遊園地
「俺、幽霊が視えるんだ」
「なるほど」
悩みに悩んで打ち明けた言葉はあっさりと流された。
「私は、未来が視えます」
「……」
彼女の台詞が嘘だとは思えない。だがこのタイミングで切り出されると揶揄われているような気分になる。お互いに口を閉ざしてテレビを眺めた。
「……夕ご飯にしましょうか」
沈黙を破ったのは彼女の方だった。
朝は目覚ましよりも大きな彼女の声に起こされる。
「休日くらいゆっくり寝たいんだけど……」
彼女に愚痴をこぼすと「ダメです。休日こそ早起きしてください」と怒られた。仕方がなく布団から体を起こすと、炊飯器から米が炊ける音が聞こえた。
「ほら、速く着替えてお茶淹れてください」
「ハイハイ」
昨日俺が作った味噌汁を温め直しながらそう指示する彼女はとっくに着替えていた。
お茶を淹れる頃にはご飯が盛られ、豪華とは言えないがそこそこ華やかな食卓が広がっていた。ぎゅぅぅぅ…と彼女の腹の虫が鳴き、思わず笑ってしまう。
「笑ってないで席に着いてくださいっ」
「ハイハイ」
彼女のためにも素早く席に着く。
「「いただきます」」
2人揃って朝食を食べる。これは彼女と同棲する上で1番初めに決まったルールだ。
「今日は遊園地に行きたいです」
「遊園地? 子供じゃあるまいし」
「行きましょーよー。ねぇねぇ」
ちらりと外を見るとなんとも言えない曇り空が広がっていた。どう見ても寒そうだ。
「せめて真冬じゃなくて暖かくなってからにしようぜ」
「今日じゃダメですか?」
「ダメです」
「……そう、ですか……」
食い下がって来るかと思ったが、案外あっさりと身を引いた。しかしあからさまにシュンと落ち込む姿を見ていると、なんとも言えない罪悪感が湧いてくる。
「……ダメ…ですよね……」
……。
「わかった、わかった。行こう」
「!」
俺が折れると彼女はパァっと顔を輝かせた。かわいいかよ。
やっぱり寒い。一月の寒さは寒さを通り越して痛い。
「遊園地っ、ゆーえんちぃ」
「……元気だな」
「遊園地ですよ遊園地。黎人さんもはしゃぎましょう? こういう場所ははしゃいだもの勝ちです」
だからと言って下手く…個性的な歌を歌い散らかすのはいかがなものか。ぐるりと周囲を見渡すと沢山のカップルや家族、学生達が揃いも揃って浮かれていた。俺のように顔をしかめている人はどこにもいない。
「ほらほら、がうがう君ですよ」
すっぽりと耳付きの帽子を頭にかぶせられた。
「お揃いです」
「いつの間にっ」
「さっき買ってきました」
彼女の帽子は確かに自分のものと同じだったが、身につける人によって全く別物に見えるのは何故だろう。
「ジェットコースターから乗りましょう!」
「おい、走るなって」
彼女は俺の手を引っ張り掛け出した。
50分待ちという表記に呆れつつ、長い長い行列へ並ぶ。前の男の人が白い顔をして俯いているのは、おそらく苦手なジェットコースターに無理矢理連れてこられたからだろう。ご愁傷様である。
「もっと前に詰めてください」
「いや、並んでるじゃん」
「1人分の空間が空いてますけど?」
「へ?」
彼女に指摘をされもう一度前を向くと先程の男性の姿がなかった。あぁ、幽霊だったのか…。
「あー、うん。視えてたみたい」
「視えてた?」
「なんでもない」
彼女の言葉は思いの外ショックだった。あの話は彼女にとって忘れる程度の事。ただそれだけなのに。
長い待ち時間を経てようやく順番が回ってきた。安全ベルトやバーが厳重に確認されてゆくものの、いつも若干緩く感じる気がするのは気のせいだろうか。
「それでは皆さまご一緒にー、せーのっ」
「「「レッツゴー!!」」」
キャストのお姉さんに続いて隣で元気よく声を上げる彼女を見ながら、俺は宙ぶらりんの足を少し揺らす。やはり安全バーが緩い気がする。
「……た、多分、大丈夫なハズ…」
「ひゃぁっ、寒いっ」
屋外のジェットコースターだから当たり前と言えば当たり前だが、真冬の風に吹かれれば身が震える。そんな気持ち等とは裏腹に、カタカタと大きな音を立ててジェットコースターは登っていく。
「わぁ、綺麗な景色ですね」
彼女は頂上付近でそう言った。
「何を呑気なこ……」
一瞬ピタリとジェットコースターが止まり、叫ぶ間も無く一気に降っていった。風を切る轟音の中、後ろから「ヘルプ、マーミー!!!」とだけハッキリと聞こえる。可哀想に……。
「あー、楽しかったです!」
「それは何より」
一応言っておくが絶叫系が苦手なわけではない。ただ安全面が不安なだけで。そんな事を考えている俺とは裏腹に彼女はキラキラした目でパンフレットを眺めている。
「次は、あ、ティーカップにしましょう!」
「あぁ、ティーカップなら…」
小さな子でも楽しめるのだから間違いなく安全だろう。
「ーーーーーーー!!!???」
彼女がハンドルを握るティーカップは目が回るとかそんな生優しいものではなかった。まず荷物が吹き飛ばされそうになり、体が背もたれへと押し付けられ、首がもげそうになる。カップから吹き飛ばされないように辛うじてヘリにつかまっている状態だ。
「フッ、フッ、フッ、フッ……」
職人技の如く規則正しい呼吸音でハンドルを回し続ける彼女に対して止めてほしいと口を開くこともできない。あっ右手が滑った。やばい、吹き飛ばされて死ぬっ……! そう思った瞬間、
『ルルルルルル』
天井付近のスピーカーから終了の合図が鳴った。この音がこんなにも救いになる日が来るとは…。彼女がハンドルを握るティーカップにはもう2度と乗りたくない。
「もう一回乗りましょう!」
「却下!!!!」
最早、去勢を張ることができないくらいに怖かった。
彼女に振り回されているうちに日が暮れた。足も心もクッタクタで今すぐ帰りたい。そんな俺をちらりとみた彼女は「最後は、あそこがいいです!」と言った。
「まだ何か乗るのか…」
「最後にしますから、ね?」
「……はぁ、仕方ないな」
俺は結局このお願いに弱いのである。
どんなアトラクションに乗るのかと思ったら、意外と地味な園内をぐるりと回るだけの列車だった。
「空いてるな」
「まぁ、次の園内改装で取り壊しされるんじゃないかって噂されているくらいですしね」
「へぇ」
俺たちは向かい合いながらガタゴトと揺られる。列車内はBGMがかかっておらず、先程までの騒がしさとはどこか切り離された空間のように感じた。
「私小さな頃から、この列車好きなんですよ」
「……」
「沢山遊んだことを思い出しながら、楽しかった場所にバイバイするんです。遊んだアトラクション全てに挨拶するなんて、徒歩じゃ無謀ですからね」
「なんだそりゃ」
アトラクション全てに挨拶したいだなんて、彼女以外の一体誰が考えるだろうか? 可愛らしいというべきか、律儀というべきか……。
「あー! 笑いましたね?」
「悪い悪い」
「もーー、おこですよ」
彼女は頬を膨らませる。突いてやりたい衝動に駆られるが、余計に怒らせるだけなので話題を逸らす事にした。
「そういえば2人で遊園地に来るのは初めてだな」
「まぁ、そうですね」
「あーその、なんだ……」
「?」
写真を撮りたい。ただその一言が何故か照れ臭くて、口をモゴモゴさせる。
「……!」
そんな俺を見た彼女は何かピンときた顔でムフフと笑いだした。そのこちらを見透かすような目にドキッとする。
「写真、撮りましょう」
ライトアップ中の観覧車を背景にした写真が一枚、スマホのフォルダに追加された。