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32.溜息混じりのぎこちない会話

 規則正しい寝息がアデラインから聞こえ、クラウスは眠る彼女の顔を覗き込んだ。


 少し幼さが残る寝顔を見ていると、夢でも見ているのかアデラインの口元が動き笑みの形を作る。


「……この感覚は、お前がそうなのか?」


 甘く感じる吐息に誘われるように、クラウスは顔を近付けて……垂れた髪がアデラインの頬に触れる直前で止まった。


 部屋の外で待機している者の気配を感じ取り苦笑いする。

 外で気を揉んでいるだろう部下は、クラウスを牽制するためにあえて気配を発しているのだ。


 上半身を起こしたクラウスは首を軽く振り、アデラインの頬を指先で撫でる。


「おやすみ」


 ずれた掛布をアデラインの肩まで掛け直して、クラウスはベッドから離れた。


 ベランダへ出る前にべッドの方を一度だけ振り返り、張られている結界を弄り室温を上げて暖かくしてから窓を開いた。


 タンッ。


 ベランダの手摺に足をかけて飛び下りたクラウスを待っていたのは、気配を発したラザリーと困り顔のガルバム、そして制服姿のディオンだった。


 目付きを鋭くさせたラザリーが一歩前へ出て、クラウスに頭を下げた。


「マスター、お嬢様の部屋まで転移して来たのですか?」

「ああ。俺の名を呼ぶアデラインの声が聞こえたからな」


 涼しい顔で言うクラウスを見上げ、ラザリーはグッと言葉を詰まらせた。


「お嬢様の様子はどうでしたか?」

「寝た」

「それは……良かったです」


 心底安堵した様子のラザリーは、硬かった表情を緩める。


「マスター」


 大剣を背負ったガルバムがラザリーの横に並び、アジトから伝達魔法で送られてきた紙をクラウスに手渡す。


「マスター。執事の取り調べには参加するんですか? ルベルトは自白魔法を使える者を送り込んだらしいですが、マスターが参加するなら自白魔法を使わないように伝えます」


 手渡された紙にはルベルトの字で、警備兵に紛れ込ませた金狼メンバーと、進行中のもう一つの依頼の進捗情報が書かれていた。

 突然、転移魔法を使ってアジトから姿を消したクラウスへ渡すため、急いでルベルトが書いたのだろう。

 普段よりも乱れた字と黒塗りにされた書き間違いから、ルベルトが慌てて書いたことが分かった。


 一読して内容を頭に入れたクラウスは、紙をグシャリと握り潰す。


「参加はしない。参加などしたら、執事を生かしておく自信がないからな。公女は執事を私刑にかけるより、法により裁かれることを望んでいる」

「私はお嬢様を裏切り泣かせたあの執事を、時間をかけて痛めつけて壊してやりたいです」

「ラザリー、公女は執事を壊すことを望んでいない」


 自分で発した言葉なのに気に入らず、クラウスは小さく舌打ちをした。

 ベランダに出ていたアデラインの泣き顔が脳裏にチラつく。

 執事と義弟を想って泣いていたのだと思うと、胸の奥が苦しくなっていく気がしてクラウスは目を伏せた。


「マスターってさ」


 ラザリーとガルバムの後ろで黙っていたディオンが口を開く。


「アデラインには随分と優しくなったよな。他の奴には鬼畜なのに、転移魔法までつかうなんっ」

「ディオン! 止めろ」


 感心したような口調で言うディオンの口をガルバムの手が塞ぎ、続く言葉は声にならなかった。


「優しい? 俺がアデラインに対して?」


 思いもよらない指摘を受けて、クラウスは目を丸くする。


「優しくしているつもりはない。依頼者だからだ。魔石を通して声が聞こえたから来ただけだ」


 気にしていても優しくしているつもりなど無かった。

 だが、原因不明の胸の奥の痛みと息苦しさは増していき、クラウスは深い息を吐いた。


「マスター?」

「ぷはっ! お前、加減しろよ」


 普段と様子が違うクラウスを気にして、力が緩んだガルバムの手をディオンは口から外す。


「アデラインって見た目は気が強そうなのに中身は違うし、マスターが優しくしたくなるの分かりますよ。口では強がっていても思ったことが顔に出やすいし、少し褒めると真っ赤になって照れるのとか可愛いですし」

「……ディオン」


 殺気すら感じさせる声で名前を呼ばれ、ディオンは瞬時に笑顔を消して口を閉じた。


「もう一つの方も仕込みは終わっただろう。そろそろ動くぞ」


 顔色を悪くするディオンに背を向け、クラウスは門へ向かって歩き出した。



 ***



 横領罪でレザードが逮捕され、領地からやって来た父親に素行の悪さを叱責されたエリックが自宅軟禁を言い渡されるという、大事(おおごと)が起きた翌朝。


 いつもなら決まった時間になると自然と目が覚めるのに、考えすぎて疲れていたせいでなかなか起き上がれず、ラザリーに起こされた。

 寝ぼけ眼で着替えを済ませて髪を結い終わった頃、ようやく目が覚めたアデラインはドレッサーの前の椅子に座り、頭を抱える。


(昨夜、クラウスさんが来たのは夢だったの? もしも、夢じゃなかったらわたくしはまた、クラウスさんに泣き顔を見られてしまったのね)


 頬に触れた指先と肩を抱いた手の感触は、夢にしてはリアルでおそらく夢ではない。

 仕事用ではない素のクラウスを見たのだと、彼と繋がっているという指輪越しにアデラインの声を聞いて、駆け付けてくれたのだと思うと体温が上がっていく気がした。


「お嬢様」

「はいっ」


 背後から名前を呼ばれ、アデラインは勢いよく顔を上げる。ドレッサーの鏡越しに背後に立つラザリーと目が合った。


「先ほど、公爵閣下から朝食のお誘いが来ました」

「お父様が?」

「どうされますか? お断りするのでしたら、執事長に伝えさせます」


 腕組みをしたアデラインは目を伏せる。

 父親と一緒に食事をした最後の記憶は、学園に入学する前日だった。

 あの時はエリックとの会話がほとんどで、父親とは二、三言しか会話していないのを覚えている。


「今更……いいえ、お父様に相談したいことがあったから丁度いいわ。ぜひご一緒したいと伝えて」

「分かりました。お嬢様、失礼します」


 小さく頷いたラザリーはエプロンからブラシを取り出し、少し乱れてしまったアデラインの髪に手を伸ばした。


 食堂の中央に置かれた立派なテーブルに並ぶ朝食を前にして、アデラインは何度も扉と壁掛けの時計を見ていた。

 エリックとの関係が悪化してから、自室で食事をしていたせいか久し振りの父親との食事に緊張しているせいか、落ち着かない。


 トントントン。


 軽いノックの後、壁際に控えていたメイドが扉を開く。

 部屋に入ったベルサリオ公爵に向かって、室内の使用人達が一斉に頭を下げた。


 ベルサリオ公爵が椅子に座り、一呼吸置いてから給仕係がティーカップへ紅茶を注ぐ。

 紅茶を注ぎ終わると、ベルサリオ公爵は使用人全員を食堂から退室させた。


「アデライン、昨夜は眠れたか?」

「気持ちが高ぶって寝られないかと思いましたが、ベッドに横になってすぐに寝ていました。案外、寝られるものですね。お父様は休めましたか?」

「ああ。使い魔と転移魔法の使用で、魔力を使い過ぎていたからな。考え事をする前に眠っていたよ」


 どこかぎこちない会話をアデラインと交わす父親の顔色は、大量の魔力を消費した昨夜に比べれば血色も良くなっていた。


「お父様、申し訳ありません。わたくしがしっかりしていれば、今回のようなことにはなりませんでした。エリックとも話し合えばよかったと、後悔しています。ベルサリオ公爵家の者として失格ですね」


 異世界人、ゲームヒロインのリナが登場してエリックとレザードが彼女に攻略されるまで、“私”の意思が混じるまでアデラインはレザードを信じ切っていた。

 思い返せば不審な点はいくらでもあったのに、疑うことすらせず信じていたのは自分でも愚かだと思う。


「そうではない」


 首を横に振った父親は苦笑いする。


「アデラインとエリックのことをレザードに任せていたのも、レザードと学園からの報告を鵜呑みにし、放置していたのも私だ。非の打ち所がないほど優秀だというエリックの評価と、急落していったアデラインの評価の違和感に気付けなかったとは、自分が情けない。まさか、レザードが横領とアデラインを害していたなど、エリックが不真面目な行動をとり、誤魔化すために教師を買収していたとは思わなかった」

「教師を買収? エリックはそんなことまでしていたのですか」


 学業を疎かにしていただけでなく、教師を買収していたとなると庇いきれない。

 エリックの悪行を知り、アデラインは唖然となった。


ようやく逆行後6日目になりました。

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