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54.スポーツテストとかいう受験と春休み明けの新一年生がめっちゃ不利なヤツ

 うすうす、うすうす勘づいてはいた。けどその手前で踏みとどまっていた。

 それを明言されてしまった。


 これが嘘でないのなら。

 私の体はそれだけのよく分からないもので

 それだけのよく分からない連中に

 それだけのよく分からない方法で


 完全に別物へ、汚されてしまったことになる。


 そんな話を聞いたからには、そんな体になったからには。



 もうどこにも帰れはしないことになる。



「しかし、それではまだ完成とほど遠い」


 オオドリイはボーゼンとしてる私を置いて、話を進める体勢に入っている。説明するって話だったクセに、もう聞き手のことが頭に入ってないな。自分が語るのに夢中。


「おっと」


 カルテに向けられた視線が腕へスライドする。そこにはまぁ、なんて味気ない腕時計なんだろうね。研究員って給料安いって聞くよね。いや、海外はいいんだっけ?


「悪いが時間だ。説明は追い追いしようじゃないか」

「そう」


 椅子から立つオオドリイ。

 薄給なのにスケジュールは忙しいらしい。本当、大変な職業だね。やりたくないや、まったく。ま、私も超絶ブラックと言われる教員志望()()()けどさ。

 哀れな背中に一声かける。(いたわ)りの言葉なんかじゃない。


「で、私、本当に帰れないんですか?」


 それは『最後に一縷(いちる)の望みを』とかでもなく。

 むしろダメ押しをもらって希望を殺し尽くすような、投げやりな誘い水。


「諦めてくれ。君のためでもある」

「はいはい」


 返ってきたのは、期待どおりの欲しくなかった言葉。

 もう不貞寝するしかないじゃん。頭から掛け布団被ると、



「何をしているんだ。君も来るんだぞ」

「はぁ?」



 落ち着く時間をくれる気はないらしい。






「今度は何? どこ向かってるんかな?」

「なぁに、ちょっとした測定だ」


 廊下ですれ違うのは白衣、白衣、白衣。対する自分は患者衣で、小樽で行った病院のとは違ってるのに今更気づく。


 でもそれ以上に。

 周りを見ればアングロ・サクソン、アフリカ系、アジア系、たぶんヒスパニック、エトセトラ。表札やインフォメーションの文字も全部英語。窓から見える景色も『子鹿物語』でよく見たような森林。

 タレントやセットで再現できる規模じゃなさそう。

 半信半疑だったけど割とマジでバージニア州? だっけ? なのかも。


「Hello, Ash. You seem to be in an unusually good mood today because you have a princess」

「Stop kidding」

“あらアッシュ。アナタいつになくゴキゲンじゃない。お姫さまなんか連れちゃって”

“ぬかせ”


 道ゆくグラマー相手に英語を操る、一歩先を行くオオドリイ。

 テキトーに訳すとこんな感じか。アッシュってたぶんアストだからだな。

 そう思うと同時に。


「ねぇ。もしかしてここ日本語」

「ほぼ通じないぞ。日本人はオレだけだし、少なくとも君担当のチームで実用に耐えるレベルの者はいない。せいぜい『Kamehame-Ha!!』が通じる程度だ」

「マジかよ」

「だから主任でもないオレが相手をさせられとるんだ」


 振り向かないから顔は見えないけど、迷惑そうな響きはない。特別それがうれしいとか安心とか、そういうのもないけど。


「むしろ下っ端だからやらされてるんじゃないんかい」

「我々は研究者だぞ。誰だって可能なら自分で直接情報を聞きたい」

「へぇ」

「せっかく偏差値が高いんだ。話しかけられたら英語でがんばれ」


 ちょっと大きめの両開きドアを押すオオドリイ。

 おいおい、通訳してくれよ。会話が食い違って困るのはアンタらの方だぞ。研究結果に影響出るぞ。

 一応目線で訴えてみるけど、そもそもコイツこっち向いてないんだった。


「入ってくれ」

「お邪魔しまーす」


 室内は病室よりうんと広い。内装の雑感、


「会員制フィットネスクラブ?」

「研究所の人間以外は来ない、という意味では間違っていないな」

「ちょいちょいちょい。私アンタらの会員じゃないんだわ」

「分かっている。だから月々の経費は取らない」

「当たりまえじゃ」


 ルームランナー、バイク、ベンチプレス、名前知らない引っ張るヤツ、名前知らない左右から顔の前でガッチャンするヤツ、エトセトラ。


「おーすげー! 学校のとは大違いだわ」


 この充実度。さっきまで落ち込んでたけど、これはちょっとテンション上がる。

 特に筋トレに凝ってなくても、大規模なトレーニングルームには興奮する心理。体育会系の部活してた人なら分かってくれると思う。我ながら()()()()()()

 ただ、ダンベルも細かくいっぱい、設備は充実してるけど。


「利用者全然いないじゃん。アンメーリケン! ならマッチョの1ダースくらい常駐してるもんじゃないの?」

「そんな名前の国は知らんが、普段ならアイスホッケーチームくらいはいる。だが今日は空けてもらっているんだよ。君が使うから」

「VIPじゃん」

「というよりは他チームに情報漏洩したくないのだ」

「仲良くしろよな」


 とりあえずテキトーに、自販機前の休憩用ベンチへ腰を下ろす。オオドリイはというと、ダンベルとか細かい備品が置いてある棚の方へ。

 うーん、やはりマッチョの庭。いかにアメリカの自販機といえど、コーラとスプライトが肩身を狭くしている。謎のプロテインドリンクが支配したる国。

 全国大会ガチ私立とかはこんなのあったりするのかな? 道内でそこそこ空手強い程度の公立な私には分からない。


「で、ここに敵が五体いるのー?」

「いったいなんの話だ」


 次々と棚を開けるオオドリイ。あの様子だと普段利用してないんだろうな。ま、あのヒョロヒョロじゃね?


「あぁ、あったあった」


 ややあって彼が持ってきたのは、


「握力計?」

「うむ」


 独り言へ律儀に頷くオオドリイ。


「先ほども説明したとおり、君は最高の『適合体』としてご足労願っている」

「ムリヤリな」

「だがそれはまだ理論上の話。それと君が寝ているあいだに行なった検査での数値上の話だ。実際にはどうなのか、それを今からテストしなければならない」


 あー最悪だな。せっかくフィットネスで(まぎ)れてた気分が一気に引き戻される。


「さ、思いっきりやってくれたまえ」

「そんなウェルカムドリンクみたいな」


 言われるがままにやってみる。これでも拳握る競技、握力には自信ある。ま、引退してちょっと空いてるけど。

 どれだけ衰えたかな、衰えていてほしいな。そんな気分で握り込むと、


「あ」

「ん?」

「なんか今メキッて。待って、ヤな音したヤな音した。ヤバい」

「かまわんよ。見せてみなさい」


 恐る恐る指を開くと、

 そこには持ち手が哀れにひしゃげた握力計。


「壊しちゃった。ごめんなさい」

「いや、想定の範囲内だ。むしろ欲しかった結果ですらある」

「は?」


 想定の範囲内? それはちょっとオカシクない?

 や、超人的な細胞ドウタラは聞いたけどさ。でも、


「あの、ちょっと待って」

「手、ケガしてないか?」

「してない、ありがとう。じゃなくて」

「いやしかし、我々の仮説どおり、いや、以上だ。施術から丸一日だけでこれほどの成果を見せるとは」

「え? 丸一日?」


 待って。心電図取りにいってから一日経ってんの? あ、でも日本からアメリカに行こうと思ったら移動だけで時間かかるし。

 じゃあ今何日?


 や、それは今どうでもいい。

 私が引っかかってるのは。


 だけどこの男は取り合わない。



「では次だ。重量挙げにしよう。そうだな、まずは軽く、250キロからいってみるかね?」



 研究者のクセに肝心なことにゃ答えない。

 そんなんだから下っ端なんだと思う。

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