断捨離
遊園地に行った翌週、彼女が見ていたテレビは『物を捨てたら生活にゆとりができました!』などという胡散臭い番組だった。
「断捨離をしましょう!」
「は?」
すぐに影響を受けるのは彼女の悪い癖だと思う。しかしやる気に満ち満ちた目をされてはダメとも言えず、仕方なしに許可を下ろした。
昼食を食べ終え片付けに取り掛かった彼女を横目に俺は本を読み始める。
「黎人さん、知ってましたか?」
「んあ?」
「断捨離をする際のポイントは、迷う物は即捨てることだそうです」
彼女はそう言いながら意気揚々とクローゼットを開けた。意外にもクローゼットの中はこざっぱりしており、これ以上何を片付けるつもりなのかと思わず口にしたくなる。
「ふむ、この服はいらない、こっちの服はいる…」
しかし彼女の中では何かしらの基準があるらしく、徐々に仕分けがされてゆく。そんな中気になったのは、明らかにガラクタで溢れている段ボールに手をつけないことだ。
「その段ボールは仕分けしないのか?」
「え? あぁ、全部いります」
「いやいや、明らかにいらない物ばかりだろ」
彼女はムッとした顔で「いいですか?」と段ボールの中身を取り出した。中には半額シールの貼られた弁当の包み紙もある。
「…いや、どう考えてもゴミ!」
「いいえ。これは黎人さんと私が出会った時の思い出のお弁当です」
「弁当? あー、そういえば行き倒れてたお前にあげたような…」
あれは確か一年程前の冬、仕事帰りに滑り込みで半額シール付きの弁当を手に入れた日のこと。上着も着ずにマンション前の冷たいコンクリートへと横たわっている彼女に声をかけたのが始まりだった。
「美味しかったです」
「こっちはお前が死んでるかと思ってヒヤヒヤしてたっつーのに、盛大に腹の虫を鳴らしてたもんなぁ」
「まぁ、あの寒空の下で家も職も追い出されてましたから死にかけてましたけどね」
彼女はそう言って苦笑いをする。
「でも、黎人さんだって今にも死にそうな顔してましたよ」
「そうか?」
「文字通り社畜な上に、生活自体が崩壊していましたから」
確かに生活自体が崩壊していたかもしれない。週の半分終電ギリギリまで働くのは当たり前。ゴミを2週間以上溜めることもしばしばで、食器類は埃を被っていた。休日は泥のように眠るだけで終わり、今のように本を読むこともなかった。
「まあ、あのままだったら近いうちに死んでたかも」
「人という字は人と人が支え合ってできるなんて言いますけど、死にかけ2人が出会っても案外、生きながらえるものですねぇ」
「ふっ、さぞかし歪な文字になってるだろうけどな」
これが書写ならやり直しを食らうだろう。彼女は笑いながら段ボールの中身を床に並べてゆく。
「これは黎人が買ってくれたけどその日のうちに壊した傘です。こっちは…」
「一向に終わりが見えないんだが?」
「うーん、今日はこの辺で終わりにしましょうか」
今日出たゴミはゴミ袋は一つ分。多いのか少ないのかはわからないが、彼女は満足そうに笑っていた。
「じゃあ、ご飯にしましょう!」
「はいはい」
作るのはこっちなのに、彼女は遠慮なくそう言う。さて、今夜は何を作ろうか?
ちなみに彼女の断捨離ブームは3日持たなかった。熱しやすく冷めやすい人選手権があったら日本代表になれる気がする。なんて彼女に言ったら怒られるだろうか?