38.新しい契約は執着か。それとも呪いか?②
真剣な表情のクラウスは冗談を言っているわけでは無さそうで、アデラインの脳内は疑問で埋め尽くされていく。
(番ってなんだったかしら? 話の流れから特別な関係みたいなもの? わたくしが特別な相手ってこと? 契約主以上の特別な関係ってなに? 恋愛関係? お付き合いもなにも、告白すらしていないのよ。はっ! ヒューバード殿下と婚約解消も出来ていないのに付き合うなんて、わたくしは何を考えているのー!?)
うんうん唸って考え込んだり赤面したりと、一人百面相をするアデラインは熱を帯びた両頬に手のひらを当てて、少しでも熱を冷まそうとした。
「……番ってなに?」
自問しても答えが導き出せなかったアデラインから問われ、クラウスの動きが止まる。
「番とは魂に刻まれた相手のことだ」
頬に当てているアデラインの手をクラウスの手が包みこむように握り、彼の膝の上へと移動させられる。
「俺の一族は、狂った先祖によって呪われていてな」
「呪い?」
物騒な話に変わり、驚いたアデラインは顔を上げた。
「一族の始祖は竜だったらしい。竜の血が薄まっていても、時折強い魔力を持った先祖返りが生まれる。俺も先祖返りだ」
「竜……この国では、神に近い存在って言われているのに呪いだなんて」
神に近い存在として崇められている竜と人の間に子が成されるとは、レストレンジ王国では畏れ多すぎて御伽噺でも取り扱っていない。
闇ギルドマスターが竜の血を継いでいることは、“私”の記憶にも無かった。
信じがたい話だが、魔力が暴走しかけたクラウスの姿は漆黒の鱗に覆われ背中に翼を持った、異国の物語に描かれていた竜そのものだった。
(いきなり番とか竜とか言われても信じられないけど、魔力が暴走した時のクラウスさんの姿は、言われてみれば竜に似た形に変化していたわ。人とは思えないくらい強い魔力と身体能力の高さから、竜の先祖返りだって言われても納得できる。もしかしたら、期間限定イベントでそのクラウスさんの話があったのかもしれない。ラスボスの悲しい過去? 見たかったなぁ)
考え込むアデラインの手をいったん離したクラウスは指と指を絡めて握り直す。
「百五十年ほど前、先祖返りをした先祖によって一族の血に呪いをかけられた。呪いによって感情が昂ると、忌まわしい血によって破壊衝動が抑えられなくなる。魔力が弱ければ、成人を迎える前に心身ともに魔物と化す。魔力が強くてもいずれは魔物と化す。魔物と化した者は全て、親兄弟であろうと俺が始末した」
「そんな……」
“私”の記憶に無いラスボスの過去を知って瞳を揺らしたアデラインとは違い、視線を合わせているクラウスの青色の瞳は少しも揺れることなく、静かなままだった。
「もしかして、クラウスさんが探している物は呪いを解く物なの?」
「そうだ。解呪に必要なモノを手に入れるため、呪いによって定期的に襲ってくる破壊衝動を発散させるために、俺は金狼のマスターとなった」
なろうと思っても、曲者ぞろいの闇ギルド金狼のギルドマスターは、そう簡単になれるものではない。
破滅回避のためとはいえ、やはりとんでもない人物と契約したのだと再認識して、アデラインは口元を引き攣らせる。
「クラウスさんがこの国に来たのは、解呪に必要な物が王宮にあるから?」
「そうだ。この国に来たのは依頼があったからだが、依頼主を調べているうちに探していた物の一つがあることが分かった。それを手に入れるために動いていた時に、アデラインがアジトへやって来た」
「契約はお互いにとって都合がよかったのね」
(ゲームでは、反王族派の貴族に依頼されたから王太子と第二王子の命を狙っていたと思っていたけど、実は呪いを解くために王族の血が必要だから狙っていたのね。わたくしはタイミングが良かったから金狼と契約出来たんだわ)
逆行した当初はがっかりしたが、結果的に断罪当日の朝に戻れて良かったのだ。
「たしかに、王族の傍系のアデラインとの契約は俺にとって都合がよかった。俺を蝕む呪いに抗うのは、莫大な魔力と精神力が必要になる。解呪以外で呪いの苦痛から逃れられるのは、番える相手に触れている時だけだと生き残った者から教えられた。先祖は狂っていても、竜の本能で自分の血を絶やすことはしなかったのだろう」
「また番、ですか」
「俺の番はお前だ。アデラインがアジトを訪れ契約できたのは、運命だとしか思えない」
「ぇあっ!?」
頬を赤らめたクラウスに熱を帯びた瞳で見詰められ、その破壊力の強さにアデラインは悲鳴に似た声を上げた。
「貴方誰ですか?」と問いたくなるほど、甘い雰囲気を放ち出したクラウスの顔が近付き、咄嗟にアデラインは彼に握られていない方の手を広げて自分の顔を防御した。
「ま、待って。番だって言われても、竜とか呪いとか、急展開過ぎて何が何だか分からないわ。少し考える時間をください!」
「アジトで存在を知った時から、ずっとアデラインのことが気になっていた。気になっていたのも、執事に傷付けられたと知って怒りを抑えられなくなったのも、アデラインが俺の番だったからだと今なら分かる」
「それは、緊急時に相手が素敵に見えちゃった吊り橋効果ってやつで、勘違いではないの?」
「間違いではない。はっきりと分かる。アデラインは俺の番だ」
言い切ったクラウスは、接近するのを防いでいたアデラインの手のひらに口付けた。
ちゅっと、リップ音を立てて離れていく唇の感触が生々しくて、アデラインの脳内が沸騰する。
(ぎゃああああー! ヤンデレ執事に襲われて、助けに来てくれたクラウスさんは魔力を暴走させた上に呪われてて、わたくしのことを番とか言い出すし、頭の中の許容量はもう限界よ)
上半身と太股を密着させて座っているのは恥ずかしくて、身を縮めてほんの僅かに出来た隙間も腰に回されている腕に抱き寄せられて、すぐに無くなってしまう。
指を絡ませて繋いでいる手を離してもらいたくても、がっちり握られていて離れてもらえそうにない。
「今すぐ俺を受け入れろという強要はしない。俺から離れられないように、これから全力でアデラインを惚れさせるだけだ」
「惚れ、惚れさせるって」
至極愉しそうに口角を上げるクラウスにだけ、スポットライトが当たっているかのように彼の周囲が煌めき、眩しくて目蓋を閉じた。
(ああああー! ラスボスでも呪われていても顔が良いのよ! クラウスさんが、好き好きってオーラ出して微笑んでいるとか、もう無理だわ! 色気が有り過ぎて、このままじゃわたくし、失神する!)
「はっ! 失神している場合じゃなかった! 明日の対策をしなければならなかったわ!」
遠退きかけた意識をぎりぎりで踏みとどまらせたのは、視界の隅に入った壁掛けの時計。
「明日? 王太子主催の茶会、とやらか?」
「そのお茶会でわたくしは殿下から婚約破棄宣言されるらしいの」
「ほう……婚約破棄ね。好都合だが、王太子から宣言するのは生意気だな」
甘く蕩ける笑みとは全く違う、ニヤリという効果音が聞こえてきそうな不穏な笑みを浮かべたクラウスを見て、茹だっていたアデラインの心が少しだけ鎮まる。
「明日の茶会では、わたくしを陥れようとする王太子に反撃するつもりです。レザードとエリックのおかげで証拠はいっぱいありますし、王太子が言い出す前にこちらから婚約破棄を叩きつけてやります。だから、屋敷へ帰してください」
「嫌だ」
横を向いたクラウスの声には何故か拗ねた響きがあった。
「俺のアデラインを陥れようとする王太子の茶番に付き合わなくても、俺が全てを潰してやる」
「それだとわたくし達が反逆者にされるわ。腹が立っても真正面から叩き潰すのが一番いいの。呪いを解くためにわたくしが必要でしたなら、助けてもらったお礼もありますし出来る限り協力します。番のことはよく分からないけれど、新しく契約を結び直すのでしたら契約書を直しましょう」
「新しく契約を結び直す、か……分かった」
指を絡ませて握っていたクラウスの手が外れて、ようやく解放されたとアデラインがホッとしたのは数秒だけだった。
「アデライン」
名前を呼ばれたことに気が向いている隙に、腰へ回されていた手が上へと動きアデラインの後頭部を押さえた。
「クラウス、さん?」
近くなる距離に驚くよりも早く視界が暗くなり、次いで唇に触れる温かくやわらかい感触。
(えっ?)
呆然となるアデラインの下唇を軽く食んでから、触れ合っていたクラウスの唇と後頭部を押さえていた手は離れていく。
触れ合ったのはたった数秒でも、アデラインの体を電流が走り抜けていき動けなくなった。
「……な、なぁ、今、なにをしたの」
「ふっ、これで契約成立だ」
顔を真っ赤に染めてぱくぱく口を開閉させるアデラインに、満足気に目を細めたクラウスは彼女の唇に人差し指を当てた。
クラウス、デレる。
番についてのクラウス視点はそのうち出します。




