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これは運命的なkoi-wazurai

バイト中、社用パソコンで書きました。バレたら、殺されるかもしれんし、殺されんかもしれん。

 バレーボールが高く上がった。星野ひとみがジャンプする。長い黒髪が外から差し込む光を受けて、艶やかに揺れた。ついでに胸も。

「おお」

 両脇に座るまっちゃんと谷やんが、思わず声を漏らした。これだから素人は。

 ぱん。彼女にスパイクされたボールが、弾けるように体育館に叩きつけられた。「おお」僕はここで感嘆する。胸の揺れへの称賛だとしても、プレイに魅せられたように演出することで、ぐっと女子ウケが良くなる。

「あいつら、きもくね」

 どこかから女子の声がした。僕らは一斉に顔を下げた。

 チャイムが鳴った。素晴らしい体育はお開きだ。名残惜しさを感じつつ、柔らかな風が吹き込む窓から離れると、「なあ」とまっちゃんが深刻そうに切り出した。「なんだよ」

「俺、今日星野さんに告白するよ」

「え」

 僕が声を出すより先に、谷やんが仰天した。「やめとけよ」谷やんが付け足す。僕も改めてまっちゃんの頭からつま先を見て、全く同意見だと思った。

 寝癖が尽き放題のぼさぼさ頭に、凹凸の少ない典型的な日本人顔。体操服は異様に黄ばんでいるし、足は毛むくじゃらだ。告白より先にやることが山積みだろう。

 そもそも名前の時点で、なんというか負けている。だって星野ひとみという可憐な名前に対して、まっちゃんは松本二志という、松本人志の物まね芸人になることが定められたような名前なのだ。ダウンタウン好きの両親が次の松本人志にするべく名付けたらしいが、松本人志の「ひと」は一ではないからまた悲惨である。親はせめて一を二ではなく、零にし、格上げしてやるべきだった。いや、それだと銀河鉄道777の作者、松本零士のパチモンに成り下がってしまうか。じゃあ積んでいるではないか。彼の名前。

 少し話は逸れたが、こんな彼が学園のマドンナ星野ひとみと釣り合うわけが無い。辛いが現実を伝えてやるべきだ。

「あのさ、まっちゃん」

「実はもう、星野さんに声かけてんだ」

 まっちゃんは僕の言葉を遮った。

「今日の放課後。体育館裏だ」

 彼の目は本気だった。


    〇


 緑が生い茂る木々から、蝉の声が鳴る。夕方だというのに陽はまだまだ高くにぶら下がっていた。

 まっちゃんは木陰で指をもじもじさせている。時々胸を擦り、えらく緊張した様子だ。正直体育館裏という、およそ現代的ではない場所に呼び出す時点で敗色濃厚だが、骨は拾ってやろうと、僕らは少し離れた体育館陰からまっちゃんを見守った。

「成功するか失敗するか賭けようぜ」

 谷やんはニヤついた。この守銭奴め。「どっちも同じ方に賭けるから、成立しないだろ」と返し、目を戻す。

 まっちゃんは大きく深呼吸した。いや、不規則に肩で息をする様子は、過呼吸に近いか。この短時間で随分緊張が増したようで、顔は真っ青だ。緊張を押さえるように、彼はゴリラのように胸をドラミングした。どんどん、と鈍い音がここまで届いた。

おいおい大丈夫か。僕は一旦落ち着けようと、体育館陰から出た。

しかし、すらりと背の高い女性が歩いて来るのが見え、僕は慌てて隠れる。星野さんだ。「きたきた」

 谷やんは興奮気味だ。星野さんは警戒する様子で、まっちゃんに近づく。そりゃそうだ。あんな珍妙な人間に誘われたら、誰だって怖い。

「話って」

 彼女は恐る恐る言った。まっちゃんは微動だにしない。何をやっているんだ、こんな時に。あわあわと金魚のように口をパクパクさせる彼に思った。

「あの」と星野さんが声をかけるが、うんともすんともすんとも言わない。「だめだな、ありゃ」呆れたように谷やんが首を竦めた時だ。

 まっちゃんは膝から崩れ落ちた。顔を歪め、前屈みになり、大きく背中を上下させる。苦しそうに胸を押さえると、制服に大きな皴が寄った。

「まっちゃん」

 僕たちは陰から飛び出した。

「田辺くん?三谷くん?」

 困惑した星野さんは口に手を当てた。僕はそれに取り合わず、まっちゃんの側で屈み、背中を撫でた。

「まっちゃん。まっちゃん!」

 返事は無い。激しく呼吸をする度に、腹が大きく凹む。

「まっちゃん。ゆっくり深呼吸しろ!」

「なべさん・・・。谷やん・・・」

 まっちゃんは搾りかすのような声を出した。

「喋るな!まず呼吸だ!」

 谷やんは叫んだ。目元が赤くなっている。彼はおどおどする星野さんを振り返った。

「何をしてる星野!保健室の先生を呼んでくれよ!」

「それは違うだろ谷やん!」

「じゃあ、なべさんが呼んで来いよ」

「お前が呼べよ、谷やん!」

「もう私が呼ぶからっ」

 星野さんは僕たちを諫めると、校舎の方へ向かった。

 弱弱しく腕を掴まれた。見るとか細い息になったまっちゃんが、まっすぐ僕らを見つめていた。

「最期に・・・聞いてくれ」

「最期なんて言うなよ」

 谷やんの頬に涙が伝った。「そうだよ!」僕も加勢する。

「緊張で死ぬなんて、面白い死に方やめてくれよ!」

「いいからっ」

 彼は掠れ声でぴしゃりと言った。僕らは言葉を失う。何物も寄せ付けない、強い覚悟がまっちゃんの言葉にはあった。谷やんが袖で目をこすり、「分かった」と返した。僕は頷く。

「星野さんに・・・好きだって・・・伝えてくれ」

 まっちゃんの手が、僕の腕から落ちた。ぱすっ、と少しの質量しか感じられない音がした。彼の目がゆっくり閉じた。

「まっちゃん!おい、まっちゃん!」

 谷やんはまっちゃんの肩を揺すった。「おい、目覚ませよ!」首元まで滝のように涙を流した彼は、何度も何度も何度も何度も、強く肩を揺さぶる。

「やめろよ、谷やん」

 僕は谷やんを制し、まっちゃんの顔を指さした。「だって見て見ろよ、この顔」

 西日に照らされたまっちゃんの顔は、とても穏やかだった。口角は緩やかに上がっている。後悔なんて何もない顔、いや、そう僕らを安心させるような顔だった。

「なんだよこの顔」

谷やんは嗚咽を漏らし、目を覆った。体は生まれたての小鹿のように、ぷるぷる震えている。

ふいに、僕の制服に水が染みた。顔に違和感を感じて触ると、手がびっしょり濡れた。あれ、なんだよこれ。拭いても、拭いても、全然水は無くならない。

なんで目が濡れてんだよ。何でこんなに心が濡れてんだよ!

「まっちゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!」

 谷やんの慟哭が、茜色を帯びた空に鳴った。



 まっちゃんは死んだ。

 死に際は松本人志よりも面白かったはずだ。

 そうじゃないと報われない。


悲しいね。

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