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04.怒りをエネルギーに変えて、破滅回避に向けて動き出す

 ゲームの設定上の悪役令嬢らしく、アデラインは冷たく微笑んだ。


「ねぇ、パメラ……今すぐ罪人として屋敷から出されるのと、わたくしに協力するのだったらどちらがいい?」

「わた、私は、お嬢様専属メイドで、ございます。お嬢様の、望まれること全て、遂行するのが私の役目、です」


 氷の蔦によって限界まで体温が低下したパメラは、震える唇を動かし途切れ途切れに答える。


「そう。分かったわ」


 答えに満足したアデラインは、パチンと指を鳴らして魔法を解除した。

 解放されたパメラは床に両手両膝をついて崩れ落ち、何とか顔だけ上げてアデラインを見上げる。


「わたくしアデライン・ベリサリオは、朝からひどい頭痛のため王太子殿下主催のお茶会を欠席する。食事もままならないほど痛むため、夕方まで寝込んでいる。ということにしておきなさい」

「は、い」


 頷いたのを確認したアデラインは、背を向けてドレッサーの鏡を睨み付けた。


(久し振りに茶会のお誘いを受けて嬉しかった分、殿下から憎悪の目で見られるのは悲しくて、胸が張り裂けそうなくらい苦しかった。婚約解消したいなら、正式な手続きでやりなさいよ。政略上の婚約でも、国王陛下とお父様を説得すれば解消できたかもしれないのに。わたくしを陥れようだなんて、王太子のやることではないわ。取り巻き共も愚弟も色ボケ執事も、何故止めない! 全員、頭の中がお花畑になっているお子様じゃないの!)


 以前のアデラインは、王太子の婚約者らしく立ち振る舞い、王太子の隣に立つことが全てだった。

 別の世界で生活していた記憶がある今のアデラインから見たら、以前のアデラインは王太子を慕っているのだと刷り込まれた、可哀想で世間知らずのお嬢様だ。


(このまま破滅させられるなんて御免だわ。此処が階段から落ちた“私”の夢であっても、今のわたくしはまだこの世界を楽しんでないのだから、破滅フラグを折るために最良の方法を考えなければ! 破滅フラグを折ればリアルなシークレットイベントを見られるかもしれないわ!)


 きつく握り締めた手を開くと、手のひらには爪によって薄っすら線状の内出血が出来ていた。



 ***



 お茶会用のドレスではなく、パメラに用意させた若い女性に流行っているワンピースに着替え、一纏めにした髪は鍔の広い帽子の中に押し込み黒縁眼鏡をかけたアデラインは、ドレッサーの前で一回転して自分の姿を確認した。


 化粧も日焼け防止の白粉と淡い色の口紅だけで、見た目は公爵令嬢ではなく良家のお嬢さんといったところ。

 体調が優れないため、朝から部屋に引きこもっているという事にして、ベッドにはクッションを入れておいた。

 万が一、部屋を覗かれても使用人達は勝手に「掛布をかぶって眠っている」と思ってくれる。


「お嬢様、どちらへ行かれるのですか?」

「気分転換しに行くだけよ。心配しなくとも貴女を解雇しようとしたり、不誠実な殿下に嘆いて失踪はしないわ」


 怯えるパメラにお茶会欠席を詫びる手紙を代筆させて、アデラインは使用人が出入りする裏口から屋敷を出た。


 初めて一人で屋敷の外へ出たアデラインは、周辺地図と朧げになっている“私”の記憶を頼りに、王都の中心部へ向かって歩く。

 今までのアデラインは馬車での移動が多く、特に学園の行き帰りはレザードかエリックと一緒だったせいか、二人に裏切られたと理解していても一人で歩くのは心細さを抱いてしまう。


(もしも、断罪回避が出来なかったら、わたくしはお父様に見捨てられて一人になるのよ。しっかりしなさい!)


 怖気づきそうになる自分を叱咤して、貴族の邸宅が建ち並ぶ区画を抜けて賑やかな大通りを目指して歩き、やがて高級住宅地から中心部へ向かう道へ出る。

 大通りを進み、噴水広場を抜ければ雰囲気は一変した。


 貴族の居住区画と比べ、舗装の状態が悪い大通りを荷台に沢山の木箱を積んだ馬車と乗合馬車が行き交い、歩道を幼い子どもの手を握った母親や楽しそうに談笑しながら歩く若者達、多くの人々が歩いていた。


「凄い。人がいっぱいいるわ。街並みもとっても綺麗……これが王都なのね」


 目を細めたアデラインの中に残っていた“私”の意識が強くなっていく。

 ゲームでは画面越しだった王都の光景。

 ファンタジーな街並みが目の前に広がっていることに、“私”は感激で目を輝かせた。


 広場の片隅に建つ、クレープを売っている屋台から漂う甘い香りに惹かれ、屋台へ近付こうとしてアデラインは気が付いた。


(ああー! わたくし、お金を持ってなかったわ)


 外出時の支払いは全て、お付きの者に任せていたため金銭を持つことは、すっかり抜け落ちていた。

 表出していた“私”の意識がアデラインの中に戻っていく。


「いつもそう、わたくしは抜けているから気を付けていたのに」


 肩から斜めに掛けているバッグには、ハンカチと苺味の飴が二つに護身用の魔法玉、そして目的地で必要になるベルサリオ家の家紋入りの指輪が入っていた。

 入れたのは自分とはいえ、どうして財布ではなく大きな飴を入れたんだ。


(抜けているから、いつも失敗しないようにと緊張していて、神経質になっていた。だからアデラインは誤解されちゃうのよね)


 鞄から取り出した飴の包みを開けて口に放り込み、糖分を補給したアデラインは目的地へと大通りから奥へ入った路地を歩く。

 昼間でも薄暗い路地は、酒場や年齢制限のあるショーが楽しめる劇場が並ぶ、表通りとは雰囲気が違う所謂、盛り場だった。


 昼間の盛り場は静まり返り、野良猫が寝転んでいるのが目に付くだけで、人の姿はほぼ無い。

 道にぶちまけられた嘔吐物を見て顔を顰め、足が痛くなり歩くのが嫌になって来た頃、ようやく盛り場の外れの酒場へ辿り着いた。


「此処ね」


 周囲の建物とさほど変わらない大きさの酒場の扉には、【閉店】のプレートが掲げられていた。

 扉に近付くと人の気配があり、店内にはまだ何人か居ることが分かった。


 キィー、カランカランッ


 ドアノブを掴んで重たい扉に体重をかけて押して開くと、扉に取り付けられているドアチャイムが鳴り響く。

 店内には、バーカウンターと十ほどのテーブルが設置され、椅子は全てテーブルに上げられているが、特に変わった所も無い普通の酒場だった。


 ドアノブの音に気が付いた、従業員とおぼしき大柄な男性は、床をモップがけしていた手を止めて扉の方を振り返った。

 白色シャツと黒色ズボンを履き、黒髪を短髪に刈り込んだ日に焼けた肌の大柄な男性の顔を見たアデラインは、息を呑んで動きを止める。

 シャツの袖を捲って見える前腕の筋肉大きく盛り上がり、左目に黒色の眼帯を付けた厳つい男性は手にしていたモップをテーブルに立て掛けると、アデラインの側までやって来て、ジロリと頭の上から足元まで一瞥した。


「お嬢さん、申し訳ないが今はまだ開店前でね。日が暮れたらおいで、と言いたいところだが……お嬢さんはまだ酒を飲めないだろう。此処へは迷って来たのか?」


 帽子の鍔に隠れていたアデラインの顔を確認して、成人前の少女だと分かった男性の声は若干戸惑いが混じっていた。

 大柄な男性と視線を合わせるため、アデラインは顔を上げて背筋を伸ばす。


「迷ってもいないし、お酒を飲みに来たわけではないわ」

「じゃあ何の用だ?」

「マスターに会いに来たのよ」

「は? マスター、だと?」


 男性は返答に迷ったように目を泳がせた後、カウンターの奥を見た。

 アデラインもカウンターの方へ視線を移すと、奥から人影と軽い足音が店舗の方へ近付いて来る。


「へー、お嬢さんは俺に会いに来てくれたんだ」


 カウンターの奥から姿を現したのは、赤みの強い橙色の髪を襟足だけ三つ編みにした若い青年だった。

 青年はアデラインと屈強な男性を交互に見て、人懐っこい笑みを浮かべた。


「俺がマスターだよ」


 まだ若い橙色の髪をした青年がマスターとは、嘘くさくてアデラインは小首を傾げた。

 まだ、横に立っている大柄な男性がマスターだと言われた方が納得できる。


(やっぱり、彼も此処の一員なのね。マスターだなんて言って、後で怒られないのかな?)


 自分を「マスターだ」と、自信満々で言う青年と大柄な男性には見覚えがあった。

 否、アデラインとは初対面だ。正確には“私”の記憶、スマートフォンの画面越しで彼を見たことがあった。


「貴方はマスターでは無いでしょう? 本当のマスターに会わせて。だって此処は、ただの酒場ではない。金狼のアジト、でしょう?」


 「金狼」の言葉を口にした瞬間、二人の男性の目が鋭くなった。




絶対に思い通りにはさせない!という勢いのまま、アデラインは酒場へ突入した!


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