25.想定外の“贈り物”と揺れる感情に身悶える
報告書を読んでいくうちに、アデラインの手が震えてくる。
金狼からの報告書に書かれていることは全て、友人達からの好感度を上げるミニゲームと、攻略対象キャラとの親密度を上げるための恋愛イベントと一致していたのだ。
(ゲームでは攻略対象キャラの親密度と友人達の好感度をあげるため、イベント発生させていたけれど……真面目に考えたら勉学をおろそかにして遊んでいるだけ、友人を物で繋ぎとめているだけに思えるわ)
授業中の密会は、誰かに見られるかもしれないというスリルによって親密度は上がっても、評価は下がるだけだ。
燃え上がっている二人を応援するのは、王太子の取り巻きと恋愛に憧れを持つ一部の女子だけ。
「授業に出席せずお会いしているとは、仲睦まじいお二人ですね」
昨日、中庭で険悪な会話をした後の授業に出席せず、誰もいない特別教室でヒューバードとリナの二人で休養していたという一文には、呆れ果ててしまい乾いた笑いが込み上げてくる。
「これは写しだ。全ての情報は契約終了まで金狼と公女で共有する」
「はい。よろしくお願いいたします」
自分だけが報告書を持っているのは不安だが、契約終了までは信頼できる相手、クラウスが持っていてくれるのなら安心だ。
「では、手を出せ」
クラウスに右手のひらを出され、アデラインは反射的に左手を差し出した。
差し出された左手を掴んだクラウスは、ジャケットのポケットから取り出した銀色の指輪を、アデラインの人差し指に素早くはめた。
「指輪? あっ」
指輪に気を取られていると、左手で持っていた報告書が発光し無数の粒子と化す。
無数の粒子は、人差し指にはまっている指輪に吸い込まれていった。
「情報は指輪の中に収納され、公女が取り出したい時に出せる。この指輪は契約終了まで外せない。指を斬り落とされたとしても、俺が解除するまで外れんよ」
「指を斬り落とすって、でもこれなら紛失と盗難は防げますね」
試しに、人差し指と親指で摘んで指輪を引っ張ってみるが、皮膚の一部になったかのように指輪は微動だにしなかった。
「少し怖いけど、可愛いからいいかな」
事前に何も告げずに、指輪をはめるのはいかがなものかと思うが、呪詛が込められていた装飾品を処分したらアデラインの手元に残ったのは、普段使いには不向きな派手なものだけだった。
普段使いできる、薄ピンク色の石がついた可愛らしいデザインの指輪を貰えたことは、好意から渡されたのでなくとも嬉しい。
「ありがとうございます」
左手を胸元に当てて、アデラインはやわらかく微笑んだ。
嬉しさを隠さず笑顔になるアデラインから、口を開きかけて閉じたクラウスは顔を背ける。
「……学園で不自由なことは無いか?」
「ディオンさんが気に掛けてくれるので、以前よりも過ごしやすいです。今日の実技演習では、ディオンさんが騎士団長子息を打ち負かしてくれました。殿下の悔しそうな顔を見られてスッキリしました」
試合後、ディオンとカルロスが握手をした瞬間、観戦していた生徒達から拍手が贈られた。
ほとんどの生徒が笑顔だったのに、ヒューバードだけは苦虫を嚙み潰したような顔をしていて、アデラインは吹き出しそうになった。
思い出す度に「ざまあみろ」という感情が湧き上がってくる。
「公女の護衛がディオンの役目だからな。アイツの行動が王太子とあの女の牽制になったならいい」
「女?」
「いや、公女には関係ないことだった」
これ以上は言う気はないとばかりに、クラウスは口元を右手で覆った。
「ではクラウスさん、一つお願いがあります。わたくしのことは公女ではなく、名前で呼んでいただけますか?」
「名前で、だと?」
口元から右手を外し、クラウスは僅かに目を開く。
「ええ。わたくしだけクラウスさんのことをお名前で呼んでいるのは、少し気になります。公女ではなくアデラインと呼んでください」
以前のアデラインは違うかもしれないが、今のアデラインは公女と呼ばれることに違和感があった。
「駄目ですか?」
「いや、そうではない」
名前で呼んでほしいという“お願い”は想定外だったのか、余裕のある表情を崩さない印象のあるクラウスが困惑しているのが伝わり、アデラインは不思議な気分になった。
(冷酷非情のラスボスというイメージが凝り固まっていたから、困り顔をされると彼もちゃんとした感情のある人なんだって分かる。これなら、怖くないかも)
契約を結んでいてもなおアデラインの心に残っていた警戒心が解けていくのを感じた。
たっぷり数十秒、黙っていたクラウスはアデラインと目が合うと、目蓋を閉じて息を吐く。
「分かった。これからは名前で呼ぼう」
「ありがとうございます」
名前を呼んでもらえることが嬉しくて、体を揺らしたアデラインの肩からショールがずり落ちる。
肩にかけ直そうとした手にクラウスの手が触れ、驚いたアデラインは顔を上げた。
ずれ落ちたショールをかけ直しても、クラウスの手はアデラインの肩に触れたまま動かない。
「クラウスさん?」
見上げたクラウスの顔の近さと、深紅の瞳が逆光のせいか赤紫色に見えた気がして、アデラインは息を飲んだ。
「……アデライン、ラザリーから疲れていると聞いた。今夜は早く休め」
「はい」
思いの外優しい声で言われ、戸惑いつつもアデラインは素直に頷く。
肩に触れていたクラウスの手が上へと移動していき、そっと頭に触れた。
「では、またな」
頭を撫でたクラウスの手はそのまま下へ滑り落ちていき、アデラインの頬を一撫でして離れて行く。
口を開けて固まるアデラインの口からは空気以外は出て来てくれず、部屋から出て行くクラウスの背中を見送るしか出来なかった。
「お嬢様、どうされましたか?」
部屋から出て行ったクラウスと入れ違いに、部屋へ入って来たラザリーに声をかけられ、ようやく我に返ったアデラインの顔に熱が集中していく。
(危険人物だと分かっていても、クラウスさんの顔と声が良すぎるのよー! 頭と頬を撫でて「またな」って、反則だわー!)
絶叫したくても側にラザリーが居るため出来ず、顔を赤く染めたアデラインは頭を抱えて身悶えた。
疲れているはずなのに、ベッドへ倒れ込み頭まで掛布をかけて寝ようとしても、心臓の高鳴りはなかなか落ち着いてはくれず……深夜の時間になるまでアデラインは寝付けなかった。
恐い指輪を強制装備して、アデラインの防御力が上がりました。




