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16.編入生は、やっぱり……

 朝食を終えたアデラインは、部屋の窓からエリックが乗った馬車が出て行くのを見送り、ドレッサーの前で身だしなみをチェックする。


「わたくしもそろそろ出るわね」


 二か月ほど前までは、アデラインとエリックは一緒に登校していた。

 放課後に用事が無い時は下校も一緒で、普通の姉弟関係を築けていたのに。

 辺境伯子息を通じてリナと親しくなってから、一方的にエリックはアデラインを避けだした。

 表向きの理由は委員会の仕事があるため。

 “私”の記憶が蘇った今は、委員会の時間はリナと二人きりで過ごせる時間なのだと分かっている。


(好きな女の子との時間を確保したいから早く登校するって、いかにも思春期男子らしくて可愛いじゃないの。リナさんが王太子ルートを進んでいるのなら、エリックの想いは報われないわね。可哀そうに。でも、可愛い想いだけれど、やってはいけないこともあるわ)


 朝食に毒が混じっていたと知った時の、手足の先が冷たくなっていく感覚はなかなか消えてくれない。

 両手を開閉させて、両手の震えを誤魔化した。


「お嬢様」


 扉の前で鞄を持って立つラザリーに声をかけられて、アデラインは彼女の方を向いた。


「お嬢様が学園で学ばれている間、室内の掃除をしておきます。少し物が減るかもしれませんが、必要な処分だとご了承ください」

「分かったわ。ラザリー、わたくしも貴女に頼みたいことがあるのだけど……」


 一歩ラザリーに近づき、彼女の耳元で頼みごとを伝える。


「かしこまりました」


 口角を僅かに上げたラザリーは、胸元に手を当てて頭を下げた。


 馬車に乗り込んだアデラインは、窓から外の風景を眺めながら学園生活について以前のアデラインの記憶を探る。

 ゲームでは授業を受けてまんべんなく知識の能力を上げていき、授業の合間に委員会活動や友達と交流という名のミニゲームを行う。

 放課後は、学園内を自由に動き回り攻略対象キャラと会話をして、好感度を上げていくというシステムだった。


 攻略対象キャラや友人との交流と、勉強の両立を簡単にやれるゲームと現実は違う。

 王太子の婚約者として、恥ずべき行動は控えて他の生徒の模範になるよう、前のアデラインは真面目に授業も受けていた。

 常に上位の成績を維持するよう、放課後は図書館での予習復習も欠かさない。

 努力家で真面目なアデラインのことを、王太子はつまらないと思っていたのだと、彼の態度から推測出来た。


(真面目過ぎて息苦しくなった時に、天真爛漫なヒロインに出会ったら惹かれてしまうのも分かる。だからといって、不誠実には変わりないけど)


 学園の授業は、“私”の意識が強くてもアデラインの中にある知識でカバーできる。ただ、授業以外の問題が別にあった。


 学園に近付くにつれて憂鬱な気分が増していく。

馬車から降りて校舎内へ入ったアデラインへ、周囲の生徒達から様々な視線が向けられる。

 公爵令嬢、王太子の婚約者として以前は多くの生徒がアデラインに挨拶をしていたはず。それなのに遠巻きにされているのは、今のアデラインに挨拶をしてもメリットよりもデメリットが大きいからだ。


(やっぱり、生徒達から腫れ物扱いをされているわ。婚約者の王太子から嫌われてる上に、異世界人のヒロインに嫉妬し嫌がらせをして、王太子から敵認定されているアデラインと親しくしたい者はいないわよね)


 腹が立っても貴族に属する者にとって、メリットの無い相手とは付き合おうとしない。

 実家の勢力関係無しに付き合ってくれる親友と呼べる級友は、残念ながらアデラインにはいなかった。


(ヒロインに自己投影していたゲームでは、嫌がらせをしたアデラインが避けられるのは自業自得だと思ったけど、今は違う。これでは、周囲からの嫌がらせを受けているのは、ヒロインじゃなくてわたくしの方じゃないの)


 年齢相応だったなら心が折れてしまうかもしれない。

 しかし、腫れ物扱いなど“私”が社会人一年目に意地悪な先輩からされた嫌がらせに比べたら、会社に損害も与えていないし叱責されない。まだマシな状況だ。


『契約が終了するまで、俺がお前を害するもの全てから守ってやる』


 何処からかクラウスの声が聞こえた気がして、アデラインは鞄の持ち手を握る手に力を入れた。


(怖いけど頼もしいマスターは契約を違わない。ゲームの強制力があろうと、闇ギルドの方々が守ってくれる。だから大丈夫)


 大丈夫だと、何度も自分に言い聞かせて教室へ向かった。


 アデラインが所属している二年B組の教室は教室棟三階にある。

 婚約者、王太子ヒュバードと攻略対象キャラの騎士団長子息カルロス、宰相子息ブライアンは隣のクラスA組の所属。

 廊下側の窓からアデラインの姿が見えた瞬間、それまで楽しそうに会話をしていた生徒達は一斉に口を閉ざし、教室内は静まり返った。


「お、おはようございます」


 以前は親しく話しかけてくれた女子生徒が、小さな声でアデラインと擦れ違いざま挨拶をして視線を逸らす。


「おはよう」


 クラスメイト達はあからさまに避けることはしないが、積極的にアデラインと関わろうとしない。


(一部のクラスメイト……わたくしが登校したことを驚いている? 王太子主催のお茶会で断罪されると知っていた生徒、協力者がいるのかもしれないわね。協力者がわたくしの監視をしている、とか有り得るわ)


 雰囲気に気が付かないふりをして、アデラインは女子生徒へ挨拶を返した。

 鞄を机の横にかけてからアデラインが席に着くと、生徒達は声を抑えて止めていた会話を再開させる。


「職員室の前を通った時に聞いたのだけど、今日から編入生が来るそうよ」

「本当? どんな方かしら? 素敵な方だといいわね」


 女子生徒達の会話が聞こえ、ノートを机の中へ入れていたアデラインは顔を上げた。


(編入生? まさかクラウスさんが言っていた護衛、ディオンさんのこと?)


 編入生の話をしている女子生徒達へ声をかけようか迷っている間に、朝のホームルームが始まる鐘が校舎中に鳴り響く。

 ガラリッ

 鐘が鳴り終わる前に教室の扉が開き、出席簿を小脇に抱えた担任の男性教師がやって来る。

 教卓の前に立った担任教師は、席に着いている生徒達を見渡してにっこりと笑った。


「おはようございます。皆さん元気そうでなによりです。そんな皆さんに嬉しいお知らせがあります。今日からクラスの学友が一人増えます」


 担任教師から知らせを聞いた生徒達の間にざわめきが起き、廊下側の生徒達は廊下に立つ編入生の姿を確認しようと窓の方を見る。


「君、入って来てください」


 生徒達の様子に目を細めた担任は、廊下に居る編入生へ向かって教室に入るように手招きする。

 教室へ入って来た編入生を目にした女子達は色めき立ち、担任の隣に立った男子生徒の姿を見たアデラインは目を丸くした。


(ディオンさん、ううん。違う?)


 黒髪黒目の転入者は、造形そのものは昨日闇ギルドで出会ったディオンとよく似ていたが、身に纏う色と雰囲気が違う。

 昨日出会ったディオンは、闇ギルドメンバーにしては明るい雰囲気を持っているため外見は十代後半に見えるが、おそらく実年齢は二十代前半。

 担任教師の隣に立つ編入生の外見は、ディオンよりも幼いアデラインと同年代の少年そのもの。

 襟足を三つ編みに結んでいた橙色の髪は、結えないくらい短くなり黒色に変わっていた。


「さぁ、名乗って」


 担任教師に促されて、一歩前へ出た編入生はゆっくりと口を開いた。


「ディオ・カルスです。実家が貿易商を営んでいる関係で、他国の知識を学ぶためにこの学園へ編入しました。よろしくお願いします」


 ディオと名乗った編入生が頭を下げると、生徒達から拍手が巻き起こる。

 下げていた頭を上げた際、目にかかる前髪を指で軽く払ったディオとアデラインの目が合った。

 視線がぶつかった一瞬、口角を上げた彼は抑えていた魔力を解く。


(この魔力は隠遁魔法? やっぱり彼はディオンさんなのね)


 覚えのある魔力を感じ取り、アデラインは彼が闇ギルドメンバーのディオンだと確信した。


「では、君の席は……ちょっと、君!」


 担任から指示される前にディオは歩き出し、一番後ろの席に座るアデラインの隣の机へ鞄を下ろす。


「先生、俺の席は此処でいいです。ちょうど空いているみたいですし。美人さんの隣になれて、俺って運がいい。ねぇ、よろしく」


 ニカリッという効果音が聞こえてきそうな、満面の笑みになったディオの笑顔は、昨日屋敷まで送ってもらい別れ際に見たディオンの笑顔そのものだった。


ディオンは学園での護衛役です。

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