16.ヤクザと人質交換
パイプ椅子か何かに座らされ、縄か何かで縛り付けられる。そこでようやく目隠しが外された。
視界に広がるのはコンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋。それとやっぱり人相の悪い三人組。
他にあるのは職員室で先生が使ってるような机と椅子のみ。時計も窓もない。
「はい。はい。えぇ、指定の廃ビルに着きました。えぇ、地下室です、はい」
最初に話しかけてきた金髪は誰かと電話しているようだ。
廃ビルってマジかよ。どこの廃ビルだよ。今時そんなの、コインパーキングにされずに残ってるのかよ。
よくサスペンスなんかで誘拐された人が
『到着までに何分かかったから、監禁場所はこの範囲内』
『途中どっちに何回曲ったのかを感じ取っていたから、こういうルートで到着できる』
とか割り出すことがあるけど、僕には全然無理だった。
そもそも頭真っ白で思い付きすらしなかった。この状況下、今更でも思い付けただけ自分を褒めていいとすら思う。
褒めたところで何も好転する要素はないけど。
「ったくよぉ」
通話は終わったらしい。金髪が通話を終える。
「なんだってよ、オヤっさん以外の命令なんか聞かなきゃなんねーのよ」
「そのオヤっさんが協力してやれってんですから、仕方ねっスよ」
「ちっ」
組長って、コイツらヤクザか! うすうす気付いてたけど!!
ってことはアレか。僕だけ拐われてイチコはいない理由が分かった。
コイツら、僕が警察官僚の息子だから誘拐したんだ。
おおかた捕まってる若頭の釈放とか、そういう要求を通すため人質にしたんだろう。
一応人身売買とか臓器売買ではないらしいことは、せめてもの安心材料だろうか。いや、僕と若頭の交換はある意味人身売買ではあるけど。
「ようボウズ」
金髪が不意に話しかけてきた。手持ち無沙汰なんだろう。
「むぐっ」
「あーあー、猿ぐつわしてっから、ムリに受け答えはしなくていい。その方がオレらも楽だからよ」
金髪は机に備え付けてあった椅子を引っ張ってくると、こちらに背もたれを向けて座った。そして背もたれの上に腕を組み、アゴを乗せる。
「にしてもよボウズ。オマエ何者なんだ?」
なんだコイツ? 僕がどういう人間か分かってなくて拐ったのか?
「ワケ分かんねぇとっから『捕まえてこいって頼まれた』『依頼した連中がどういうヤツかは教えられん』って、なんだソレ? 今時そんな、ショッカーじゃあるめぇし。オヤっさんもホイホイ言うこと聞くたぁ、なんだ? 政府関係のなんかとかか?」
金髪が軽く前後に揺れると、椅子がキィキィ軋む。
どういうことだ? 話を聞くかぎり、僕を誘拐させた黒幕はヤクザの筋じゃないのか?
となると、『人質交換』予想が外れるし、これから何が起こるのか分からなくなる。
つまり安心材料が揺らぐわけで。嫌な汗が右目の横を通る。
「あぁ、答えなくていい答えなくていい。その口じゃ答えられねーだろうし、オレだって変なこと聞いて口封じとかされたかねぇ」
僕の緊張を、図星突かれたとかのリアクションだと受け取ったらしい。金髪は大袈裟に手を振る。
コイツらは何も知らされてないし口封じもされるしで、結構な下っ端みたいだ。疑問と並行していらない情報が増える。
「ま、そのうちお迎えが来るから、ソイツらとうまくやれよな。無事祈ってるわ」
明らかに親切心ではなく軽口だ。
しかしその言葉が通用するくらいには、知らないなりに(ヤクザ目線で)怖いワケでもない相手ということか。はたまた皮肉を言いたくなるくらいにヤバい連中なのか。
まったく判断がつかないのをいいことに、脳内では拷問器具を取り揃えたレザー覆面の巨漢がポップアップのパンプアップ。
と、妄想をかき消してくれるように、金髪のスマホがポコポコ着信音を鳴らした。彼は椅子から立ち上がり、僕からちょっと離れた位置で通話に応じる。
「はい。ミナミです。……えぇ? いいんスか? いや、こっちは構わねぇっスけど。はい」
と、最初は普通に会話していた金髪だが、
「ん? どうかしました?」
唐突に雰囲気が変わる。そしてそのまま、少しずつ声が大きくなり、体は会話へ集中するようやや前傾へ。
「おい! どうした!? なんだ! 何がどう」
なぜか混乱しはじめた彼の声を遮るように、
『うわあああああああ!!!!』
スピーカーホンでもないだろうに、男性の断末魔と『ジュラシックパーク』で聞いたような破壊音が響き渡る。
「おい、おい! チッ!」
金髪はイラ立ち混じりにスマホをしまう。
「例の連中ですか。いったい何が?」
暇そうだったのが一転慌てる角刈りたち。
「おう。なんかよく分からんが面倒なことになってるらしい。通話も切れちまった」
金髪は取り巻きの方を見ず、僕へ顔を向けた。焦りと恐怖が入り混じった目をしている。そのままこちらへ速歩き。
「どうやらオレらの動きを妨害しようってヤツがいるらしい。で、ソイツがこっちへ向かってやがるから、さっさとガキ連れて逃げろ、と。ただ」
金髪が尻の辺りの右ポケットに手を突っ込む。
「人一人運ぶのも時間かかるからな」
取り出したのは、
「どうやらガキは一部分あればいいらしい」
細かい種類は分からないが、銀の光をギラリと放つ、とにかくナイフだ。
「むぐっ!?」
マズい! マズいマズいマズい!
まだ具体的なことは脳が追い付いてないけど、本能の方で理解してしまっている。
「安心しな。映画でやるような『指詰めろ』ってのは、『小指詰めるとドス握る時力が出ねぇ』っつうオレらの世界でこその慣習よ。ボウズみてぇなのには必要ねぇよ」
それは僕も剣道してるから知ってる。でも今はそんなことどうだっていい!
逃げようと体に力を込めるも、パイプ椅子がガタガタギィギィ軋むだけで数センチ位置をずらすことしかできない。
ダメだ! 縛られてるんだった!
そのあいだにも金髪は、感情がない声で目の前まで歩み寄る。
「だからよ。なくても困らねぇ耳にしといてやる」
「むーっ!!」
右手にナイフを握った彼は、左手を僕の右耳に伸ばす。