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研究特区の夜

 採血を終え、宍蒲先生と共に大学本棟の出入口まで戻ってきた。

「ようやく終わったな。検査結果の詳細は2、3日もあれば出る。それまでは今日と同じく、普通に登校しろ。その後おまえをどう扱うかは、結果が出てから判断する」

 中年教師は一方的な調子で俺の今後を決めようとするが、素直に従う義理は無い。

「どう扱うも何もないでしょう。俺は非能力者だと言ったはずです。薬もやってませんし、変な結果なんて出ないですよ。卒業まで登校し続けます」

 ユウを背中に乗っけたまま、先生に反駁する。

 俺以外誰にも見えないユウをおぶっている時点で普通じゃない気もするが、それはそれだ。

「何も問題なければな。ひとつ言っておくが、今のところ検査結果はまともじゃない。昼の簡易検査機もそうだったが、今回の計器もおまえのコア・エネルギーは全くのゼロだと示した」

「たしかに、そんな事を言ってましたね」

 昼に聞いた話だと、コア・エネルギーの相対値がゼロの人間は存在するはずがないという事だったか。

「常識的に考えて、可能性があるとしたら機材が悉くぶっ壊れてたか、あるいはおまえが歩く死体であるかのどっちかだ。ンなバカげた話があってたまるか。機材がまともだと仮定するなら、どうやらおまえは記録上初めて観測されるタイプの人間らしいな。どんなリスクがあるのかわかったもんじゃない奴を、野放しにしておくとでも?」

「まあ、言いたい事はわかります。ただ、何度も言うようですが俺は超常能力なんて扱えないんですよ。先生みたいな発光現象は起こせませんし、マゴスみたいに属性色のオーラをまとったりも出来ません。そんな事が出来るのであれば――――――」

 もしもあの時、超常能力が行使出来たのなら。

『おに……ちゃ……ん……!』

 今頃、連中の宝物として胸を張って歩いていたのだろうか………………。

「ゆー、悲しいの…………?」

「あ、いや………………なんでも」

 ユウの言葉にはっと我に返り、中年教師の顔を見る。

「とにかく、俺はただの非能力者です。この年になっても目覚めていないんですから、超常能力者であるはずがない。そうでしょう?」

「………………そうだな。超常能力者の覚醒は8歳から10歳。極稀に7歳未満で覚醒する天才もいるが、11歳以上で覚醒した報告は0。少なくとも北洋・大内海周辺国連合や南北合衆国、雪嶺連邦に大華といった一流所の研究機関には前例が無い。これだけで世界というのは早計だが、とにかく確認例が存在していないのは事実だ。例外は無い」

 宍蒲先生は目を瞑り、無精ひげの生えたあごを右手でさすりながら喋り続けた。

 おそらく、何かを思い出す時や考える時の癖なのだろう。言葉は俺に向けてのものというよりはむしろ、自分自身の記憶を探っているかの様に聞こえた。

「んんー………………つまり、ゆーは超常能力者じゃないって事だよね?」

 ユウが俺の背中から声を上げるが、当然先生には聞こえていない。ただ、今のやり取りを一言でまとめるならそういう事だ。

 俺は超常能力者じゃないし、もはや目覚める事はあり得ない。

「だが、今のところ前例に無い状況ではある。ならば、生じ得る可能性をひとつひとつ調べていくしかない。今までに確認されてないからとか、起こるはずがないとか、タカを括るのは絶対に駄目だ。わかるか」

 先生が目を開き、俺を見つめる。

「それはそうですけど………………」

「ならばいい。来週西高に行くのも、可能性を探るためだ。もしもおまえが何某かの超常能力、あるいはその片鱗を身につけているのであれば、自覚が無く制御も出来ないというのは非常にマズい。超常能力者とは決して万能な存在ではない。むしろ、不合理で融通のきかない存在なんだ。『自覚なくして、安寧なし』……古い知人が、よく口にしていた言葉だ。無自覚な力の奔流は、自分も周囲も不幸にする」

 淡々と言葉を並べる宍蒲先生。

 俺の方を見てはいるが、やはりこの人の視界に俺が映っているのかはわからなかった。

「だから、徹底的に調べると?」

「ああ。何も無いなら、取り越し苦労だったと笑えばいい。だがな、何かあったら冗談では済まないんだよ。超常能力を甘く見るな。あれは恩恵なんかじゃない。だからこそ、自覚が必要なんだ。能力があろうと、なかろうとな」

 宍蒲先生の表情からは、相変わらず感情が窺い知れない。

 しかし発言内容そのものは意外なほど真っ当というか、あの不真面目な教師が発したとは思えないものだ。

 それに、自分自身が超常能力者なのに能力を恩恵じゃないと断言するとは。非能力者をティポタ呼ばわりする連中とは、真逆の発想だな。

「ゆー。ボクたち、もしかしておこられてる?」

 なるほど、確かに。俺は今、説教をくらっているのかも。もちろん、ユウには関係無いが。

「わかりました。先生が今言った事には一理あると思います。なので、来週の件も素直に従いますよ。ただ、『検査の結果を受けておまえを監禁する事にした』とか言われたら、全力で抵抗しますから」

「好きにしろ。こっちも、本当に処置が必要だと判断したら全力でかかる。大人としての責任ってやつだな。あの言葉は好かんが」

 中年教師はひとつ頷くと、自分のデバイスを弄り始めた。

 最後こそ面倒くさがり屋の宍蒲先生らしい言葉が出たが、その前の発言に関しては俺にも理解出来る。

 自分も周囲も不幸にする。超常能力は恩恵なんかじゃない。

 まったくもって、その通りだ。

「来週はお城旅行だ。キャンセルはしないから安心しろ」

「ほんと!?」

 ユウは叱られていると思ってシュンとしていたが、喜びそうな事を言ったらすぐさま笑顔に変わる。

 このあたりは見た目通りというべきか。今までの言動からして、外見通りの精神年齢と判断してもいいのかもしれない。とはいえ、全くもって正体不明の存在である事には変わりないのだが。

「また独り言か。将来のボケ防止にはいいかもな」

 ユウを見聞き出来ない中年教師が俺を茶化すが、いちいち取り合う必要もないだろう。独り言の激しい人間だと思われるのは、かえって都合がいいくらいだ。

 しかし、研究所内で出会ったりすれ違ったりした人間は誰1人ユウを認識出来なかったみたいだ。

 この子供は一体どういう存在なのか。謎は深まるばかりだな。

 ドドドドドドド………………!

 突如何かの重低音が近場で響き渡り、こちらに接近してくる。

「お、来たみたいだな」

 中年教師がデバイスから顔を上げ、ゲートの方を見た。

「来たって、誰か呼んだんですか」

「ああ。すっかり遅くなっちまったから、黒タイのおまえを1人で歩かせるのはマズい。だが、先生は忙しいんで家まで送ってやるのは無理だ。そこで、護衛を呼んだ。クソ真面目でちっとばかし面白味に欠けるが、頼れる奴だ」

「はあ」

 先生にならって3段構えゲートの方を見ていると、1人の女性が入ってきた。

 身長は俺と同じくらいだろうか、少なくとも170cm近くはある。髪は後頭部で一束にまとめたいわゆるポニーテールで、膝まで届きそうな長さ。変色の無い黒髪で青いタイが確認できるので、おそらくピロソポスなのだろう。

 またしても超常能力者という事で心底うんざりだが、最も目についたのはそこじゃない。

「うわあ、きれいなマントだね!」

 ユウが女性の格好に反応する。そう、嫌でも目に入りそうなほど際立っているのはそこだった。

 女性は桜吹雪の刺繍が施された派手な外套を羽織っており、陽が落ちた町中にあってもおそろしく目立つ。

 あの外套は、案内書で見た記憶があった。学生公安委員会の執行服だ。

「櫻小路、急に呼びつけて悪いな」

「お疲れ様です、宍蒲団長。要人警護の代理と聞いていますが………………」

 スッと俺の方を見た女性と、ばっちり目が合う。

 施設の照明で顔が見えたが、つり目がちで勝気そうな顔立ちだ。

「まさか、この一般生徒を護衛しろと言う気ではないでしょうね」

「理解が早くて助かる。衣牧、彼女は櫻小路礼映。学生公安委員会の『現場方』トップだ。並の超常能力者では逆立ちしても勝てんから、安心して頼るといい」

「どういうつもりですか、宍蒲団長。そもそも、なぜこんな時間まで一般生徒を連れ歩いているのですか。最も厳格に規則を遵守すべき立場である団長が、一体何をしているのです!」

「ひにゃっ!」

 女性――サクラコウジライハというらしい――が、中年教師を一喝した。

 決して大声というわけではないのに、よく通る力強さがある。おかげで、ユウが怖がって俺の後ろに隠れてしまった。

「そうカリカリするな、事情があるんだ。それじゃ、後は頼んだ。こっちはパトロールに行かないとならんのでな」

「あ――待ちなさい!」

 宍蒲先生は他人の指摘など意にも解さぬといった態度で、さっさとゲートから出て行ってしまう。

「まったく、あのように不真面目な人間を自警団長に据えるとは。理事会の方々は一体何を考えているのか…………」

 逃げ足の速い宍蒲先生を見送り、女性がため息をつく。

 どうやらこの女性も苦労しているみたいだが、それより自警団長という衝撃的な発言の方が気になる。あのやる気が無い中年教師、そんな要職っぽい仕事を任されているのか?

 やはりこの研究特区という場所は、相当おかしな所みたいだな。

「あの、櫻小路さん……で、いいですかね。俺も何ひとつ説明されてないんですが、家まで送っていただけるという事で合ってますか?」

 それはそれとして、このままボサッと立っていても仕方ないので女性に声をかける。

「ええ。ワタシも聞いていた内容と違っているので困惑していますが、全ての学生は我々学生公安委員会の庇護下にあります。責任をもって送り届けますので、ご安心を」

 櫻小路さんは俺の方に体を向けて、爽やかな笑顔を浮かべた。

 いい加減超常能力者の相手は腹一杯という感じだが、中年教師が言っていた通りなら夜の街は危険らしい。

 ガクコーの偉い人みたいだし、楯突いても良い事は無さそうだ。ここは素直に同行してもらうとしよう。

「よろしくお願いします。今日が登校初日なんで、夜の街は勝手がわからなくて」

「あの人は新入生をなんだと思っているんですか…………」

 櫻小路さんがもうひとつため息をつく。

 その点に関してはまったくの同感だ。俺の事を散々おかしいと言っていたが、あの男も大概おかしい。

「まあ、今はいいでしょう。あなたを送った後、委員長から正式に苦情を入れてもらう事にします。あなたの住まいは北部住宅街ですか?」

「そうです。商店街の北側入り口近くなんで、そこそこ歩きます」

「ああ、一般学生向けアパート群ですね。わかりました。それとひとつ憶えておいてほしいのですが、夜間に出歩く事は危険を伴います。校則でわざわざ夜間外出を禁止しているのも、事件に巻き込まれる可能性が少なからずあるからです。今回は宍蒲団長に連れられていたようですから不問としますが、本来であれば今の時間に許可なく外出する事は許されません」

 厳しい声音で話す櫻小路さんの発言に、そういえばと思ってデバイスを取り出し時間を確認する。

 現在時刻は20時34分。校則では許可を得て仕事をしている生徒以外、19時30分までに家に居る事とされていたはずだ。

 いくつか追加の検査が必要になったとはいえ、元々予定していたであろうコア・エネルギー測定だけでも規定時刻までに帰宅出来ていたかは怪しい。

 あの中年教師ときたら、どうやら時間の感覚も適当らしいな。

「宍蒲先生も治安が悪いと言ってたんですけど、何が問題なんですか。受験時に配布された案内書には、治安に関してまったく何も書かれていませんでした。なのでてっきり、風紀を維持するための校則なのかと思っていたのですが」

 俺の質問を受けた櫻小路さんは、少しばつが悪そうな表情に変わる。

「大きな声では言えませんが、案内書に書かれているのは外から生徒を集めてくる為に都合がいい内容ばかりだと認識しています。ワタシのような超常能力者は目覚め次第研究特区行きとなるので、外でこの場所がどう思われているのか詳しくは知らないのですが、色々と事情があるのです。話せる部分については、説明します。さ、行きましょう。遅い時間になればなるほど、危険な目に遭う可能性が高まりますから」

 桜吹雪の外套を颯爽と翻し、櫻小路さんが先に立って歩き出す。その目立つ後姿を追って、俺も3段構えのゲートを抜けた。

 警備員の詰所から鋭い視線が注がれたが、朝とは違ってゲートの外にも警備員が2人立っており、塀の外から見た大学本棟は尚更刑務所の様だった。

「おー、外から見るとなんか変な感じだね」

 俺の背中に隠れていたユウが、大学本棟の方を見ながら声を上げた。

 そうだな、と返事をしようとしてはたと気づく。

 ユウは重さが全く無いし、引っ付かれるのに慣れてきたせいで違和感が薄れていたのだが、こいつはどこまで来るつもりなんだ。俺の部屋までまとわりついて来る気なのか?

「夜間は警備員が増えます。ですが、それでも安心は出来ません。だからこそ、中央自警団や我々学生公安委員会がパトロールを行っているのです」

 ユウに声をかけようとしたタイミングで、櫻小路さんが声を掛けてきた。

 一瞬どうするか迷ったが、ガクコーの人間におかしなところがあるやつだと思われるのは芳しくない。

「なるほど。言われてみれば、朝はゲートの外に立っている警備員なんて居ませんでした」

 結局、ユウに声をかけるのは諦めて櫻小路さんに返答する。

 超常能力者にどう思われようと構いはしないが、さすがに収監されるのはご免だ。

「ええ。不届き者の活動は夜間が主です。とはいえ、大学本棟が実際に襲撃された事は無いそうです。ああして警備を強化するのは、あくまでも念の為でしょう。事が起きてしまってからでは遅いですから」

「逆に言えば、そのくらい注意しないといけない程度には危険だって事ですよね」

「そうですね、残念ながら」

 櫻小路さんに対応しながら、足を止めずに歩き続ける。

 既に大学本棟周辺を囲む塀は後方だ。それでも、俺の背中に乗っかるユウが離れる気配はない。しかし、だからと言って何が出来るだろうか。

 考えてみれば、屋上に初めて足を踏み入れた時から違和感はあった。ユウの姿が見えるようになったのは研究所の前だったが、朝からつきまとわれていたと考える方が自然な気もする。もしかすると、俺の意思でこいつを引き離す事は難しいのかもしれない。

「何か気になりますか?」

「え?」

 不意に足を止めた櫻小路さんが、質問を投げてきた。

「先程からしきりに後ろを気にしている様ですが、何か気になる事でもありますか。尾行はされていませんが、もし怪しい者がいたら教えてください。学生公安委員会は逮捕権を有しておりますので、必要だと判断した場合身柄を拘束出来ます」

 櫻小路さんは俺の方を見て喋りながらも、それとなく周囲を窺っている素振りをみせる。

 あの中年教師、櫻小路さんは現場のトップだとか言ってたな。流石と言うべきか、一見すると爽やかな笑顔を崩していないのに、滲み出る様な迫力がある。

 周囲に不審者が潜んでいたとしたら、絶対に見逃さない…………そんな目つきだった。

「いえ、特に変な人はいないです」

 変な人型のナニカはいるのだが、残念ながら彼女にもユウは見えていないらしい。

 しかし、わざわざ尾行されていないと言ってきたな。もしかして、わかるのだろうか?

「尾行されているかどうか、わかるんですか?」

「もちろん、わかりますよ…………よし、周りに人の気配はありません。行きましょう」

 再び前を向き、シャッターが下りて閑散とした様相の商店街へと入っていく櫻小路さん。

 尾行に気づけるほど感覚が鋭いのに、ユウには気がつかないのか。やっぱり、あいつは物質や誰かの超常能力ではないのかもしれないな。

 ………………?

 いつの間にか、背中に居たはずのユウが消えている。

 あいつ、どこに行ったんだ?

「どうかしましたか?」

 歩き出そうとしない俺に、櫻小路さんが声をかけてくる。

「いえ、ちょっと靴に小石が。すみません」

 そのまま立ち去ってしまえばいいと考える一方、なぜかユウを待とうと思ってもいる。

 あんなものにつきまとわれたって絶対良い事は無いのに、結局俺はしゃがんで靴を脱ぎ、ひっくり返して小石を出すマネをし始めた。

 なんだろうな。ありがたい事なんてないのに、どうして俺はあいつを待つようなマネをしてるんだろう?

 モヤモヤしたものを感じながら、わざとらしく何度も靴を叩く。両方の靴にそれをやって履き直したところで、ユウがフラフラと浮かびながら戻ってきた。

「ぐるっと見てきたけど、変な人はいなかったよ!」

 どうやら、後ろを気にしているという言葉を真に受けて周囲を調べてきてくれたらしい。

 俺が気にしていたのは背後の不審者ではなく背中のユウだったわけだが、まあそれはいいだろう。

 そんな事より、ユウは自分の意思で自由に動き回れるみたいだ。つまり、俺につきまとっているのもやろうと思ってやっている事になる。

 これじゃあ、それこそユウレイにでも憑りつかれているみたいじゃないか。

 オカルティックなモノは存在しないと著名な研究者たちが論文で発表していたが、だったらユウの事はどう説明をつければいいというのか?

「どうも。それじゃ、行きましょうか」

 櫻小路さんに対して不自然な発言にならないよう、それとなくユウに謝意を伝えて立ち上がる。

 考えても始まらない、出来る事も無い………………そうなると、もう好きにさせておく他ない。そもそも、なぜ急にユウの姿を確認出来る様になったのかもわからないのだ。

 なるようにしかならないとは思ったものの、こうなってくると本当に気味が悪い。

「静かだねー。だれも歩いてないや」

 ユウはのんきに周りを見回し、再び俺の背中に戻る。

 その様子を見ていると、なんだか考えるのも面倒くさくなってきた。もうどうにでもなれだ。

 きっぱりと考える事を止め、前を行く櫻小路さんに続く。

「この辺りまで離れればいいでしょう。『カラーレス』、もしくは『タイ無し』という言葉に聞き覚えは?」

 歩き始めるとすぐ、櫻小路さんが話しかけてきた。

「いえ…………あ、タイ無しってさっき宍蒲先生が言ってたような?」

 保険医の芥子舘先生と、たしかそんなやり取りがあった。

「あの人は本当に………………」

 櫻小路さんが、またため息をつく。

 どうやら、あまり人前で使うべきではない言葉らしい。

「良い表現ではないので、使わない方がいいのですが。それはさておき意味としては単純で、訳あって退学相当の処分を受けた者や、その様なはぐれ者に合流して暴力沙汰や窃盗行為を行う不届き者を指す言葉です。彼らは東・西・中の区分けを示す色付きのネクタイを身に着けず、身元を隠して行動します」

「ああ、それでタイな――――ええと、カラーレス……でしたか。そう呼ばれているんですね」

「そうです。本来そうした人物は、超常能力者であれば出島の研究所に併設されている少年院に収容され、非能力者であれば研究特区外の然るべき施設へ退去処分となります」

「本来、ですか。実態としては、ちょっとした犯罪組織と化して街中に潜伏している……そんなところでしょうか」

 横に並んだ俺を、櫻小路さんがちらりと窺う。

 俺の住むアパートまでは、大分近づいてきていた。

「察しがいいですね。不服ではありますが、努力しているにもかかわらず彼らを根絶する状況には至っていません。加えて超常能力者の元生徒、あるいは暴力的な嗜好をもった現生徒が中央街で犯行に加わっている場合があり、状況をより複雑にしています。割合として潜伏者と現生徒のどちらが中枢を占めるのか、それすらわかっていません」

 どうやら、この研究特区には外で流布されている楽し気なイメージとかけ離れた実態があるようだ。しかも、広報の段階ではそれを完全に隠蔽していた。

 とんでもない話だが、それで問題なく一般生徒を募集しているあたり何か汚い裏があるのだろう。きっと、字樋院家の様な腐った輩が暗躍しているに違いない。

「学生公安委員会とは言うものの、あくまでも平素は警察科の生徒であり、いつでもパトロールを行えるわけではありません。それに………………」

 はきはきと喋っていた櫻小路さんが、急に言葉を詰まらせた。

「それに?」

 話している内容が事実なら俺も標的にされる可能性があり、知っておくべきだと思ったので続きを促す。

「…………いえ。我々だけでなく、中央自警団の構成員も専業ではありません。加えて、学校で雇っている警備員は全員非能力者です。超常能力を扱う不届き者が暴れた場合、彼らにはどうにも出来ません。超常能力の有無には、絶対的な差があるのです。だからこそ、学校側は『夜間は外に出るな』と忠告している訳です」

「よくわかりました。肝に銘じておきます」

 何を言い渋ったのかは定かではないが、話す気は無いみたいだ。

 まあ、無理して聞き出す事もないだろう。要するに、夜出歩かなければいいだけの話だ。

「そろそろ商店街の北側入り口ですね。ここまで散々脅すような事を言いましたが、北部住宅街やこの商店街周辺は集中的にパトロールを行っており、不届き者もこの辺りで犯行に及ぶほど愚かではありません。普通に生活する分には、危険があるような場所に行く事もないでしょう。さっきまでの話は、一応覚えておく程度の意識で構いません」

 北側入り口のアーチが見え、櫻小路さんが立ち止まる。

「護衛はここまでで大丈夫でしょう。あなたは一般の生徒ですし、犯罪行為に手を染めたりしなければ今後学生公安委員会と関わる事も無いはずです。ぜひ、充実した学生生活を送ってください。我々はその為に活動しておりますので。では、失礼します」

「はい、ありがとうございました」

 櫻小路さんは俺に向かって軽く会釈すると、派手な外套を翻して颯爽と去っていった。

「なんだか、学校の周りだとあんまり見かけない感じの人だったね」

 後姿が小さくなっていく様を見送りながら、ユウがおずおずと肩越しに話しかけてくる。

「そうだな。それで、どこまでついて来るつもりなんだ?」

「え?」

 質問の意図がわからないといった様子で、小首を傾げるユウ。

「え、じゃないよ。俺は自分の部屋に帰るところで、そこはお前の家じゃない。元居た場所に戻ったらどうだ?」

「やだ。学校にいてもつまんないんだもん。ボクもゆーの部屋に行く」

 まあ、そう言うんじゃないかという気はしていた。屋上に戻る気はまったく無いらしい。

「あのな………………はぁ。どうせ勝手について来るんだろ」

「うん!」

 そんないい笑顔で頷かれてもな。

 今日は色々あって疲れた。さっさと帰って、今後どうするかは明日の自分に考えてもらおう。

 商店街は既に眠りについている。コンビニみたいな気の利いた施設も無い。晩飯は買い置きしておいたカップ麺でも食うとしよう。

 そういえば、ユウは食事をとるのだろうか?

 食費まで負担させられるのは本当に勘弁してほしいところだが………………まあいいか。その時はその時だ。

「仕方ないな。帰るぞ」

「はーい!」

 宙に浮かぶ子供を引き連れて、まだ慣れない自分の部屋へと歩を進める。

 登校初日からこれだ。卒業までの道のりは、気が遠くなるほど長そうだった。

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