37.イチコとタイムリミット
カウンターに片足を踏み込むソイツは、そのまま拳銃を下ろす。
銃口が目の前にいる中年へ突き付けられる。
「おいオッサン。テメェ、あんだけ言ったのにシャッター下ろしやがったな?」
「ひ、ひ!」
「ぶっ殺されてぇかっ!!」
「ヒイイイィぃぃぃぃ!!」
あまりの剣幕と悲鳴にイチコが僕の腕の中で縮こまる。僕も反射的に何も見せないよう抱き寄せて顔を覆うが、
「チッ!」
「ぅげっ!」
中年は蹴飛ばされてカウンターの向こうに見えなくなった。とりあえず恐れていたことにはならなかったらしい。
でもそれで状況が改善したわけじゃない。
「アレだろ? こういうのってシャッター下ろしたら同時に通報されるシステムなんだろ?」
男はカウンターの上にあがって、中央へ向かって歩く。
「なぁ!?」
「はっ、はい! そうですぅ!!」
途中にある衝立を蹴飛ばし、隣の窓口の女性に銃を突き付ける。恐怖で涙を流す女性。ちくしょう、ムチャクチャやりやがって。
怒りが湧くけど僕にはどうすることもできない。当然どんどんマズくなっていくのを止めることもできない。
男は大声を張り上げる。
「まぁいいかぁ! おい! 奥にいる連中も、ここにいる客どもも! 全員頭の後ろで手ぇ組んで、カウンターの内側、オレの見える範囲に集まりやがれ! 早くしろ!」
言い終わるかどうかくらいのタイミングで天井へ向けて二発。阿鼻叫喚になる暇もない。
「け、ケンちゃん」
イチコが僕のシャツを握り締める。だけど僕には一緒にいることしかできない。
「大丈夫。おとなしくしてれば何もされないはずだ。従おう」
こうして僕ら二人カウンターへ向かう客の列に並んだところで、男の声が頭に響く。
「ケッ! シャッターなんか下ろして、閉じ込めやがってよぉ!」
怒りに満ちた声だけど、ひと呼吸入れたあとは少し楽しそうに震えていた。
「だったらお望みどおり、全員人質に立て籠ってやんよ……!」
その場にいた全員一人残らずカウンターの内側で団子状態になると、男は次の指示を飛ばし始める。
「おい! そこの女!」
「ひっ!?」
向く時いちいち銃口向けるのやめろよ。
でもある意味じゃスキなんだろうな。意識が一つ一つ目の前のことにしか向いてないっていう。
もし僕がもっとオトナで力があったら、背後から飛びかかって捕まえることができるかもしれないのに。……本当にそうするだけの勇気があるかは。
男がオモチャみたいに拳銃を振る。そんな意図はないだろうけど、僕の小っぽけさを煽られてるみたいだ。
「職員数えろ! これで全員か!?」
「あっ、えっと」
女性の目が泳ぐ。誰でも逆らわず即座に言うこと聞きそうな場面で。
目の前に意識が集中しているせいか、男は見逃さなかった。
「まだ誰か残ってんだな!? おぉ!?」
「ひぃっ!」
「どこだ! 教えやがれ! まだ奥に誰か残ってやがんのか!? それとも便所か!? 外回りか!?」
「そそそ、それはっ!」
「さっさと言えや!」
女性も答えるつもりだろうさ。オマエが拳銃突き付けるからどもるんだよ!
さっきみたいに無意識の目線で探れたらいいんだろうけど、女性は恐怖で目を瞑ってる。顔自体も男が鷲掴みにしてるから、どうしようもない。
だけど張本人が気付くワケもなくて。
業を煮やした男は天井に向けて発砲する。
「やぁっ!!」
イチコが悲鳴を上げた。
男から目が離せない。でも怖いから直視できない。そんな感じで中途半端に状況が頭に入ってたから、女性が撃たれたと思ったんだろう。
そのまま一気に恐怖が溢れてしまう。
「嫌ぁ! もう嫌やぁ! ケンちゃん助けて! なんとかして! お家帰らして!!」
「お、おい!」
僕の胸へ掻きむしるように縋り付くイチコ。彼女だって小学生だ。よくここまでガマンしたと思う。
でもやっぱり今はマズい! 男はすごくイライラしている。騒いだり変に目立つのは絶対にマズい!
当然、
「おい! ルセェぞガキィッ!!」
男の矛先がこちらへ。拳銃握り締め、大股でこちらへやってくる。
「あんまりガタガタ騒ぐんなら、見せしめにしてやろうか!? おぉ!?」
あと一歩で僕らの横まで、というところで歩くのとは違う足の上げ方。
マズい!
咄嗟に背中を向けてイチコを庇おうとしたが、
「ぅぐっ!!」
鋭い痛みとともに体が跳ね飛ばされる。庇うはずがむしろ、イチコを下敷きに床へ叩き付けられた。
でもそこから動いてやる余裕がない! 痛い! 苦しい! 蹴られたところがジンジン熱い! 右の肺が空っぽになってマヒしたみたいだ!
「ぐっ、くっ」
「ぁやぁ」
イチコのか細い声が聞こえる。僕がのしかかって苦しいのか、後頭部でも打ってしまったのか。
「あぐっ!」
「うっ!」
確認もどいてやる暇もないまま、男の足が僕の背中を踏み付ける。容赦ない圧力と同時に、威圧感ある声が降ってくる。
「オラァ! 隠れてねぇでさっさと出てこいや! でねぇとテメェらの銀行、ガキを見殺しにしたって毎年特番になるぜ!!」
天井に向けて一発。
何発、あと何発弾が入ってるんだ。僕らを撃つ時には都合よくなくなってないかな。そしたら誰かコイツを取り押さえてくれないかな。
「オラァ! 女ぁ!」
「はいっ!」
さっきまで拳銃突き付けられてた女性の声がする。
「オメェが最後の一人呼んでこい! 一分だ! 一分経ったらガキを一人殺す! 二分経ったらもう一人、三分経ったらテメェを追いかけて殺す!」
「ひぃ!」
「さっさと行け!」
女性が慌てて走る音がする。ムチャクチャ言いやがって! ここまで来て隠れてるようなヤツが、一分で出てくるワケないだろ! 誰だって命が惜しいよ!
「ケンちゃん」
イチコの声は意識がはっきりしてなさそうだ。やっぱり頭を打ったのかもしれない。
「大丈夫。一分は無理でも、二分なら間に合うよ。イチコは助かる。大丈夫」
気休めみたいに囁くしかない。冷静に考えたら『僕は助からない』って自分で自分に確認してるんだけど、意外に取り乱さない。イチコをなんとかしなきゃ、っていう思いがそうさせるのかも。もちろん踏ん付けられて余裕がないのもあるけどさ。
そんな唯一の救いかもしれないマヒすらかき乱すかのように。高らかな男の声が。
「一分だぞー! もう一分になるぞー! オラオラ、ガキが死ぬぞー? オメェらが殺すんだぞー? じゅーう、きゅーう」
ふざけんな! 殺すのはオマエだろうが! クソみたいな責任転嫁してんじゃねぇよ!
声にも出ない、せめてもの毒づき。それを念仏みたいに唱えて心の支えに、ギュッと目を閉じていると、
「あっ」
強盗の男でもない、誰ともない呟きが聞こえた。
なんだろう? 思わず目を開けると、みんなの視線が一箇所に集まっているみたいだ。
僕も釣られてそっちへ目をやると
「金庫室か。チッ、あの女」
奥まったところにあるドアが、少しだけ開いていた。




