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27.周囲と自分の変化に気付いた四日目②

 学園から帰って来たアデラインは、早々に夕食と入浴を済ませて部屋で過ごしていた。


 ソファーに座ったアデラインが読んでいるのは新聞の夕刊。

 流し読みをしていた記事の中で、気になったのは主に芸能関係の記事だった。

 記事は「王太子殿下、身分差の熱愛発覚! 近々、婚約者の変更があるかもしれない!?」という見出しとともに、ヒューバードとリナが仲睦まじく腕を組んでデートを楽しむ写真が載っていた。


(新聞に載ってしまったら、国王陛下とお父様に知られてしまうわね。都合がいいといえばいいけど、恋人発覚を理由に婚約解消を申し出て受け入れてもらえるかしら)


 国王が婚約解消を許可してくれれば、断罪イベントは起こらずアデラインが破滅する可能性は低くなる。


 ソファーから立ち上がったアデラインは、ドレッサーの前に立つ。

 入浴後、ラザリーに全身のマッサージをしてもらったため、肌は艶々になりドレッサーの鏡で確認した顔色も、昨日より良くなっていた。

 護衛がいても気の抜けない生活を送っているせいで、体は疲れていても今日の疲れは今までとは少し違う。


『アデライン様のお話を聞けて楽しかったです』

『明日も昼食にお誘いしてもいいですか?』


 一緒に昼食を食べたクラスメイトの女子生徒、オリビアとリリアンと親しくなれたことで学園生活が明るくなったのを感じていた。

 一人でも平気だと背筋を伸ばしていても、たわいのない会話をしながら女子達を一緒に昼食を食べるのは楽しい。


(伯爵令嬢のオリビアさんと男爵令嬢のリリアンさんは、ゲームには出て来なかった。学年も違うし、ヒロインの強制力の影響は無いとはいえ、油断はできない。わたくしと関わることで、彼女達を巻き込んではならないし彼女達がわたくしの弱みになってはいけない)


 この世界にゲームの強制力があるのなら、シナリオから外れたアデラインを排除するためにどんな力が働くか分からない。

 悪役令嬢が断罪されることを、この世界が必要としているのなら……口をきつく結んだアデラインは鏡を睨んだ。


(あら? 窓が開いている?)


 鏡に映った背後で何かが揺れた気がして、窓が開いているのかとアデラインは立ち上がって振り向いた。


「ひっ!」


 カーテンの影から黒い影が姿を現し、驚きで悲鳴が上がる。


「……近くまで来たついでに顔を見に来た」


 黒装束の侵入者は口元を覆っていた布を指で下げ、恐怖で引き攣った顔のアデラインに素顔を見せた。


「ク、クラウスさん? どうしてここに? 事前に連絡をしてくださいと、お願いしたはずですよ」


「ついでだ、と言っただろう。連絡が遅くなってしまい、正面からではなく窓から来ただけだ」

「ついでって、吃驚するから突然来るのは止めてください」

「突然? ラザリーには知らせたぞ」


 動悸が収まらず深呼吸をするアデラインの側まで歩み寄り、クラウスは視線を横に動かす。


「マスターから連絡が来たのは、二分程前です。夜遅くの突然の訪問、マスターの行動は正しいと私も思えません」

「ラザリー?」


 声を発するまで、アデラインに気配すら感じさせなかったラザリーは、顔は無表情のままだが珍しく強い口調でクラウスに言う。


「……緊急回避のためだ」

「それは、失礼いたしました。お嬢様、何かございましたら大声で叫んでください。私とガルバムが全力で対応します。では、失礼します」

「ラザリー?」


 頭を下げたラザリーは、アデラインが不安になることを言い残して部屋から出て行った。



 二人きりになった途端、落ち着かない気分になりアデラインは視線を彷徨わせる。


「あの、クラウスさんがここに来た理由は何でしょうか?」

「理由が無ければ、来てはいけないのか?」

「来る時間を考えてください。遅い時間の訪問は駄目です!」

「そうか」


 目を細めて笑ったクラウスが一歩近付き、二人の距離が縮まる。

 距離が近くなったことで、鉄錆の香りが濃くなっているのにアデラインは気付き、眉を寄せた。


「クラウスさん? コートに血が付いていますけど、怪我をされているのですか?」

「ああ、これは返り血だ」


 黒色のコートは目立たなくとも近付けば、薄っすらと布地に液体が付着しているのが分かる。

 鉄錆に似た香りから血液、それも返り血だろうと分かっていても血塗れで近付かれるのは怖くて、後ろへ下がったアデラインの踵がドレッサーの椅子に当たった。


「……拭うか、コートを脱いで来てください」

「お前、血が苦手か?」

「苦手です。好きな方は多くはないでしょう」


 色彩の赤が好きでも、アデラインも“私”も血液は苦手だった。

 多少慣れたとはいえ、部屋に返り血塗れの男を笑顔で受け入れるなど無理だし、服を着替えて出直してきてほしい。


「そうか。斬った相手から流れた返り血を浴びる度、俺は自分が生きていることを感じられる。あえて避けなかったが、アデラインが苦手ならば次から気にしよう。それでいいか?」

「……え?」


 血液が付着しているだろう黒革の手袋を外すクラウスを凝視しながら、アデラインは彼の言葉を頭の中で復唱して確認する。


(平然と言うから「そうですか」って頷きそうになったけど、こっわ! 怖すぎる! この人、なに言っているの? 生きていることを実感とか、全く共感できないんだけど? というか、次からって言った? また来る気なの?)


 契約によって味方をしてくれているから薄れかけていたけれど、目前に立つ男は闇ギルドマスターでゲームのラスボスだということ、ラスボスと価値観が一致するわけないと、改めて実感する。


「わたくしは、好きなことに没頭している時とか美味しい物を食べている時に、生きていると感じますね。返り血を浴びるのは止めて、代わりにバスタブにお湯をたっぷりいれてゆっくりつかるのはどうでしょう。おすすめの入浴剤を教えますね」

「入浴剤だと?」


 目を瞬かせたクラウスの反応から、ズレた返答をして怒らせたかとアデラインは焦り、涙目になる。


「フッ、やはりお前は変わっている。大概の女は血に塗れた俺を見たら畏怖するか、魔力に屈して媚びへつらってくるのに、お前は畏れも媚びもしてこない」

「変わっているですって? 血塗れで平気でいるクラウスさんの方が変です」

「クククッ、褒めているんだ」


 噴き出したクラウスは、口元に手を当てて肩を震わせて笑う。


(くっ! 顔と声が良いせいか、ヤバいことを言っているって分かるのに、一周回ってマトモなことを言っているように聞こえるわ)


 怖い発言をしているクラウスも、笑っている場面だけ切り取ると普通の青年に見える。

 口元から手を外したクラウスが一歩近付き、アデラインとの距離はさらに近くなった。


「ここへ来た用件は何かと聞いていたな。交渉以外の仕事を終えた後は、魔力が高まり全てを破壊したくなる衝動に駆られる。魔獣の群れを殲滅して気を紛らわそうかと思ったが、魔獣の群れを殲滅し過ぎるのもこの国の生態系を崩すことになる。それよりもアデラインのことが気になった」

「わたくしのことが、気になった?」


 またしても不安になる発言はあったが、自分のことが気になったと言われたアデラインの心臓が大きく跳ねた。


「こうやって話していると不思議な気分になる。やはり、アデラインの側にいると昂りが凪いでいくようだ」


(うわあぁー!?)


 微笑んだクラウスの顔は、穏やかに見えて少し掠れた声は甘さを含んでいて、違うと分かっていても彼から好意を持たれているのではないかと勘違いしてしまいそうになる。

 近くなった距離では速くなっていく心臓の鼓動が聞こえやしないかと不安になり、アデラインは胸元に両手を当てた。


(え? わたくし、どうしたの? 凄く気になることを言われたのに、胸がドキドキする。これって、嘘でしょう? 鎮まれ心臓! 落ち着くのよわたくし!)


 意識してしまうと全身が真っ赤に染まっていき、クラウスの顔を直視できなくなる。


「アデライン」

「ひゃっ」


 伸びて来たクラウスの手が、アデラインの額を覆うように触れる。


「熱いな。ベッドまで抱えてやるよ」

「け、結構です! あっ」


 驚いて、上半身を仰け反らせたアデラインの足がドレッサーの椅子に当たり、バランスを崩した体が傾いていく。


「まったくお前は」


 床に倒れるより早く、クラウスの手が肩に回り傾ぐ体を支えた。


「え?」


 清涼感のある香りに包まれた次の瞬間、アデラインの足は床から離れて視界が変わる。

 何が起きたのかと考える前に、至近距離でクラウスと視線が合ったアデラインは彼に横抱きにされている、と理解した。


「きゃああ!?」

「……コートには浄化魔法をかけた。少し我慢しろ」


 息を吐いたクラウスは、固まるアデラインを横抱きにしてベッドまで運んだ。



 ***



 クラウスが横抱きにしてベッドへ運んだアデラインは、羞恥で全身を真っ赤に染めて毛布を頭までかぶって丸くなった。


「もう寝るから、クラウスさんは出て行ってください~」

「すぐに寝ないだろう」


 この様子では眠るまで時間がかかるかと思い、クラウスは毛布に手を当てて強制睡眠魔法を発動しアデラインを眠らせた。


 毛布を捲って魔法の効果を確認し、クラウスは眠るアデラインの髪を一房手に取り指先で弄り、絹糸に似た髪の感触を楽しんでからそっと口付ける。

 髪を離した指先で頬を撫でれば、くすぐったそうにアデラインは唇を動かした。


「おやすみ」


 毛布をかけ直しベッドから離れたクラウスは、窓から部屋の外に出るとテラスの柵に足をかけて庭へ飛び降りた。



「マスター」


 庭へ着地したクラウスが体勢を整えると、植え込みの影からガルバムとラザリーが姿を現す。


「お嬢様の帰宅途中、物陰に潜み馬車を襲撃しようとしていた男達を捕らえ、依頼主を吐かせました。この後、どうするかはマスターにお任せします」


 物置小屋の方を指差したガルバムは、捕らえた男達の一人が所持していた指輪をクラウスへ手渡す。


「この家紋は……面白い。捕らえた者達は向こうへ引き渡す。逃げないよう、傀儡にしておけ」

「始末しないのですか?」

「公女は血生臭いことが苦手らしい」

「はぁ」


 屋敷を見上げたクラウスの口から出た言葉は想定外のもので、ガルバムは困惑の表情を浮かべた。


「マスター、お嬢様は?」

「寝かしつけた。それ以上は何もしていない」

「分かりました」


 硬い表情をゆるめたラザリーの声には安堵の感情が混じっており、いつもと違う彼女の様子にますますガルバムは困惑するのだった。


やっとアデラインは、自分の気持ちの変化を自覚し始めました。

ガルバムさんは登下校の護衛と屋敷での護衛のお仕事をしています。

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