05.物騒で危険な闇ギルド、金狼
一瞬固まった大柄な男性は、ぎこちなく明らかに作り笑いと分かる笑みを作る。
「お嬢さん、金狼って何のことだ? 此処は場末の酒場で表通りに比べて物騒な場所だ。興味本位で来るような所じゃないよ」
「興味本位ではありません。わたくしは金狼の方々に依頼をしたくてここまで来ました」
「依頼、だと? まいったな」
困惑した大柄な男性は、頭を掻きながらカウンターの方を見た。
「フーン、ただの女の子じゃないってことかよ」
猫のように目を細めた橙色の髪の青年は、目にも留まらない速さで右腕を動かす。
バシュッ!
魔力弾がアデラインへ当たる直前、大柄の男性の手が動いて手のひらで受け止める。
「おい! いきなり攻撃するな!」
「アンタがその子を庇うって分かっていたから投げたんだよ」
悪びれもせず橙色の髪の青年は、目を細めてニヤニヤと笑った。
「あ、ありがとうございます」
「すまない。大丈夫か?」
眉間に皺を寄せた大柄の男性に問われ、アデラインは小さく頷いた。
(もう! いきなり攻撃してくるなんて! ゲームの設定通り、怪しい相手には容赦しないのね。庇ってくれた男性は、ゲームヒロインに対して戦闘以外ではていねいに接してくれた。女子供には優しい、という設定はゲームと同じなのね)
“私”の記憶が流れ込み、敵対しているはずのゲームヒロインと彼等が会話する場面が脳裏に浮かぶ。
「そこの貴方、せっかちではないですか? 攻撃する前にせめてわたくしの話を聞いてください」
カウンターの方へ一歩近づいたアデラインは、眼鏡のフレームに指をかけて眼鏡を外す。
外した眼鏡を鞄に仕舞い、顎の下でリボン結びをしていた帽子の顎紐の結び目を解く。
帽子を取り、後頭部で一つに結っていた紐を外せば、藤色がかった銀髪がはらりと背中に流れ落ちた。
「わたくしはアデライン・ベリサリオと申します。べルサリオ公爵家の者です」
テーブルに帽子を置いたアデラインは、スカートを摘まみ男性達へ会釈をした。
大柄な男性は戸惑いの表情でアデラインを見下ろし、橙色の髪の青年と彼の後ろを見る。
「へぇ~ベルサリオ公爵家って、貴族の中でも唯一の王家の傍系って家だっけ?」
橙色の髪の青年はカウンターに手をつき、勢いよく身を乗り出して興味津々といった体で問う。
「此処は公女様の来るような場所じゃないでしょ? それと、お嬢さんが公女様だと言うのなら、ベルサリオ公爵家の証明ができるものを出してみなよ」
「証明、ですか? これでいいかしら?」
鞄に手を入れたアデラインは、ベルサリオ公爵家の紋章入りの指輪を取り出し手のひらに乗せる。
アデラインの手のひらから、人差し指と親指で慎重に指輪を摘んだ大柄な男性は、早口で鑑定魔法を唱えた。
「こいつは……本物だな」
指輪は淡い乳白色の光に包まれ、大柄な男性は感嘆の息を吐いた。
「金狼の皆さんに仕事の依頼をしたくて、わたくし一人で来ました」
大柄な男性から返された指輪をバッグへ仕舞ったアデラインは、話していてる途中で言葉を一旦切り、カウンターの奥を睨んだ。
「マスターさん、聞こえているのでしょう? わたくしの話を聞いていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
魔力を抑制していたネックレスを壊したからか、“私”の意識が混ざり込んだからか、微弱な魔力がカウンターの奥から放たれているのに気が付いていた。
この魔力は、アデラインが酒場の扉に近付いて扉を開いた時から放たれており、建物全体を覆っていた。不審人物を警戒する、監視魔法が発動しているのだ。
「あのねぇ、お嬢さん。たとえ公女様でも、そう簡単には会わせられないんだよ。まず、俺達が話を聞いてどうするか判断する、ん?……は?」
突然声を上げた橙色の髪の青年は、目を大きく開いて両耳に手を当てた。
「え? はぁっ? いや、しかし。ええっ、本当にいいんですか? ちょっと待って……はぁー、今はそれどころじゃないのに。本当に勝手なんだからな」
俯いて文句を呟いた橙色の髪の青年は、前髪を掻き上げてからアデラインの方を向いた。
「……お嬢さん、マスターが会ってくれるってさ。案内するから、此方へどうぞ」
座っていたカウンターから下りた青年は、カウンター扉の留め具を外して「こっち」とアデラインを手招きした。
キィィー
軋み音を立ててカウンターの奥にある扉が開く。
「まぁ、これは……」
扉をくぐり抜た先には、月や星灯りの全くない闇夜のような通路があった。
建物の大きさから考えても、長すぎる通路に感嘆の声を洩らしたアデラインは首を左右に振り、周囲を見渡す。
真っ暗な空間、薄青色の光が足元を照らしていなければ、途方に暮れてしまっただろう。
「これは隠し通路、というものですか? 此処は、魔法で空間と空間を繋げているのですか?」
空間を繋げる時空魔法を使える者は、この国では数えるほどしかない高等魔法。このギルドには、少なくとも一人は時空魔法を使える者が居るということだ。
「あーそうだよ。公女様、立ち止まらないでくださいね。俺から離れたら閉じ込められますよ」
首を動かして、ゆっくり後ろを歩くアデラインをチラリと見た橙色の髪の青年は、面倒くさそうに言う。
「う、わかりました」
周囲を見ているうちに間が空いてしまったことに気が付いて、慌ててアデラインは青年の背中に駆け寄った。
五分程通路を歩くと足元灯が途切れ、先を歩いていた青年が立ち止まった。
「マスター、連れてきましたよー」
ドンドンドン!
果てが見えない真っ黒で塗りつぶされた空間に手を当て、青年は強い力で見えない扉をノックする。
更にノックしようと手を動かした時、真っ黒の空間に白色の長方形の線が現れた。
「公女様、さあ入って」
白色の輪郭だけ現れた黒塗りの扉のドアノブを掴み、青年は勢いよく扉を開いた。
「失礼しまーす」
「……失礼します」
ズカズカと室内へ入る青年に続いて、アデラインは軽く頭を下げて室内へ入った。
「もう少し静かにノックをしてくれませんか?」
入室した青年へ憮然とした態度で声をかけたのは、青銅色の髪を肩口で切りそろえ、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな若い男性だった。
男性は眼鏡のブリッジに人差し指を当てて、アデラインへ鋭い視線を向けた。
(この眼鏡の男の人は……知らないな。そして、やっぱりこの人が闇ギルドのマスターなのね)
値踏みするような視線を向けて来る眼鏡をかけた男性よりも、アデラインが目を奪われたのは彼の背後の人物だった。
酒場の中とは思えないほど豪華な、此処が貴族の応接間と言われても頷けるくらい立派な部屋に負けないほど、強烈な存在感を放っている人物。
重厚感のある執務机に肘をつき、漆黒の椅子に腰かけている金髪の青年だった。
どこからか光があたっているのか、キラキラと輝く金色の髪と深紅の瞳と整った顔立ちをした大人の色気を放つ青年だが、瞳に宿る刃の様に鋭い眼光が彼の貴公子風の外見を裏切っていた。
(さすが世界中で有名な闇ギルド、金狼のボス。世界中に支部を持ち、全ての攻略対象ルートで敵となる金狼の幹部たちは、見た目の良さと圧倒的な実力で敵ながら人気があったわ。特に五年前最年少でマスターとなった彼は、人気投票は常に上位、彼を攻略したいというファンによる、二次創作漫画も数多く出されていた。物凄い美形だし、そこに居るだけで威圧感というか存在感が凄い)
初めて“私”がゲーム内で彼の立ち絵を見た時は「格好いい」と思ったし、ラスボス戦前のスチルは本当に綺麗で、発売された画集に収録されていたスチル画は何度も眺めるくらい素敵だった。
でも、素敵だと見惚れるのは画面越し、紙媒体だけだ。
実物を前にすると、威圧感が強過ぎて格好良いというよりも怖い。
握り締めた手のひらに汗をかいていることに気が付き、怯みそうになる心を落ち着かせるため息を吐いたアデラインは頭を下げた。
「お前」
マスターが口を開いただけで室内の空気が張り詰めていき、彼の隣に立つ眼鏡の男性と案内をした橙色の髪の青年は姿勢を正す。
ギシリ、肘掛を手に掴んだマスターは椅子から立ち上がった。
「自分のことをベルサリオ公爵令嬢だと、言っていたな」
立ち上がったマスターとは、執務机を挟んでいるのに見下ろされているような気分になり、アデラインは震えそうになる両足に力を入れた。
危険な“ラスボス”、闇ギルドマスター登場。