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34.決戦前日は緊張の連続

 大事な恋人に失礼な態度をとったと、ヒューバードが苦情を言いに来るかと警戒しているうちに放課後となった。


 当番日誌を書いて職員室へ提出したアデラインは、鞄を持つディオンと一緒にラザリーが待っている使用人待機場所へ向かった。


「ブライアン様?」


 待機場所の外でラザリーと話をしている男子生徒、ブライアンの背中に声をかければ、彼は跳び上がらんばかりの勢いで振り返った。


「どうして此処に? ラザリーが失礼なことをしましたか?」


 昨日、ブライアンはラザリーのことを気にしていた。

 学園では魔法は禁止されているため、ラザリーは精神干渉魔法を使用していないはずだが、何か失礼なことをしてしまったのかとアデラインは不安になり、ブライアンに問う。


「いや、そういうわけでは、ただ少しだけ、話をしていただけで」


 しどろもどろで答える、ブライアンの頬と目元がほんのり赤く染まっている気がして、アデラインは「どうしたの」という問いを込めてラザリーの方を見た。


「ふふっ、お嬢様申し訳ありません。先日、ブライアン様と共通の趣味の話で盛り上がりまして、今日もお話をする約束をしていました。ブライアン様、週休日明けに続きをしましょう」

「ぁっ、ラザリー……」


 ブライアンの眉尻が下がっていき、見るからに“意気消沈”したのが分かって、アデラインは驚いて目を瞬かせた。


「あら? お嬢様、まだブライアン様は話したりないようなので、もう少し話していてもよろしいですか?」

「ええ、わたくしはかまわないけれど……」


 王太子の側近候補達の中でも頭脳派、冷静沈着な印象のあるブライアンは肩を落としていたのをラザリーの一言で一変させ、嬉しそうに瞳を潤ませる。 


「申し訳ありません。すぐに追いかけますので、先にお戻りください。ディオさん、この後はお願いします」

「あ、ああ」


 目を細めて僅かに微笑んだラザリーに頼まれ、少し顔色が悪いディオンは頬を引き攣らせた。


 馬車乗り場へ向かって歩くアデラインは、使用人待機場所の方を振り返って首を傾げる。


「ラザリーったら、いつの間にブライアン様と親しくなったのかしら? あんなに嬉しそうなブライアン様は初めて見たわ。趣味の話って言っていたけど、ラザリーの趣味が何なのかディオンさんは何か知っている? どんな趣味なのか知りたいな」

「あー……さぁな」


 数秒考えてたディオンは、興味津々といったアデラインから視線を逸らし歯切れの悪い返事を返した。



 ***



 見送るディオンに手を振り、アデラインは馬車に乗り込んだ。

 馬車が動き出すと、アデラインは背凭れに凭れ掛かる。


(明日は王太子主催の茶会。ラザリーと仲良くなったブライアン様はどう動くのか分からないけど、少なくともわたくしへの敵意を感じなかったわ。側近から抜けたカルロス様、逮捕されたレザード、謹慎中のエリックは参加出来ない)


 取り巻きがサミュエルだけになったとしても、ヒューバードが取り巻きの候補者を個人的な茶会に参加させるのは、急すぎ無理だろう。


(お父様はかなりお怒りだったから、陛下に殿下の素行やわたくしが婚約解消を望んでいることを伝えているはずだわ。これで、殿下の独断でわたくしを捕らえることは難しくなった。明日に向けてやっておくことはあるかしら?)


 窓から外の景色を眺めながら、これから明日までにやるべきことを頭の中で組み立てていく。


(不安要素があるとしたらサミュエル様ね。確か彼は……でも、リナさんが王太子ルートで進んでいるのなら、その可能性は低いわ。ゲームみたいに好感度が見られれば、リナさんが誰ルートに入っているのか分かるのに)


 時間を逆行する前、茶会でヒューバードから婚約破棄宣言をされて兵士達に捕らえられたときの記憶が蘇り、不安からアデラインの体は小刻みに震え出す。

 腕を回して両肩を抱き締めたアデラインは、馬車の窓から外の景色を見詰めた。


「お帰りなさいませ」


 屋敷へ帰って来たアデラインを執事長とメイド、そして父親直属の騎士達が出迎える。


「お父様はまだ戻られていないのね」

「はい。お帰りは夜遅くになるそうです」


 執事長の返答に「そう」と返したアデラインは、玄関ホールから続く階段を見上げた。


「日中、エリックの様子はどうだったの?」

「お部屋で静かに過ごされていました」

「そう。よかったわ」


 専属メイド達はエリックの専属を外されて、彼の傍にはラザリーに躾けられた使用人と、父親の命を受けた護衛騎士しかいない。

 いくら反抗心を抱いていても、部屋で大人しくしているしかエリックには選択肢はないのだ。


 制服のジャケットをハンガーに掛けていたメイドを部屋から出て行かせ、ソファーに座ったアデラインは大きく伸びをした。


(今日も疲れたわね。エリックに声をかけたいけど、ラザリーが戻ってからの方がいいか。ラザリーが側に居ないと、何だか落ち着かないわね。そろそろ帰って来るかしら)


 両腕を上げて伸びをして、アデラインは窓から射し込む夕陽の茜色に照らされ、赤く輝いて見える左手人差し指の指輪を指先で撫でる。


 夕陽を反射して、朱色に輝く指輪の光を眺めていていたアデラインの目の前が真っ白に染まり、大きく目を開いて腕を上げて固まった。


(なに、これ?)


 真っ白に染まったのは数秒間だけで、流し込まれたように戻って来た色彩は見覚えのある、しかし、アデラインは知らないはずの光景。


 自室よりも手狭な部屋に置かれたチェストと小さなテーブル。

 そして、壁際に置いたベッドに左肘をついてうつ伏せになり寝転んでいる、黒髪の若い女性の姿があった。


『プレイヤーの投票によって、期間限定イベントとシークレットイベントの内容が決まるんだ?』


 黒髪の女性は黒色の板の表面を指先でなぞり、楽しそうに声を弾ませていた。


『イベントはヒロインだけでなく、ライバルキャラのアデラインも? へぇー、レザードの歪んだ執着? アデラインの我儘に振り回されていると見せかけて、実は違ったの? あとは、義弟との話か。どっちにしろ、アデラインのシナリオはヤンデレなのね』


「うーん」と唸った女性は、黒色の板の表面を人差し指で弾く。


『見てみたいのは、こっちかな。主従関係と見せかけたヤンデレね』


 にんまりと笑った黒髪の女性は、黒色の板の表面に触れる人差し指を動かして、次の画面を表示させた。


(これは、どういうことなの? 歪んだ執着って、まさか!)


 切り替わる画面を見ようと、女性に近付いたアデラインの脛がローテーブルの脚に当たり躓きかけた時、再び視界が真っ白に染まっていき……眩しさで目蓋を閉じた。




 光が消えていき目蓋を開いたアデラインは、先ほどと同じ両腕を上げたままの体勢で停止していた。


「う、今のは、“私”の記憶?」


 上げていた両腕を下ろして太股の上に置く。

 黒髪の女性は“私”で、黒色の板に表示されていたのはアデラインが悪役令嬢の役割を与えられている、アプリゲームなのだろう。


(あの部屋は“私”の部屋で、楽しみにしていた期間限定のイベント情報を見ていた。それから投票? 上位だったイベントが期間限定で追加される。そして、“私”が選んだのは……)


 太股の上に置いた手に力が入り、スカートごと握り締める。


 ぐにゃりっ、グラグラグラ!


「きゃあ」


 強い眩暈がしたと思った次の瞬間、室内が大きく揺れ出し咄嗟にアデラインはソファーの背凭れにしがみ付いた。


(い、今のは、地震? 早く外へ避難しなきゃ!)


 しがみ付いていてた背凭れから体を起こし、ふらつく両足を動かしてなんとか扉へ辿り着く。

 廊下へ出ようとアデラインがドアノブに手を伸ばした時、ゆっくりと扉が開いた。


「……え?」


 扉を開いた人物を見上げたアデラインは、目を見開いてその場から動けなくなった。


「ご無事ですか?」


 驚きで声を出せないでいるアデラインを見下ろした彼は、いつも通りの笑みを浮かべ後ろ手で扉を閉める。


「なぜ、どうして? レザード、貴方がどうしてここに……」


 昨日、警備兵に逮捕されたレザードは夜通し取り調べを受けていたはずなのに、乱れのない整った髪と綺麗な状態の執事服を着ていた。

 だが、レザードから放たれるのは穏やかとはいえない剣呑な雰囲気だった。


 危険な予感を感じ取り、早く彼から離れなければと分かってもアデラインの両脚は動いてくれない。


「お嬢様が心配で、こちらへ戻って来ました」


 普段と変わらない表情のレザードは、落ち着いた口調で言うと微笑んだ。

 微笑んでいるのに彼の目は笑っておらず、アデラインの全身に悪寒が走りぬけていく。


「申し訳ありません。警備兵の中に厄介な者が混じっていたため、始末するのに少々手間取りまして……お嬢様の元へ戻って来るのが遅くなりました」


 唇は笑みの形から動かさず物騒な台詞を言うと、レザードはジャケットのポケットから血塗れの手袋を取り出し床へ放る。


(逃げなければ! 動いてお願い!)


 浅い呼吸を繰り返して、アデラインはようやく動けるようになった体に力を入れた。


「ち、近付かないで!」


 パシンッ!


 触れようとしたレザードの手を力いっぱい叩き、動きを止めた彼の横をすり抜けてドアノブを掴んだ。


ラザリーとブライアンの話は完結後に、番外編で出そうかなと思っています。

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