!!』
「メロちゃん緊張で壊れたんか?」
『そんな元々は壊れてないみたいな』
「自分で言うのか」
いや、ワザとなのは分かるけどさ。僕の緊張をほぐそうって思いやりだろうけどさ。
強いていうならやり方のセンスが壊れてるんだよ。
「あのね、いい? だからね。今からあの隕石を細かくしに行きます。なんなら戦艦もぶっ壊す」
おねえさんすらちょっと引いてる。
「ただアレだね。適当にやって地上に被害出てもヤだからさ。宇宙まで運んでから爆! する必要があるよね」
「サラッとスケールがデカいな」
でもようやく話がまとまった。普通なら難易度とかいうレベルの話じゃないけど、今の僕らならやれそうだ。
「さぁて、第二ラウンドおっ始めるかぁ。おー、空もイイ紫色で」
『マジックアワーというヤツだな』
腰に手を当て、仁王立ちで空を見上げるおねえさん。
すでに人が逃げてるから悲鳴はないけど、結構エグい距離まで隕石が来てる。
コレを宇宙までってのも、なかなかキツい距離だなぁ。
ていうかそもそも。
「おねえさん」
「んー?」
「飛び方を教えてよ。僕らまだジャンプしかできないんだ。宇宙に行くにはちょっと」
「あー、そうねー」
おねえさんは振り返らず軽い調子。能天気かよ。
「じゃあちょっと耳貸して。飛び方教えたげる」
「なんでだよ。普通に話しゃいいじゃんか」
でも逆らうとまた長くなる。メンドくさいから耳を寄せると、
急に顔を両手で挟まれて。
おねえさんの顔が迫ってきて。
唇に、熱い唇が重ねられた。
「んんっ!?」
息つく暇もなく、もっと熱い舌が入ってきて。
ああもう何をされてるのか分からない……
「んまっ!」
イチコの詰まった悲鳴が聞こえる。でもなんだか、とても遠くに聞こえる。
時間にすれば10秒しなかったとは思う。だけど時間感覚が溶かされたような、長い数秒間。
ようやくおねえさんの唇が離れた。
「な、な、え、え?」
「落ち着いて、男の子。覚えてないと思うけど、初めて会った日の。沖縄行きの飛行機から落ちた時の人工呼吸。アレと一緒。ノーカン」
「う、うん?」
「だからイチコちゃんも安心して? 他意はないの」
カラカラ笑うおねえさん。イチコはボーゼンとして返事もできない。固まりすぎてメロに背中を叩かれている。具合悪いテレビか。
おねえさんは僕へ視線を戻す。その顔は少し寂しげ。
「そう、人工呼吸なの」
「な、何が」
「『いつ、どうやって男の子に私の細胞が入ったのか』。それを考えたら、人工呼吸くらいしかないの。ソレが唯一の粘膜接触だから」
『なるほど。私にソラコの細胞が入っていたのも、そのハバトケントとキスしたからか』
「えっ?」
更なるカミングアウトにイチコの頭が追い付いてない。でもフォローしてる場合じゃない。おねえさんから目が離せない。
彼女は優しく笑った。
「だから今、返してもらいました」
「え? 待って? それじゃあ」
「もう男の子は私みたいな力使えないよ。でも大丈夫。もう変なトラブルに見舞われたりもしない」
「待ってよ! そんなことされたら僕!」
返事はない。そっぽを向かれてしまう。
「さぁてメロ。君にはもう少し付き合ってもらおう。エスパークがやらかしてくれたことだかんね」
『世界に人の心の光を見みせなけりゃならんからな』
「おねえさん!!」
大声でようやく、おねえさんは振り返る。
「どうしたの?」
「なんでそんなことしたんだ!」
返ってくるのは呆れた顔。
「や、こんな危ない作業、子どもは留守番に決まってるでしょ。何? 血の気が多いの?」
「違うけどさ!」
たしかにやらないで済むならそれに越したことはない。
けど、そこじゃないんだ。
「おねえさんだって!」
喉がヒクッと引きつる。ダメだ、泣きそうになってきた。
「おねえさんだって本当は戦いたくないんだろ!? そう言ってたじゃないか! なのにどうして! 僕だけ降りさせて、自分は戦おうとするんだ!?」
「……」
「僕にも力があったのに! 任せてくれたらよかったのに! そしたらおねえさんはもう戦わなくてよかったのに!」
「男の子」
「今までずっと守ってくれた分! 今度は僕が力になれたのに!!」
やっぱり涙腺は保たなかった。
泣きじゃくる僕におねえさんは。
まっすぐ向き合って、しゃがんで目線の高さを近づけ、頬へそっと触れてきた。
「どうしてだろうね?」
「おねえさ……」
「分かんないや。でもね? 一つだけたしかなこと、思ったんだ」
温かい手。温かい目。
「『おねえさん』だぞ? 少年少女を……や、違うな」
温かい声。
「私は仲空子として。健斗くんや一子ちゃんを。『守りたいな』って思ったの」
そっと手が頬から離れる。
「それだけ。それだけなんだよ」
引いたんじゃない。おねえさんが少しずつ浮き上がってるんだ。
「おねえさん!」
「ケントくん。空の飛び方を教えてあげよう」
隕石へ吸い込まれるように。こっちを向いたまま、少しずつおねえさんが遠くなっていく。
なんだかさっきのやり取りのせいか、永遠に離れていく気がする。
これが最後みたいな気がする。
「『自分は飛べる』。ソレを知ってたら、飛ぼうと思うだけで飛べるんだよ。何事もそう。自由に、大きく、どこまでも」
「おねえさん!」
彼女は軽く微笑むと、くるりと向きを変えてしまう。そのままメロと一緒に、一気に飛び去ろうと。
「おねえさん!」
必死に叫ぶ。もう聞こえてないかもしれないけど。
「もちろん、戻ってくるよね!?」
返事はない。
それでも目いっぱいの気持ちを。
「また、会えるよね!?」
すると、おねえさんは体ごと振り返って
僕に渾身のウインクを飛ばした。
「イイ子にしてたら、オトナになった頃にでも、ね?」
そこからはもう、返事を待たずに。
二人は一瞬で飛び去ってしまった。
「ケンちゃん」
イチコが僕の袖をつかむ。
「ごめん、今だけは、何も言えない」
「ううん、アタシも」
短く尽きた会話のあいだにも。
「あっ!」
イチコが指差す先。隕石がぐんぐん小さくなっていく。
「がんばれ」
反射的にこぼれた言葉。
「がんばれっ!!」
心から言い直した時には、隕石はもう遥か彼方に見えなくなっていて。
「あっ!」
「おねえさん!? メロ!?」
太陽が沈んだ暗い空に、一瞬何かが光ると
「ケンちゃんケンちゃん!」
「コレって」
消えたあたりを中心に、何筋も何筋も。
シューッと紫色の空を引っ掻いていく、
「流星群?」
「たしかに予報やと今夜やて言うてたけど、コレは違うんちゃう?」
「うん、まぁそうだよな。でも」
『次の流星群もさ、一緒に観に行こうよ』
『行けたら、いいね』
「そういうことじゃないんだよなぁ。おねえさん」
「きれー」
やっぱり、少年少女の要望には応えてくれるのが“おねえさん”らしい。
でもちょっとズレてるのがあの人のクオリティ。
「この具合だと、また会えるってのも怪しい感じだな」
「そうなん?」
イチコはすっかり流星群に夢中で、声は少しヌケている。
「うん。だから」
僕も目に焼き付けることにした。何ヶ国語でも『こんにちは』を言う彼女の、ひとまずの別れのあいさつだから。
「僕から会いにいくよ。いつか、飛べるようになったら」
僕の言葉が聞こえていたのかは分からない。
でも、
やっぱりおねえさんとメロは帰ってこなかった。




