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43.ハッピーエンドの裏側にいる者たち

途中で視点が変わります。

 学園の手前で馬車から降りたサミュエルとリナは、二人並んで歩いて女子寮へ向かっていた。


「サミュエル」


 隣を歩くサミュエルのジャケットの袖を持っていたリナは、周囲を見渡してから彼の手を握る。


「いつも守ってくれてありがとう。大好きよ」

「私もリナが好きだよ」

「えへへ」


 一瞬だけサミュエルから離れた手は、指を絡めて繋ぎ直されてリナは笑顔になる。


 週末の夕方ということもあり、学園の敷地内には生徒の姿はほとんど見かけない。

 女子寮の門の前まで来たサミュエルは、繋いでいた手を離して風で乱れたリナの髪を手櫛で整えた。


「今日は疲れただろう? 夜更かししないで早く寝るんだよ」

「うん、また明日ね」


 大きく手を振るリナに手を振り返し、サミュエルは日が暮れて薄暗くなった道を歩き男子寮へ向かう。


 点灯した照明の灯りが届かない木の影へ入った時、サミュエルは足を止めた。


「何かご用ですか?」


 木の葉を揺らしていた風の音は止み、無音になった空間に何者かが砂利を踏む音が聞こえて、サミュエルは笑顔の仮面をかぶる。


 暗がりから姿を現した黒装束の男は、つい一時間前に顔を合わせていた相手とは思えないほど別人の雰囲気を発していて、気圧されそうになったサミュエルは手に力を入れた。


「全てお前の思い通りになったのか」

「ええ」


 笑顔で頷くサミュエルを見て、黒装束の男は赤い目を細める。


「リナを殿下から守れましたし、邪魔な王太子の取り巻き達もいなくなった。もうリナは、私以外の男に目を向けないでしょう。マスター、ありがとうございました」


 サミュエルから頭を下げられ、クラウスはフンッと鼻を鳴らした。


「あの異世界人は手に入っても、王族へ反逆するというお前の父親の企みは潰れたぞ」

「金狼がアデライン嬢を守っているのに、ベルサリオ公爵相手に反乱を起こすのは無謀でしょう? 父上は賢明な判断を下したと思いますよ。私はリナを手に入れられれば他は望みません」


 嬉しそうに笑ったサミュエルが胸元に手を当てた時、シャリッと金属が擦れる音が鳴る。


「ああ、そうだ。お借りしていたコレを返さなければなりませんね」


 ジャケットの内側へ手を入れたサミュエルは、内ポケットから紫色の魔石のペンダントトップのネックレスを取り出す。

 ペンダントトップの魔石は真っ二つに亀裂が入り、金のチェーンは切れていた。


「鎖が切れて地面に落ちた時に、魔石が割れてしまったようです。心を縛ることが出来る貴重な物を借していただいたのに、すみません」

「あの娘のせいではない。阿呆王子の糸が切れた時、コレは力を失ったからな。それに俺には不要な物だ。お前にくれてやる」

「さすが、金狼のマスターですね」


 中央大陸をほぼ手中に収め、栄華を極めた末に皇族の争いによって滅亡した帝国に伝わっていたという、貴重な魔道具。それを「不要」と言い捨てるクラウスを見詰めて、サミュエルは苦笑いした。


「契約は全て完了した。報酬を貰おうか」

「ええ」


 手のひらの上に乗せていたネックレスをジャケットの内ポケットへ戻し、もう一つの内ポケットからハンカチに包んだモノを出す。


「蛮族が崇めていた古の神の欠片。お探しの物は、これで間違いないでしょうか?」


 差し出されたハンカチに包まれたモノを受け取り、中身を確認してクラウスは目を細めた。


「ああ。確かに受け取った。これでお前との契約は終いだ。以後、金狼はお前を攻撃することが出来る。俺のアデラインに近付く時は、言動に気を付けることだな」


 言い終わると同時に、クラウスの足元に転移魔法陣が展開される。

 魔法陣に描かれた幾何学模様から発せられる光がクラウスを包んでいく。

 数秒後、魔法陣からの光が消えると彼の姿も痕跡すら残さず消えていた。



「さすが……凄いな」


 王宮魔術師でも限られた者しか使えない転移魔法は、膨大な魔力を有していなければ発動出来ない。

 学園に張り巡らされている結界を抑え込み、警備の者たちに察知させずに発動させたクラウスの魔法を目の当たりにしたサミュエルは、心からの感嘆の声を漏らす。


「ラスボスだけは敵に回さないように気を付けますよ。でも、アデライン嬢は……ふっ、事実を知ったらどうするのかな」


 夜空を見上げて呟いた声は、吹き抜けていく風によってかき消された。



 ***



 王宮から屋敷へ帰って来たアデラインは、出迎えたエリックと久し振りに食堂で夕食を共にした。


「義姉様、申し訳ありませんでした」


 茶会での出来事、アデラインへ婚約破棄宣言をしたヒューバードの顛末を伝えると、エリックは涙ぐみながら何度も謝罪の言葉を口にした。

 以前の関係に戻るのはまだ少し時間はかかりそうだが、僅かでもエリックに笑顔が戻ったことに安堵した。


「お嬢様、おやすみなさいませ」


 就寝準備を終えて退室していくラザリーを見送り、ベッドに横になればあっという間に眠気が襲ってくる。


(疲れたわ……これで破滅は回避されたのよね? わたくしは元の世界に戻るの? 目が覚めたら“私”に戻っていたら……約束は守れないな)


 一緒に食べに行こうとアデラインから誘った時、嬉しそうに快諾したクラウスの顔が脳裏に浮かぶ。

 屋敷に着いて馬車から降りる前に、偽装を解いたクラウスから口付けられた右手の甲を撫でる。


(やることがあるからって、クラウスさんは転移魔法でどこかへ行ってしまった。クラウスさんとの交わす最後の言葉になったら悲しいわね。前みたいに名前を呼んだら、来てくれるかな?)


 左手人差し指の指輪に向かって声を出そうと口を開いて、すぐに閉じた。


(金狼のマスターを「気になるから」って理由で呼び出してはいけないわ。明日、アジトへ行こう)


 指輪の赤い魔石を見詰めているうちに、増していく眠気に耐えきれなくなったアデラインは上げていた左手を下ろし、目蓋を閉じた。




 四方を石材で作られた円形の部屋は薄暗く、黴と埃で淀んだ空気は重たくて兵達に拘束されて連れて来られた女性から、抵抗する気力を一気に奪っていった。

 出入り口は一つしかなく、魔法を封じられてしまった状態では重い扉はどんなに頑張っても開けない。


 石の床に座り込んだ女性は、両手で顔を覆って涙を流していた。


『うっうっ、どうしてこんなことになったの……』


 婚約者の心が完全に自分から離れてしまっていたのは分かっていた。

 けれど、仲良くしていたと思い込んでいた義弟と信じていた執事にまで裏切られるとは、信じられなかった。


 自分の呼吸音と嗚咽の声しか聞こえない室内に、誰かの足音が聞こえた気がして女性は顔を上げた。


『アデライン嬢』


 扉の方から若い男性の声が聞こえ、アデラインは肩を揺らした。


『貴方は……どうして? だって貴方は』

『しっ、お静かに。明朝、貴女は殿下の命を受けた者達の手で処刑されます。お父上のベルサリオ公爵への報告は、馬車の転倒による事故死として処理されるでしょう』

『そんなっ!?』


 口元に手を当てたアデラインはガタガタと震え出す。


『これを』


 扉に付いている食事を運ぶための小窓が開き、液体の入った小瓶が室内へ差し入れられる。


『これを飲めば、呼吸と心臓の動きは止まり一時的に仮死状態になります。貴女の自死を知り、殿下が計画変更に動いている隙をみて、貴女を逃がします』


 口元から手を外したアデラインは緩慢な動作で立ち上がり、足元をふらつかせて扉へ近付いた。


『どうしてですか? 貴方は殿下の指示で動いていたでしょう? 何故、わたくしを逃がすの?』


 扉の向こう側にいる男性は、フッと笑うと小窓を閉じる。


『リナのためですよ。このままでは、リナは殿下と共に破滅するでしょう。これを飲むかどうかは、アデライン嬢にお任せします』


 男性の気配は扉の側から離れ、歩き出した足音は遠ざかって行った。



 しばらくの間、扉を睨んでいたアデラインはゆっくり手を伸ばして小瓶を掴む。


『リナさんのため、ですか。仮死状態になれる薬……ふふ、毒にしか思えない。でも、望みがあるのならここから出て、今とは違う生き方をしてみたいわ。身分も婚約者にも振り回されない、わたくしになりたい』


 小瓶の蓋を摘み、目蓋を閉じたアデラインは一気に小瓶の中の液体を飲み干した。

 液体が口から喉を通過した瞬間、口の中と喉が焼けるように熱くなり痛みに耐えきれず、蹲ったアデラインの手から小瓶が床に落ちる。


(ううっ! 熱いっ痛いっ!)


 痛みのあまり涙が溢れ出て、苦しさでアデラインは石の床に爪を立てた。


 喉から全身に広がっていく激痛と、息苦しさで意識が遠ざかっていく。



『……大丈夫ですか!?』

『人が落ちた! 救急車だ!』


 途切れかけた意識の中でアデラインの耳が捉えたのは、複数の足音と全く知らない男性の声と女性の悲鳴だった。



サミュエルは金狼と契約をしていました。

続きます。

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