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22.何かが変わりそうな予感がする、三日目

お待たせしました。

 部屋から出て階段を下りている途中で、一階の奥から出て来たレザードとエリック専属メイドの姿が視界に入り、アデラインの足が止まった。


「おはようございます」


 一昨日のことが無かったように、いつもと同じ感情の読めない表情でレザードは頭を下げた。


(エリックは今から登校するのね。別々の馬車でも登校が重なるのは嫌だわ。登校が重なったら、恋愛ゲームあるある展開、校舎入口でリナさんと殿下に会って挨拶することになりそうだし、レザードと朝から話したくないわ。一旦、部屋へ戻って出掛けるのを待った方が無難ね)


「ラザリー、戻るわよ」


 自室へ戻ろうと、アデラインは後ろを歩くラザリーの方を向いた。


「お嬢様」


 執事であるレザードから声をかけてきた以上、無視は出来ずにアデラインは振り返る。


「……おはよう。何か用かしら?」


 普通の対応をしなければと分かっていても、一度苦手だと思ったレザードに対して不機嫌な声が出てしまう。


「おはようございます。今日もお一人で登校されるのですか?」

「ええ。一人で登校する方が気楽だと気付いたの。帰りはラザリーも迎えに来てくれるし」


 ラザリーの名前を口に出した途端、アデラインを見るレザードの表情が険しくなる。


「お一人の登校は危険です」

「一人は危険、ね」


 アデラインの口角が上がる。


「そういえば、昨日は学園の近くの道で馬車の横転事故が起きたそうね。わたくしが通った直後の事故だったらしく、時間がずれていたら危うく巻き込まれるところだったわ」


 学園から屋敷へ向かう途中の大通りをアデラインが乗った馬車が通り抜けた直後、後ろを走っていた馬車の車輪が道に出来ていた穴にはまってしまい横転したのだ。

 道を横断していたカルガモ親子を避けるため、端を走ったアデラインが乗った馬車は穴を回避して、難を逃れることが出来た。


「どうやらわたくし、危機回避能力が高いみたい」


 目を細めて口元だけの笑みを浮かべたアデラインを見上げ、レザードは眼鏡のフレームに指を当てる。


「お一人で登下校されるのでしたら、御者に慎重に進むように伝えておきましょう」

「ああ、そうだったわ。御者は今日から変わったわよ」

「は?」


 目を瞬かせたレザードの口から、間の抜けた声が出る。


「元冒険者で実力は申し分も無くて、護衛にもなってくださるという方がいたので、御者をお願いしたのよ」


 変えたのはラザリーだが、アデラインの希望で御者を変更したように伝えれば、レザードの目が大きく開かれていく。


「なん、ですって? お嬢様! 私に一言も無く」

「レザード、何をしている? そろそろ出るぞ」


 部屋から出て来たエリックに声をかけられて、レザードは動きを止めて口を閉じた。


「……分かりました」


 目蓋を閉じたレザードが目蓋を開くと、いつも通りの冷静な執事の表情へ戻っていた。


「お嬢様、道中お気をつけてください」


 軽く頭を下げて微笑んだレザードは、アデラインをチラリと見ただけで無言のまま横をすり抜けて階段を下りたエリックから鞄を受け取ると、玄関扉を開く。


「エリック、学園で会いましょう」


 チラリと後ろを向いただけで、エリックからの返事は無く開かれた玄関から外へ出て行き、続いてレザードも外へ出て行った。


(今のレザードの言い方は……まるで今日の登下校で何かが起こるみたいに、少し含んだ言い方だったわね。それにしても、エリックは挨拶も無しとは。はぁ、思春期男子は難しいわ)


 溜息を吐いたアデラインは、エリックを見送っていたメイドへ「ねぇ」と声をかけた。


「そこの貴女。扉を閉めて下がっていなさい」

「は、はい」


 困惑の表情を浮かべるメイドに命じ、開いていた玄関扉を閉めさせる。


「五分後に出るわ」

「はい。新しい御者の紹介をします」

「ええ、お願いね。あら?」


 階段を下りようとした足を止めて、アデラインは玄関ホールに残っているメイドを見下ろした。


「貴女、いつまで此処に居るの? わたくしに挨拶一つもできないのに、話を聞いていないで戻りなさい」

「も、申し訳ございません」


 逃げるようにメイドが奥へと戻ったのを見届けてから、アデラインは階段を下りて玄関へと向かった。


「ふふっ、これでメイド達から陰口を言われるわね」

「お嬢様に挨拶どころか、頭も下げずに下がったメイドの態度は許せません。きっちり躾けておきます」

「……やり過ぎないでね」


 淡々と言うラザリーの躾はどんなことなのか、容易に予想出来てアデラインは口元を引き攣らせる。

 破滅回避のために、屋敷内の調査を依頼した以上「止めて」とは言えない。

 ただ、アデラインに食って掛かって来たパメラの姿、ラザリーの精神干渉魔法によって生気の無くなった目を思い出して、少しだけ怖くなった。


 玄関から外へ出たアデラインの前に通学に使っている馬車が停まり、御者台から長身で筋骨隆々といった体格の男性が下りて来る。

 御者を務める男性は、帽子を取ってアデラインに軽く頭を下げた。


「こちらは今日から御者を務めます、ガルバムです。魔法は得意ではありませんが、オークの群れ程度でしたら一人で殲滅出来ます」

「オークの群れ? 殲滅?」


 物騒な紹介とガルバムの格好に、アデラインの目が点になる。

 御者服が全く似合っていないガルバムは、常人は持つことすら出来ないだろう大剣を背負っていた。


「マスターの命により、お嬢様の登下校と屋敷内での警備を担当します。不審な者は俺が近付けさせませんから、ご安心ください」

「それは頼もしいわね」


 微笑んだアデラインを見て、ガルバムは目を開いて驚く。


「どうかしました?」

「いや、公女様だって聞いていたから、もっと高飛車なのかと思っていたから驚いただけです」


 首を軽く横に振ったガルバムはニッと歯を見せて笑う。


「ふーん、なるほどね。ラザリーが気に入るわけだな」

「ガルバム、そろそろ出発して」


 ラザリーの目付きが鋭くなりガルバムは慌てて口を閉じ、ずれた帽子をかぶり直した。

 エプロンのポケットから懐中時計を取り出し、時刻を確認したラザリーは持っていた鞄をガルバムへ押し付ける。


「お嬢様、もう七分経ってしまいました」

「もう? では行ってくるわね。よろしくね」

「お嬢様、行ってらっしゃいませ。頼みましたよ」

「ああ」


 頷いたガルバムが扉を開き、アデラインは馬車へと乗り込んだ。


 遠ざかっていく馬車が屋敷の門を通過して見えなくなると、ラザリーは顔から表情を消した。


「さて、私達はお嬢様のご依頼通り、大掃除に取り掛かりましょうか。書庫へ案内しなさい」

「……はい。此方でございます」


 先日、宣言した通りアデラインの視界に入らないよう、奥に控えていたパメラは無感情な声でラザリーの言葉に従った。


 何か事件が起こるのかと、不安を抱いていた学園への道中は何も起きず、もしや校舎内でヒロイン一行と出くわしてしまうのかと、緊張の面持ちでアデラインは校舎へ入った。

 周囲に気を配りながら歩いていると、太い柱の影から突然人影が現れた。


「アデライン、おはよう!」


 驚いたアデラインが上げた悲鳴を打ち消す大声で、満面の笑みのディオンは挨拶をする。


「お、おはよう、ございます」


 驚いて速くなった心臓の鼓動で胸が苦しくて、息も絶え絶えになったアデラインは胸元を押さえた。

 幸いにも周囲には他の生徒はほとんど居らず、アデラインは胸を撫で下ろす。


「ガルバムが御者になったんだって? アイツ、無口だからつまらなかっただろう? 俺が代わりに御者もやろうか?」

「いえ、結構です。とても丁寧な方ですし、学園まで何事も無く来られました」

「それは残念だな」


 大して残念がっていない口ぶりのディオンは、アデラインの持っていた鞄とランチバッグの持ち手を自然な動作で持つと、教室へ向かって歩き出した。




多忙のため、のんびり更新になります。

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