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70.希望の選択

 中天まで上がった魔界の太陽らしき光。私とルチーアは屋根の上で手足を投げ出し、ただただそれを眺めていた。

 昨日の出来事以来、二人ともあらゆる気力を失ってしまった。たぶん「死体を見るだけで苦しいから」と悪魔医師を埋めた時。一緒に葬ってしまったのかもしれない。


「ねえさんが元気なのって」


 ルチーアが呟く。私に話しかけてるのか独り言か。どうにも判別がつかないボリュームしてる。


「あんだよ」

「アタシらと違って、細胞一つ一つから悪魔入ってっから。だからビョーキならなかったんすね」

「ごめんね。私だけ」

「や、私は『よかった』って思ってるんすよ。きっとみんなそう思ってますよ」


 お互いチラッとも相手の方を見ない。その方ができる会話ってある。


「本当に? ぶっちゃけ私のせいでみんなこんな地獄に来たんだよ? 私がいなけりゃ、アンタらみたいな小娘が生物兵器にされるなんてなかったのになぁ」

「言われてみりゃそっすね」


 深く息を吸う音がする。


「でもなんだろうなぁ。恨むなんて発想なかったっすねぇ」

「鈍感か?」

「誰かが戦わなきゃ、私らみたいなのがいなきゃ『実を言うと、人類はもうだめです』案件だったワケで」

「めっちゃ割り切るじゃん。オトナかよ」

「そんなんじゃないっすよ。女の子は誰でも一回くらい、セーラー戦士になってみたいもんっす」

「全員ジュピター強制な」

「亜美ちゃん……」


『気は優しくて力持ち』だから仕方ない。

 にしても。お互いジョークで心の底から笑っても、乾いた声しか出ないのがどうにも。


「ま、そういうワケで。実はみんな、心の()()()でうれしかったんすよ。で、恨みに思うにはちょっと、地獄が来んの遅すぎたっすね」

「そんなもんなのね」

「あとは、なんだろ。やっぱりねえさんの細胞移植されてますから? 女子的に『カラダが一つになった人好き好き♡』みたいな?」

「それは人によるでしょ」


 笑うラテン系。オマエは本当にいいヤツだよ。みんないいヤツだったよ。

 私なんかって言ったらアレだけど、彼女たちが生き残るべきだった。

 この子が生き残るべきだ。


「ねぇルチーア」

「なんすか?」



「もう逃げちゃいなよ」



「はぁ?」


 思いっきり「何言ってんだコイツ?」って返事された。


「ここにいたら、アンタも病気になっちゃうよ」

「あー」

「こんな前線、どうせ誰も確認できない。敵前逃亡とかバレやしないよ」

「それはそうかもしんないっすけど」


 彼女は一拍置いた。聞くべきか迷うことがある感じ。聞いても好感触な返事が来なさそうと思ってる感じ。

 でも聞かなきゃいけないから一呼吸だけ空けた感じ。


「ねえさんは?」


 それ聞いちゃうかぁ。聞かれるとは思ってたけど。


「私は平気だからさ、残るよ」

「残って何するんすか」


 驚いたり声を荒げたりせず、少し低い声で詰めてくるルチーア。彼女はこういう時の方が怖い。


「まさか一人で戦争続けるとでも? こんなクッソ無益な、武器商人の延命治療みたいなモンを?」

「いやいや、そこまでガッツ残ってないけどさ。せめてまだ生きてる子たちを置いていけないじゃん。最後まで誰か寄り添ってあげないと。看取ってあげないと。でなきゃ、それこそ恨まれるし。そうだ、フェーゲラインの子たちも埋めてあげなきゃ」

「そんで最果ての地で墓守にでもなるつもりっすか? ジークハルトじゃあるまいに」

「でもセーラージュピターだし?」


 シビレを切らして起き上がったのはルチーアの方。私の顔を覗き込む。


「ダメっす。それでねえさん置いてったら、私の方がみんなに恨まれる。ブランシュもシャンゼリゼに入れてくれなくなりますよ」

「シャンゼリゼはヴァルハラかなんかかよ」

「や、ブランシュはただ、いつか平和になったら。そしたらみんなをシャンゼ(故郷)リゼに呼びたかっただけっすよ。案内して、遊んで。改めて戦争がない世界の友だちになって、分かち合いたかったんだって。そん時に『ソフィー置いてったあなたにその資格はないわ』とか言われちゃう」

「そこまで薄情じゃないでしょ」

「とにかく」


 彼女は立ち上がると、私の腕をつかんで引っ張り起こす。今度は両手で私の頬を挟んで、ムリヤリ正面から向かい合わせる。


「ねえさんが残るなら私も残るし。私を行かせるならねえさんにも来てもらいます」


 ルチーアとしては彼女なりに、精いっぱい正しい倫理観を発揮しているんだろう。私のことだけじゃなくて、散っていったみんなの総意を背負ってもいるんだろう。

 でも。

 血の味がした。

 どこから出てるのか分からないけど。



「……選べっていうの? 私に、アンタの命とまだ必死に生きている子たちの命を」



 彼女は答えなかった。それは返せる言葉がなかったからじゃない。その証拠に、目は逸らされず少しも泳がない。

 ただ冷静に、全ては選べないと伝えているような。それでいてただ一つだけ、全てを汲み取る選択があると訴えているような。

 対する私は


「ちょっとだけ、時間をちょうだいよ。そんなの、すぐにはムリ」


 選べなかった。

 一番腕力があっても、悪魔の超能力があっても、病気にならなくても。

 精神は一番幼かったのかもしれない。

 だから。



 選べない、不甲斐ない私の代わりに。

 みんなが選ばせた。






「聞こえてたみたいっすね。みんな地獄耳だから」


 とりあえずみんなの容態を確認しようと、病院代わりの家に入ったら。



『フェーゲラインの子たちを埋葬しに行きます』



 テーブルの上に置き手紙一つ。誰もいなかった。

 私が何か言うまえに、状況を頭に染み込ませるまえに、


「追いかけないでやってください」


 ルチーアは静かに、答えだけを示した。


「帰ってこないですよ。絶対」



 その声は震えていたから。もしかしたら私より震えていたから。


 私たちは泣き崩れてしまうまえに、これまでの旅路を引き返すことにした。

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