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42.バッドエンドになったのは、誰だったか

 地面に倒れたヒューバードは、駆け付けた魔術師が状態の確認と応急処置をしてから、担架に乗せられ王宮へ搬送されて行った。


(この一週間、長かったわりにはあっけない終わりだわ。わたくしがやれることは全てやった。後のことはお父様と陛下にお任せになるわね)


 破滅回避をやりきった達成感と疲労感からアデラインの体から力が抜けていく。

 震える両足に力を入れて、ヒューバートから座るように指示されたガーデンチェアのあるテーブルまで歩く。


 テーブルに置かれた保温加工のしてあるポットを手に取り、ティーカップに紅茶を注いだ。

 ティーカップから香る紅茶の香りが気分を少しだけ落ち着かせてくれる。

 ティーカップを持ったアデラインは紅茶を一口飲んで目を細めた。

 皿に並んだクッキーを摘んで齧れば、丁度いい甘みが口の中に広がっていき緊張で強張っていた体の力が抜けていく。


「ここにあるクッキーを持って帰れるように包んでくれる?」

「はい。かしこまりました」


 頭を下げたメイドは、焼き菓子を並べた皿を持って下がって行った。


「全部持って帰る気か?」


 優雅に紅茶を飲むアデラインにクラウスは呆れ顔で問う。


「ええ。せっかく殿下が用意してくださったのに、食べないで処分するのはもったいないでしょう? ここにあるのは、若い女性達に人気の菓子店の焼き菓子です」


 果汁やココア粉末を生地に練り混んで焼き上げた色鮮やかなクッキーは、若い女性達に人気のある菓子店のものだった。


(今日のために殿下はリナさんのために取り寄せたのかしら?)


 アデラインが食べかけのクッキーを口の中へ放り込むより早く、伸びてきたクラウスの手がクッキーを取り上げ、自分の口の中へ放った。


「あっ」

「阿呆王子が用意した菓子を食べなくても、菓子くらい俺が好きなだけ用意してやる」

「貴方はやり過ぎるから、そうですね。今度、一緒に食べに行きませんか?」

「行く」


 髪と瞳の色を変えたことでいつもと雰囲気が変わっているからか、即答するクラウスがいつもよりも幼く、可愛く見えてアデラインは微笑んだ。


「その人ってアデラインさんの彼氏? だからかぁ!」


 見つめ合ったクラウスと甘い雰囲気になりかけていたアデラインは、リナの声で我に返ると振り返った。


「チッ邪魔だな」

「駄目です」


 隣に立つクラウスの苛つきを感じ取り、アデラインは彼の手を握った。


「だがらヒューもがっ」

「失礼しました」


 リナの背後に立ち、彼女の口を手で覆い言葉を遮ったサミュエルは、申し訳なさそうに頭を下げる。


「いえ。サミュエル様、先ほどはご協力感謝します」

「礼を言わなければならないのは私の方です。殿下の取り巻き達を正気に戻し、殿下ご自身の暴走も止めてくださったのですから」

「わたくしは今までの仕返しをしただけですわ。殿下は全ての悪行をわたくしに押し付け処罰しようとしていたようですし、ベルサリオ公爵家と王家はモルガン辺境伯が誇る騎馬軍団を敵に回すことになったでしょうからね」


 アデラインの言葉を聞き、サミュエルは貼り付けていた笑みを消した。


「やはり、貴女は……凄い方ですね」

「凄くはありません。わたくしが気付くのが遅かったせいで、殿下をここまで堕落させてしまったのですから」

「堕落、ですか」

「ええ。そうなるように仕向けられていたと気付かなかった、わたくしの失態でもあります」


 多少我儘でも、ヒューバードは王太子の立場を忘れるほど自己中心で、享楽にのめり込む性格では無かった。

 シナリオの強制力が働いたせいで酷くなったのかと思っていたが、アデラインの周辺から見つかった精神に作用する薬物や魔石を使った装飾品。ヒューバードもアデライン同様、何らかの方法で性格を歪められていたら……そんなことをして一番得をする者は誰か。


 ゲームのヒューバードルートのバッドエンドを思い出した昨夜、アデラインの中に一つの可能性が浮かんでしまった。

 手を握るクラウスがいなければ、アデラインの感情によって漏れ出た魔力によって、周囲の空気は凍り付いていただろう。


「ですが、アデライン嬢。今更でしょう?」

「ええ。そうね」


 目を逸らしたアデラインが頷くと、サミュエルはリナの口を覆っていた手を外した。


「一つ、教えてください。リナさんは殿下と恋人関係だったのですか?」

「えぇえっ?」


 アデラインの問い掛けに、リナは目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。


「恋人関係でないのでしたら何故、殿下を受け入れていたのでしょうか?」


 異世界転移したリナを見付けて保護したのはサミュエルだから、学園でも保護者のように彼女のことを気にかけているだけだと昨夜までは思い込んでいた。

 昨夜、学園で会話した時のサミュエルとリナの様子を思い返して、違和感を覚えてから一つの仮説を立てたのだ。


「わたくしの勘違いでなければ、リナさんは殿下ではなくサミュエル様を慕っているのでしょう」

「それは……ヒューバード様って見た目は格好良いし、王太子だからかな?」


 眉を寄せて腕組みをしたリナは、少し考えてから口を開いた。


「サミュエルのことが一番好きだけど、王太子殿下に逆らったらサミュエルとモルガン家の皆さんが大変になるでしょう。ヒューバード様に愛想よくしていれば色々と貢い、買ってくれるし周りの男子が優しくしてくれたから一緒にいただけよ。アデラインさんから奪うつもりはなかったわ。俺様でしつこいタイプの男ってそんなに好きじゃないし」

「リナ」

「あっ、ごめん~」


 窘めるような口調のサミュエルを見上げて、口元に手を当てたリナは「えへへ」と苦笑いする。


(異世界人のリナさんとは価値観の違いというか、“私”の生活していた世界の若い女の子の感覚ね。自業自得とはいえ、少しだけ殿下が可哀そうになってきたわ)


 ゲームでは、ヒロインのリナが攻略対象者との親密度を上げられず攻略を失敗すると、両想いになれないまま終了する友達エンドか、策略に巻き込まれて攻略対象者かヒロインが行方不明か死亡するバッドエンドを迎える。

 この世界でバッドエンドを迎えたのは、ヒロインのリナでもアデラインでもなくヒューバードだったのだ。

 命の危機は無くとも、今後の彼の未来は険しいものになるだろうから。


「怪しいカフェもね、ヒューバード様から一緒に行こうって誘われたこともあったけど、サミュエルに駄目だって怒られたから断ったわ。危ないお酒を飲まされるとかこわっ。あの時、一緒に行かなくてよかったー」


 ホッと息を吐いたリナは胸を撫で下ろす。


「夜遊びは駄目だよ。学園を抜け出すのはリナのためにはならない」

「はーい」


 ヒューバードのことを、大して気にかけていないリナの態度を見て、少しだけアデラインは胸の奥が痛くなる。


「サミュエル様はこれでよかったのですか? お父上が王都へ向かう理由が無くなってしまったでしょう?」

「さすが、殿下と共謀した義弟君と優秀な執事が仕組んだ罠を全て解除しただけありますね。アデライン嬢が殿下の婚約者に選ばれた理由がよく分かります。父上には計画が頓挫した責任を取ってもらい、私が学園卒業して成人したと同時に隠居してもらう予定です。ですから、安心していてください」


 リナに向ける優しい目とは違い、冷たい目をしてサミュエルは僅かに口角を上げて笑った。



「アデライン嬢、我々はこれで失礼します」


 メイドが包んでくれた焼き菓子を手にしたリナとサミュエルは、学園でのヒューバードの情報提供をすることを了承して学生寮へ戻って行った。




「はー、疲れたわ」


 茶会の片付けをする使用人達の邪魔にならないよう、庭園の片隅にあるガセボへ移動したアデラインはベンチに座って大きく伸びをした。

 首元のタイを外し、髪と瞳の色を元に戻したクラウスが隣に座る。


「生意気な小僧は叩き潰してやればよかっただろう」

「陛下とお父様の手で叩き潰されて、ペシャンコにされると思うわよ?」

「阿呆王子の方ではない。ああ、来たな」


 どこからか飛んできた青銅色の小鳥がガセボの中へ入り、ベンチの上を一周してからクラウスの人差し指に止まる。


「ルベルトの使い魔だ。少々、強引な手は使ったが交渉は上手くいったそうだ」

「わたくしが殿下を断罪して、息子とリナさんがいたら辺境伯も受け入れるしかないわよね」


 直接モルガン辺境伯とは面識は無いが、ゲームではサミュエルとは全く似ていない厳つい武人、といった外見をしていた。

 いくら金狼でも、サミュエル辺境伯を精神干渉魔法で操れるとは思えない。情に厚いという性格を逆手に取り、息子とリナの名前を出して受け入れさせたのだろう。


「交渉が上手くいかなかったら、金狼が辺境伯を潰すつもりだった。アデラインが穏便にしろと望んだから、穏便に済ませただけだ」


 褒めろと言わんばかりのクラウスは、アデラインの髪を一房手に取ると人差し指と親指で髪を弄る。


「それで、報酬は?」

「報酬?」


 きょとんと、小首を傾げてアデラインは訊き返す。


「追加依頼の報酬だ」


(報酬って、お金? ううん。この顔は違うわね)


 髪を弄るクラウスの指を握り、アデラインは背筋と首を伸ばした。


 ちゅっ。


 クラウスの頬に触れたアデラインの唇は、リップ音を立ててゆっくりと離れていく。


「……クラウスさんが側にいてくれたから、不安でも堂々としていられたわ。ありがとうございました」


 頬とはいえ自分から口付けたのが恥ずかしくて、アデラインの顔は真っ赤に染まった。


 僅かに目を開いたクラウスは口角を上げて、口付けられた自分の頬を指で触れる。


「足りない」

「えっ」


 背凭れを掴んで、アデラインに覆いかぶさったクラウスの手が頬に添えられる。


「な、ぅんっ」


 何が起こるのか察知する前にアデラインの視界は暗くなり、半開きの唇は吐息ごとクラウスに食まれてしまった。


バッドエンドを迎えたのは、王太子ヒューバートでした。

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[気になる点] 公爵令嬢に濡れ衣着せたリナに事情聴取すらなし?
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