23.何かが変わりそうな予感がする三日目②
遅くなりました。続きです。
朝のホームルームの終了後直ぐに、学年合同実技演習の時間になった。
学年合同実技演習では、男子は模造剣を使用した実戦形式の実技、女子は観戦と回復魔法の実技を行う。
くじ引きで相手を決めて対戦する男子の負担が多いと思われそうだが、勝利すれば卒業後に騎士団や王族から声がかかる可能性があることと、実家のメンツを保てる上に怪我をしても女子に回復してもらえる。
また、女子も気になる男子と接近できるため楽しみにしている生徒も多い。
「あの、アデライン様」
演習場の観覧席へ向かおうとしていたアデラインを、同じクラスの女子二人が呼び止める。
「もしよろしければ、一緒にディオ様を応援してくれませんか?」
「わたくし達だけでは、応援しにくくて……」
緊張の面持ちで声をひそめた女子達が見た先には、観覧席にふんぞり返って座るヒューバードと、側仕えの青年が居た。
ヒューバードの頬には昨日と同様に大きなガーゼが張られており、頬のできものを理由にして見学したのだろう。
「見学するのでしたら、見学者の態度をしていてほしいわ。いくら王太子でもあんなに偉そうな態度で、あぁごめんなさい」
つい心の声が口から出てしまったアデラインが微笑むと、女子達もつられて笑顔になる。
緊張が和らいだ女子達とアデラインは、観覧席への階段を上り空いている席に座った。
(ディオンさんの対戦相手は、王太子殿下にくっついている男子だわ。名前は……思い出せないからゲームの攻略対象キャラでもない方ね)
焦げ茶色の髪の男子生徒は、見覚えがあるからゲームの中で立ち絵くらいはあったかもしれない。
周囲を見渡した時に、校舎棟の窓からこちらを見ているリナと目が合った。
アデラインと目が合ったことに驚き、思いっきり嫌そうに顔を顰めたリナは、何事も無かったかのように顔を背けた。
「始め!」
ブンッ!
審判役の教師が開始の声を発すると同時に、一気に間合いを詰めた男子生徒の上段からの振り下ろしを紙一重でかわし、ディオンは横に飛び退く。
舌打ちした男子生徒が退いたディオンを追い、模造剣の柄を両手で持つと突きを繰り出した。
模造剣の切っ先が当たる直前、ニヤリと口角を上げたディオンは身を屈め、模造剣の切っ先は結んだ髪を掠めていく。
「なっ、があっ!?」
ガンッ!
屈んだ体勢で一歩踏み込んだディオンの手が動き、模造剣の先で男子生徒の握る模造剣を打ち上げるように、上方へ弾き飛ばした。
カランッ!
何が起こったのか理解出来ていない男子生徒は、模造剣が石のステージ上に落ちた音で自分の持っていた模造剣が弾き飛ばされたと理解した。
「勝者! ディオ・カルス!」
大声で教師はディオンの勝利を告げ、一瞬の間を置いて演習場は歓声に包まれた。
「ディオ様すごい! 格好いいっ!」
「見えなかったわ。すごーい」
声をかけてきた時とは打って変わって興奮する女子の声が届いたのか、ディオンは観覧席の方を振り向き笑顔で手を振る。
手を振る女子と一緒に、遠慮がちに手を振ったアデラインへ向けて、ディオンは歯を見せて笑った。
握手を交わしたディオンが場外へ出た時、観覧席に座っているヒューバードと目が合う。
明らかに苛立っているヒューバードを見上げて、ディオンは手を左右に振って嗤った。
(挑発している、わね。見学している殿下が対戦するために下りて来るわけにはいかないし、カルロス様と対戦させるために動くのでしょうね)
冷めた目で見ていたアデラインの視界の隅に、ヒューバードの側仕えの男性が観覧席から演習場へ下りて行くのが見えた。
負傷した男子は演習場隅に設置された救護スペースへ移動して、救護役として三人一組になった女子に順番で回復魔法をかけてもらう。
救護係の順番が回って来たアデラインは、フリルの付いたエプロンを受け取り救護スペースへ移動した。
「見て。次の試合」
「まぁ。お二人を間近で見られるなんて運がいいわね」
ボードに貼られている対戦者名カードを見て、救護係の女子達は色めき立つ。
休憩場から演習場へ出てきたのは、初戦を勝利したディオンと騎士団長子息カルロス。
予想通りの展開になり、アデラインは素早くエプロンを身に着ける。
「ディオ様、大丈夫かしら?」
「カルロス様相手では、怪我をしないか心配だわ」
女子達は心配そうに、救護スペースの横を通り演習場の中央へ向かうディオンを見送った。
(ディオンさんは心配いらないわ。金狼のメンバーが学生に負けるなんてあり得ない。ここはゲームとは違うのよ。むしろ、心配なのはやり過ぎないか、だわ)
救護スペースの横をディオンが通った時、アデラインにだけ聞こえる声で彼が呟いた一言は……
『潰すよ』
(潰すってカルロス様自身を? それとも完膚なきまでに打ち負かして、心を潰すということ?)
はっきり「潰す」と宣言したディオンは、潰す気満々で愉しそうな笑顔でカルロスと対峙している。
「ディオ様もお強かったけど、カルロス様は第一騎士団長の御子息で武術の実力は学年一と言われているし、試合はカルロス様が勝利するかしら?」
「じゃあ、手当の準備をしておきましょう。私、複雑な怪我の回復は苦手なのよ」
ディオンが敗北すると決めつけている女子達をよそに、アデラインはカルロスがどう潰されるのか気になっていた。心を潰されてしまったら、敵意を向けて来た相手とはいえさすがに後味が悪い。
石枠で囲まれた場内の中央へ立つディオンは、顔を動かしてヒューバードを見上げる。観覧席に座るヒューバードへ、再び不敵な笑みを向けた。
「始めっ!」
「うおおおー!」
審判の教師の声で、両手で模造剣の柄を握ったカルロスはディオンへ向けて剣を振り上げた。
ひゅんっ!
上段からの斬り下ろしをヒラリとかわしたディオンは、軽い動きでカルロスの真横へと移動した。
模造剣を真っ直ぐ振りかぶると、ディオンは手首を返してカルロスの横腹を打ち抜いた。
「ぐぁっ」
瞬きをするほど一瞬の出来事だった。
刃を潰してあるとはいえ、金属の棒と変わらない模造剣が打った一撃は強く、脇腹から全身に広がるダメージによりくぐもった呻き声を漏らしたカルロスはガクリッとステージ上に膝を突いた。
「そこまでだ!」
教師の声が響き渡り、追撃をしようとしていたディオンは模造剣を下ろした。
「嘘だろう……」
たった一撃で動けなくなったのが理解しきれず、膝を突いたまま呆然とカルロスは模造剣を肩に担ぐディオンを見上げていた。
「お前さ」
一歩近付いたディオンの雰囲気が冷たく凶悪なものに変化し、動けないでいるカルロスの体が震え出す。
立ち上がろうと藻掻くカルロスの喉元へ、ディオンは肩から下ろした模造剣の切っ先を向けた。
「騎士団長の息子だと言っても、訓練用ではない高位魔獣の群れと戦ったことも、敵兵と命を取り合うような実戦も経験したことが無いだろう」
「う、あ……」
カルロスの額から流れ落ちた汗が顎を伝い落ちて、ステージ上に点々と汗の染みを作る。
「教本通りの綺麗な動きと構えでは太刀筋は読みやすい。お前の剣技では、何年かかっても俺に勝てない。阿呆の機嫌をとり、男を侍らす女の尻を追いかけて鍛練を怠っていては、一生かけても俺には勝てない」
気さくな雰囲気を一切排除して、淡々と言うディオンの圧力に負けて俯いてカルロスは、唇を噛んで顔を歪めながら上を向いた。
「く、ははは……実力の差がこんなにもあるとはな。それとお前の言う通りだ。鍛練不足で動けなかった。騎士を目指すのなら毎日の鍛錬を怠ってはいけなかった。やっと、目が覚めたよ。最近の俺は、騎士になるという目的を忘れてどうかしていた。いいか、見てろよ。鍛錬をして絶対にお前に勝つからな!」
「絶対に勝つ」と言い放ったカルロスの表情は、憑き物が落ちたかのように晴れ晴れとしたものへ、瞳は澄んだ色へと変わっていた。
「俺に勝つ? いつでも相手になってやるよ」
模造剣を持っていない手を伸ばし、カルロスへ差し伸べる。
差し伸べられたディオンの手を掴んでカルロスが立ち上がり、観覧席で見ていた生徒達からは割れんばかりの拍手が二人へと贈られた。
美形な男子が友情を芽生えさせる、年頃の女の子が憧れるシチュエーションに、観戦していた女子達はうっとりとディオンとカルロスを見詰めていた。
(潰したのは、カルロス様の歪んだ心だったのね。再起不能まで潰されなくて良かった)
「ほら、貴女達」
安堵の息を吐いたアデラインは、観客になって歓声を上げていた女子達へ声をかける。
「カルロス様の救護をしなければならないわ。脇腹を痛めているようだから、準備をしましょう」
「「はい」」
声を揃えて頷いた女子達は、急いで魔法で氷を作り棚から三角巾を取り出した。
「アデライン、頼むよ。肋骨が二本砕けて一本ヒビが入っている。あとは手をついた時に腕の筋も痛めている」
肩を貸して連れて来たカルロスを長椅子に座らせて、ディオンはあっけらかんと怪我の状態を伝える。
軽く振った模造剣で、打ち付けただけに見えた脇腹の怪我の酷さに驚きつつ、アデラインは水系統の回復魔法を発動させた。
「カルロス、何をしているんだ。アデラインも喜びやがって……くそっ」
砕けた骨をどうにか繋ぎ合わせたアデラインと、三角巾で腕を固定している女子に礼を言っているカルロスを睨んだヒューバードは、額に青筋を浮かべた憤怒の形相で全身を震わせていた。
 




