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37.新しい契約は執着か。それとも呪いか?

 補助魔法を得意としているラザリーが魔力で揺れて軋む部屋全体を結界で覆い、ディオンはクラウスの周囲に障壁を張り暴走する魔力を抑えにかかった。

 背負っていたレザードを放り投げたガルバムは、ディオンが張る障壁の強化をする。


「分かっていたが、これはきついな」


 両手で印を組み、魔力を放出するガルバムの額に汗が滲む。


「アデライン! 少ししか抑えられない! 走れっ!」

「分かったわ!」


 ディオンが張った障壁にぶつかった漆黒の魔力は、僅かに出来た綻びから侵入して走るアデラインへ襲いかかる。


 バシュッ!


 左手人差し指の指輪が光り輝き、アデラインに当たる直前で張られた薄い防御壁が魔力を弾いた。


(これは? 三人がかりでも抑えきれない魔力を指輪が避けてくれているの?)


 巨大な魔力の塊に辿り着いたアデラインが指輪を近付ければ、背中に翼を生やし全身が漆黒の鱗に覆われた異形と成ろうとしているクラウスが姿を現す。


(怖い。でも、躊躇している時間はないわ!)


 覚悟を決めてアデラインは鱗に覆われた体に手を伸ばす。

 ぱちりっ、触れた瞬間、静電気に似た痛みが指先に走った。


「クラウスさん、わたくしはもう大丈夫です。だから、落ち着いてください」


 顔を覆っていたクラウスの腕が声に反応して動き、全身から放出されていた魔力が止まる。


「貴方はわたくしを守ると言ってくれたでしょう。ギルドマスターが交わした契約を破るの?」


 顔を覆っていた手が外れ、漆黒の鱗の間から覗く深紅色の瞳がアデラインの姿をはっきりと見る。


 パリパリ、パリン……


 体を覆っていた漆黒の鱗は剥がれていき、床に落ちる前に砕け散った。


「……契約? 俺は……」

「クラウスさん、しっかりしてください」


 呆然とするクラウスに両手を伸ばしたアデラインは、彼の肩にしがみつくように抱き付いた。


「これは……そうか」


 抱き付くアデライン越しに周囲の状況を把握し、クラウスは目蓋を閉じる。


「アデライン、俺の」


 閉じた目蓋を開いたクラウスは、鱗が剥がれて人の皮膚が見えるようになった手のひらを見た後、抱き付くアデラインの背中に腕を回して彼女を抱き締めた。


 パアァアー!


 転移陣がクラウスの足元に展開され、放たれた銀色の光が二人を包み込んでいった。




 真っ白に染まった視界に驚く間もなく、突然足元が消え失せたような浮遊感に襲われる。


 数秒続いた浮遊感が無くなり、鮮明になった視界に広がったのは見慣れた自室ではなく、青色に塗った壁と床に古代文字が書かれたこじんまりした部屋だった。


「え?」


 首を動かしてアデラインは周囲を見渡し、状況の変化に目を白黒させた。


「ここは、俺の隠れ家の一つだ」

「隠れ家?」

「あの場に残っていたら、魔力を安定させるのに時間がかかるため転移した。ここなら魔力を抑え込める」


 アデラインを抱き締める腕に力を入れたクラウスは、首を動かして彼女の耳元に顔を近付ける。


「転移魔法って、そうそう使えるものではないでしょう。体は大丈夫なの?」

「問題はない。お前のおかげで元に戻れた。あのままでは、完全に正気を失い人では無くなっていた。そして、衝動のまま全てを破壊していただろうな」

「元の姿って、あっ、ちょっと」


 背中に回していた腕を動かしてアデラインを横抱きにしたクラウスは、壁際に置いてある簡易ベッドの上に彼女を下ろして座らせた。

 ベッドに手をつき、戸惑うアデラインに覆いかぶさったクラウスは彼女の肩に顔を埋める。


「クラウスさん、待って」


 制止の声を無視したクラウスは、首筋に唇を押し当て背中に回した腕でよろめくアデラインの上半身を支えた。


「……甘いな」

「ひゃあ、駄目だって」


 密着する羞恥で体温が上がり、汗ばむアデラインの首筋に啄むように口付けて、クラウスは肌の感触と香りを堪能する。


(こ、この人はいったい何してるの? 恥ずかしいのに、駄目って言っているのに離してくれないなんて。クラウスさんの体が熱いのは、まだ魔力が不安定なの? だから、こんなことしている?)


 羞恥で混乱する思考ではクラウスの行動の意図が分からず、かといって彼の魔力が不安定になっているのでは抵抗も出来ずに、首筋への口付けを受け入れるしかなかった。


 肩に顔を埋めたクラウスが首筋に口付けて、皮膚を軽く吸う度にアデラインの体から力が抜けていき、コートの襟を握る指は添えているだけになってしまった。


「んっ」


 堪えても漏れ出てしまう声が恥ずかしくて、アデラインは目蓋と口をきつく閉じる。

 それでも、クラウスの熱い吐息と唇の感触はくすぐったくて、甘ったるい声が出てしまう。


 背中に回された力強い腕が支えていなければ、力が抜けたアデラインの体は仰向けに倒れていた。


「はぁはぁ、クラウスさん」

「……どうした?」


 首筋に埋めていた顔を上げたクラウスの少し掠れた甘い声、熱を宿した瞳と目元をほんのり赤くした色気のある表情を直視してしまい、アデラインの背中がゾクリと粟立つ。


「もう、恥ずかしくて無理。終わりにしてっ」


 これ以上、触れられたら精神が耐えられないと、アデラインは真っ赤になった顔を何度も横に振る。

 目を細めて笑ったクラウスは、半泣きになっているアデラインを労るように触れるだけの口付けを落とした。


「少しやり過ぎたか。悪かった」

「これ、少しじゃないです」


 フッと、笑ったクラウスは立ち上がるとアデラインの隣に座る。

 少しだけ二人の間に隙間は出来ても、アデラインの腰を抱く腕は外れてはくれない。


「あの、もう少しだけ」

「アデライン」


 目を合わせて名前を呼ばれてしまうと、何故かアデラインは「離れて」と続く言葉は言えなくなった。


「あの執事はお前を裏切り追い詰め、兵達を殺害した。裁判を受けても下されるのは死刑だ。生かしておく必要はないだろう。それでも助けようとしたのは、お前があの男を慕っているからか」

「慕う? わたくしがレザードを、ですか?」


 慕っていると勘違いされていたと知り、アデラインは不快感で眉を寄せる。


「幼い頃から仕えてくれていたレザードには感謝はしています。でも、裏切られて殺されかけたし、屋敷に侵入して閉じ込めようとしたのは、本当に気持ち悪かった。昔はともかく、今は一欠片も慕っていません。彼には犯した罪を認めて償ってもらいたいだけ。それに、レザードの証言があれば王太子が何を言って来ても反撃できるでしょう?」

「そうか。アデラインが未だに執事を慕っていたのなら、死んだ方がマシだと思う苦痛を執事に与えていた」


 甘い雰囲気を一変させて纏う雰囲気を剣呑なものにして、不穏なことを言い出したクラウスは愉しそうに口角を上げた。

 クラウスの変化を目の当たりにして、茹だったアデラインの思考が一気に冷めていく。


(こわっ! 忘れかけていたけどこの人は冷酷非情の闇ギルドマスターで、ゲームではヒロインとヒーローを圧倒的な力で苦しめる鬼畜なラスボスだった)


 契約関係で味方になってくれているだけで、闇ギルド金狼とクラウスはヒロインとヒーローにとっては敵なのだと思い出した。

 ゲームでは王太子と敵対する者達からの依頼、今はアデラインからの依頼で王太子達を追い詰めようとしている。


(……あれ?)


 隣に座ったクラウスをまじまじと見て、アデラインは彼の変化に気付く。


「クラウスさん、ここへ来てから髪の色と瞳の色が変わっていませんか?」


 照明器具は一切無く、壁に刻まれている古代文字が発する淡い光が室内を照らす唯一の灯りのため、気が付けなかったが金髪だった髪色は銀髪に、深紅色の瞳は青色へと変化していた。


「変化と言うか……これが本来の、ではないな。今の俺の色だ。この色が嫌いで普段は変えている」

「金色も綺麗だけど銀色も綺麗ですよ」

「綺麗か」


 苦笑したクラウスは、片手でコートの釦を外して合わせを開き、シャツの釦を外していく。


「ちょ、ちょっと、何をしているのっ」


 焦るアデラインは立ち上がりかけて、開けたシャツから見えた肌の異質さに目を見開いた。


「黒い鱗?」


 クラウスの胸元、心臓の真上の肌が漆黒色の鱗と化していた。


(これは魔力を暴走させ、鱗に覆われた異形へと変化しかけていた名残りなの? まだ魔力が安定していないから?)


 戸惑うアデラインの手を掴み、クラウスは自分の手を重ねて胸元の鱗に触れさせた。


 しゅうぅぅ。


 アデラインが鱗に触れた瞬間、鱗は溶けるように消えていき他と同じ肌となる。


「触れるだけでコレが消えるとは。やはり、お前が俺の……魂の番なのか」

「魂の番?」


 聞きなれない言葉の意味が分からず、アデラインは何度も目を瞬かせた。

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