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24.何かが変わりそうな予感がする三日目③

 騎士団長子息カルロスに勝利した編入生の圧倒的な強さに恐れおののき、その後の対戦はディオンの不戦勝となった。


 合同実技演習終了後、男子達からは畏怖、女子達からは憧れの眼差しを向けられたディオンは、一部を除いた二年生から一目置かれる存在となっていた。


「悪いアデライン、今日は馬車のところまでしか送れない」


 帰りの支度をしているアデラインの側へ来たディオンは申し訳なさそうに言う。


「謝らなくてもいいですよ。この後は何かあるのですか? もしや、御礼参りとか?」


 呼び出しでも受けたのかと、不安になって硬い声になる。


「御礼参り? この後、鍛錬に付き合ってくれってカルロスに頼まれたんだよ」


 ディオンが親指で示した先、廊下の窓から教室内を覗くカルロスが立っていた。

 アデラインと目が合ったカルロスは、少し気まずそうな顔をして軽く頭を下げた。


「カルロス様はもう動いても大丈夫ですか?」

「怪我はアデラインが治したし、もうアイツは惑わされないよ。もちろん、俺も大丈夫だから心配するな」

「惑わされない? 何に、ですか?」


 試合に負けたことで、「恋愛脳になっていてはいけない」と目が覚めた、ということか。

 廊下に居るカルロスを改めて見ると、敵意をむき出しにしていたのが嘘だったかのように、爽やかな好青年といった雰囲気を纏っていた。


「ま、遅くなったらラザリーに心配されるだろう? 下まで送っていくよ」


 机上のアデラインの鞄を持ったディオンは、廊下へと歩き出した。


(誤魔化された? でも、ディオンさんとカルロス様は仲良くなったみたいだし、これはこれで良かったのかしら?)


 引っかかるものはあったが、訊いても答えてくれそうにない。

 椅子から立ち上がったアデラインは、ディオンの後に続いて教室を出た。


 馬車に乗ったアデラインは、手を振るディオンと複雑な表情を浮かべているカルロスに、軽く頭を下げた。

 カルロスの隣に立つのが、ヒューバードでもリナでもなくディオンだというのは違和感が拭えないが、ゲームのシナリオからは大分変化してきている。

 校舎を出て直ぐの馬車乗り場で待機していた馬車に乗り、見送るディオンと少し困った顔をしているカルロスに手を振った。



 昨日、道を横断していたカルガモ親子に出会うこともなく馬車は大通りを走って行き、ベルサリオ公爵邸の門をくぐった。


「お嬢様、お帰りなさいませ」


 玄関前で馬車から降りたアデラインを出迎えたラザリーが扉を開き、一歩屋敷の屋敷の中へ足を踏み入れて……ホールに広がる光景にアデラインは我が目を疑った。


「「「お帰りなさいませ」」」


 左右に立ち並ぶメイド達が頭を下げ、帰宅したアデラインを出迎えたのだ。

 今朝までは見送る者はラザリーのみだったのに、これはどうしたことかと驚いたアデラインは使用人達を見渡して、彼女達が虚ろな目をしていることに気が付いた。


「お嬢様、躾けておきました」

「そ、うなのね。ありがとう」


 意思の無いメイド達の瞳に恐怖を感じていたアデラインは、淡々と言うラザリーの声で我にかえる。


(怖いなんて思っては駄目だわ。これはわたくしのためだとラザリーがやってくれたこと。金狼のメンバーなら、メイド達の精神に干渉して操ることくらい可能なのよ。契約を結んでいる以上、わたくしには手出ししない。だから、大丈夫)


 動揺で震えそうになる両脚に力を込めて、アデラインは平静を保った。


「学園までお迎えに参りたかったのですが、帳簿の整理整頓と使用人達の躾に時間がかかってしまいました」

「学園にはディオンさんとガルバムさんも居るから大丈夫よ。帳簿の整理をしてくれてありがとう」

「はい」


 表情を崩したラザリーは嬉しそうに一瞬だけ目を細め、すぐに元の無表情に戻る。


「お嬢様、もう少しだけお時間を頂けますでしょうか。明日中には、お嬢様が望まれる結果を出します」

「ええ。お茶会の前日までに準備出来ればいいわ。それと……エリックはまだ帰ってきていないの?」


 階段を上るアデラインは下を見てから、微動だにしないメイド達の中にエリック専属メイドが混じっていることに首を傾げた。

 耳を澄ませても、屋敷内は調理場からの音以外の物音がしない。


「エリック様は委員会があるため、帰宅が遅くなるそうです」

「そう。委員会があったわね」


 ゲームの設定と同じく、園芸委員として学年花壇の整備を行っているエリックは今日が委員会当番日だった。

 委員会当番日の担当クラスは日替わりで、ゲームでは当番日の放課後に花壇へ行けば高確率でエリックに会えて、会話の選択肢によって好感度が上がる。エリックの様子からリナへの好感度は高い。

 今ごろは二人仲良く過ごしているのだろうか。


(放課後の委員会はヒロインとの大事な一時だものね。でも、リナさんは殿下のルートで進んでいるのでは? そうなったらエリックとレザードはどうなるのかな?)


 自室へ戻ったアデラインは、ドレッサーの前で結っていた髪を解き脱いだジャケットをラザリーへ渡す。

 ジャケットを脱いだだけで肩が軽くなった気がして、両手を上に上げて伸びをした。


(エリックは失恋をすれば目が覚めるかもしれないわ。でも、レザードは……自分のしたことの責任はとってもらう)


 ドレッサーの鏡に映ったのは、疲れと緊張によってできた隈によって目元が強調された“悪巧みをしている悪役令嬢”の笑みを浮かべているアデラインだった。



 帰宅したエリックと顔を合わせることはしないで、早めの夕飯を部屋でとり入浴を済ませて寝間着に着替えたアデラインは、机に向かって今日の出来事を日記帳に書いていた。

 もちろん、この屋敷の者に見られても大丈夫なように書いているのは、この世界の文字ではなく“私”の記憶にある文字。


 持っていたペンをペン立てに戻し、日記帳を閉じたタイミングでラザリーがアデラインの側に歩み寄った。


「この後、マスターがいらっしゃいます」

「えっ」


 ガタンッ

 油断しきっていた時に言われ、驚いたアデラインは椅子から立ち上がりかける。


「そうだったわ……」


 昨夜、ラザリーからクラウスが来ることを伝えられていた。

 実技演習のことで頭がいっぱいになっていて、すっかり忘れていた。

 思わず両手で両肩を抱く。


「お疲れでしたら、マスターにお断りの連絡を入れましょうか?」


 動揺しているアデラインを疲れていると勘違いしたラザリーは、エプロンのポケットから通信用魔道具を取り出す。


「いいえっ! 大丈夫だから、マスターさんが来られたらお通ししてね」


 魔道具を起動させようとしていたラザリーは小さく首を傾げ、「かしこまりました」と頭を下げた。


 寝間着の上からショールを羽織ったアデラインは、何度もドレッサーの鏡で自分の姿を確認する。

 髪だけは整えたとはいえ寝間着姿では不安になってしまう。


(どうしようどうしよう……一昨日クラウスさんの前で泣いたせいか、会うのが緊張する。ラザリーはそのままで大丈夫って言っていたけれど、寝間着のままでいいのかしら)


 若い女性の部屋を夜に訪ねて来るのもどうかと思うが、一昨日は返り血塗れで窓からやって来た闇ギルドマスターに常識を説いても通じはしない。

 泣き顔を見られた恥ずかしさもあり、やっぱり着替えた方がいいかとラザリーに声をかけようと、アデラインは顔を上げた。


 アデラインが声をかけるよりも早く、音も無くラザリーは扉の近くへ移動する。


「お嬢様、マスターがいらっしゃいました」

「わ、分かったわ」


 ショールの前を両手で掻き合わせて、立ち上がったアデラインは深呼吸をしてから扉へ近付いた。

 ドアノブを握ったラザリーが扉を開き、訪問者に向かって頭を下げる。


 ガチャリ……

 扉の向こうに立っていた返り血塗れの黒装束でも血塗れの剣も手にしてなく、濃紺色のジャケットを羽織りきっちりと前髪を後ろに撫でつけ不穏な雰囲気を消したクラウスは、闇ギルドマスターではなく高位貴族の貴公子。

 一瞬だけ、アデラインは完璧な貴公子の姿をしたクラウスに見惚れてしまった。


(綺麗……あっ)


 気配を消してラザリーが室外へ出て行くのが視界の隅に見えて、アデラインは我に返った。


「こ、こんばんは。今日は窓からではないのですね」


 手を動かして室内へ入るようクラウスを促しつつ、廊下へ出たラザリーに視線で残るように訴えるも彼女は扉を閉めてしまった。


「事前連絡をしてあるからな。この屋敷の使用人は躾が終わっているだろう? 夜間だろうが堂々と入れる」


 悪役らしくクラウスは口角を上げてニヤリと笑う。


(躾……ラザリーの精神干渉のこと? ゲーム終盤、ディオンが率いる闇ギルドメンバーが王宮内を闊歩していたのは、精神干渉によるものだったのね)


 屋敷の使用人、王宮の使用人達を従わせていたとしても驚かない。

 世界を股にかける闇ギルド、金狼は規格外の実力の持ち主達が所属していることは理解していた。


「素行調査の結果だ」


 右手で小さな魔法陣を出現させたクラウスの手のひらに紙の束が出現する。


「王太子殿下達の? ありがとうございます」


 書類を受け取ったアデラインは、さっそく書かれている内容に目を通す。


「へぇー、わたくしからの嫌がらせを受けているという相談をした相手にお礼として高価な贈り物をして、若者に人気のカフェを借り切ってティーパーティー? 殿下が出資して、リナさんの味方をするよう女子生徒を買収している、ということですか。休日は観劇、お忍びデート……これは、わたくしが王太子妃教育を受けていた日だわ。空き教室や図書館での逢瀬を重ねていたとは、凄いわね」


 遊び惚けているとは何事かと呆れつつ、ゲームイベントを思い出してアデラインは苦笑いした。


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