82.“おねえさん”と衝撃の事実
やがておねえさんは羽のようにゆっくり降りてきた。
「キア・オラ。男の子」
「おねえさん」
何度目か、だけど今回は至近距離で。はっきり彼女は笑った。
「メロも」
『久しぶりだな。迎えに来ないかと思っていたぞ』
「もう少し東京を満喫したいかな? と思って」
『ぬかせ』
「男の子も一緒にいたいよねぇ?」
「あっ、うん」
急に僕へ話題を振られて。目が合って少しびっくりした。
一ヶ月も会ってないワケじゃないのに、なんだかとても懐かしい。少し泣きそうだ。話題を逸らそう。
「それよりおねえさん、明らかに飛んでたよね?」
『そうだぞ。私たちにも同じ細胞が入っているはずなのに、明らかに性能が違うじゃないか。詐欺だ詐欺。訴訟してやる』
「そりゃ仕方ないよ。本来適応するには時間がかかるモノだもの。そのうえ二人とも調整も訓練もしてないじゃん? 私と同じようにできると思っちゃいけない。それより」
おねえさんの目が少し細まる。なんだろう、喜んでいるワケじゃなさそうだけど、すごい悲しんでることもなさそうな。イマイチ感情の読めない表情。
「結局、男の子も適応したんだね」
「うん。どうやって細胞が入ったのかは分からないけど」
おねえさんは頭を掻いた。
「いやー、男の子が剣道でスゴいメン打っちゃったって騒いでた時、もしや!? と思ったんだけどさ。でも銀行強盗に何もできなかったらしいから、溶けて消えるパターン期待したんだけどね」
「あー」
いつだったか、おねえさんの胸で泣いた日。あの時の断片的な言葉はそれだったのか。
「じゃあ僕を沖縄に拉致って身体検査とか言ってたのは」
『メンヘラみたいに髪の毛を拾ってきたのも』
「確かめる必要があるのかな、って。あとメロは言い方に気を付けようか?」
『だってマジでキモかったんだもん』
あざとく童女ぶって許されようとするメロ。たしかに見た目は中学生だけど、実年齢とかエスパーク人比じゃどうなんだよ。
『というか、剣道の時点でもしや、とは。逆にそこまでは気付いていなかったのか』
と思えば、急にいつもの無表情へ戻る。地球へ採掘に来た資源より、オマエの表情筋の方がよっぽど貴重じゃなかろうか。
「えっ? ってことは、メロはもっとまえから知ってたのか?」
表情筋絶滅危惧種は小さく頷く。
『まえからも何も、最初からだ。だからキサマを拉致したんだろうが』
「え? は? え? じゃあ、あの時博士の家を襲った目的って? 博士の研究サンプルって?」
『オマエだよオマエ。誰があんなよく分からん瓶詰め欲しいんだ』
「ウソだろ……」
『ウソなワケあるかいワレェ。せやなかったらなんでヤギ頭が魔界からパクりに来よるねん顔が好みやて売春でもするんかいなどないやねんアホォ』
「まえから思ってたけど、その翻訳機どうなってるんだよ」
「ヤクザもどっかの研究機関にパシらされてたんだろうねぇ」
そんなバカな。何かと巻き込まれるとは思ってたけど、僕狙いだったのか。
「そうか。イチコとか巻き込んじゃうのも、多少はオレのせいじゃなかったんだな」
「全部じゃね? 引っ越し先で『それにしても男の子、トラブルに巻き込まれるよねー』ってオオドリイに話したらさ。アイツ『やはり君の細胞が生きているのではないか? アレには神出鬼没の悪魔と少しでも遭遇しやすいよう、トラブル因子が入っているからな』とかヌカしやがって」
「なんてことしてくれてんだ100均のアインシュタイン!」
「バツとしてジャンクショップのアインシュタインに整形しといた」
「暇なことしてんな!」
『そんな暇あったら私を迎えに来い!』
しかもなんだよトラブル因子って。必死に偉人の細胞かき集めといて、急にファジーな素材入れるなよ。ホラーミステリで怪異の正体が未知のウイルスだったみたいなガッカリ感だよ!
戦闘とは違う要素で疲労感を感じていると、
「ケンちゃ〜ん!!」
「イチコ! 無事だったか!」
瞬間、メロに頭を叩かれた。
「いてっ。何すんだよ」
『オマエ自分が置き去りにしといて「無事だったか」はないだろ』
「う」
ぐうの音も出ない正論。困った僕へ助け舟のように、おねえさんが割って入る。
「ま、そういうワケでさ。冬休みになったらみんなでオオドリイ〆に……」
もう完全に戦いは一件落着。会話もここらで一区切り。
としようとした時だった。
急に暗い影がかかる。
「なんだ? 曇りか?」
でも、空には雲一つない。どころか
「あれ? もしかしてコレって?」
影は僕らのいるあたりを中心に、流れていくのではなく同心円状に広がっていく。
ついさっき見たような感じだ。
「なぁ。アレって」
『あぁ』
「隕石?」
「だね」
「えっ? えっ? 姻戚? 誰と誰が?」
『都知事が』
「あぁ、引責なぁ」
「くだらないこと言ってんな」
軽くツッコむと、メロは食いしばった歯を剥き出しにする。
『言いたくもなるさ』
「まぁたしかに。隕石なんて落ちてきたらな。普通はヤバいことだよ」
「男の子が落ち着いてるところ悪いけど」
不意におねえさんの声が滑り込んでくる。僕なんかよりよっぽど冷静そうだ。
ただ、普通は落ち着いてる声の方が安心するけど。この人に限ってソレは、むしろ不気味な気がする要素だ。
「さっきみたいに海へ不法投棄ってのはムリだからね、アレ」
「えっ!?」
あくまで冷ややかな調子のおねえさん。それがかえって絶望的な現実を諭されているような気がする。
「さっきの戦艦とは比べものにならないサイズだし。下手なところに投げたら津波が起きて大変なことになっちゃう」
「じゃあさっきみたいに北極海まで!」
『いや、難しいな』
メロまでそんなことを。
『私自身忘れていたが、ハバトケント。先ほどの戦艦が出てきた時、エスパーク地球侵攻艦隊について少し話したな?』
「あぁ、たしか旗艦がどうとか」
『他には』
「他?」
他って何かあったっけ? 時間がかかりそうな僕の代わりに、イチコがおずおず答える。
「現存する二隻の?」
『そう。それだ』
マズい。もう普通の人の目でも何か降ってきてると分かる距離だ。
急ぎたい状況だけど、あくまで彼女は淡々としている。
『その片割れであるレラッファーレ。ソイツが隕石を押している』
「なんだって!?」
『間の悪い来客ではなく、またも我々の仕業ということだ。すまんな』
「いや、別にメロを責めたりしないけどさ」
「それやと何があかんの?」
イチコの疑問はもっとも。誰の仕業とかより、そこが一番の問題だ。
「私がぶん投げてもエンジン万全な戦艦がついてたら。下手に持ち直そうと動かれる可能性がね」
『それで着弾地点がズラされたら、どこへ津波が押し寄せるか分からんということだ。アラスカにも人はいる』
思ったより状況はデリケートみたいだ。
「じゃあどうするんだよ! だからってアレがそのまま落ちてきたら!」
『京都御所には建て物があるんだろう?』
「皇居が東京ですらなくなってる!」
「ちゅうことは東京がなくなっとる!?」
僕らの慌てように対して、それでもおねえさんは落ち着いている。
でも今度のは冷たいとか心折れてるとかじゃなくて。
「まぁ落ち着きなさいな少年少女。なんとでもやりようはある」




